遊び人の恋

猫原

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第四章

4-50

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雪は大声で男の名前を叫んだ。

「——久賀さん——!!」

同時に襖が蹴破られ、そこから姿を現したのは前髪を乱しに乱しまくった、久賀 京だった。
畳が蹴破られた音で驚いた優花は湯飲みが手から離た。畳にお茶が染み込んで行く。
久賀は蹴破った襖を踏みつけると正面の雪を捉えた。ずぶ濡れになり髪を引っ張られて座らされた雪と視線が合う。視線が合うと雪は一瞬笑顔になったが、すぐにくしゃりと顔を歪めて目に涙を溜めながら、久賀を見つめた。

「く、久賀さんっ——、け、慶ちゃんが」
「慶ちゃんは保護したから」

肩で息をしながら久賀は雪を安心させるようにそう言うと、それを聞いた雪はぐすっと鼻を啜った。

「京さん、早かったですわね」

そう言って優花は立ち上がった。
両手を広げてまるで歓迎しますと言った笑顔だった。
その笑顔のまま、男に近付くとこの状況が分かっていないのか、男の肩にしなだれかかった。
横目で睨み付け迷惑そうにして引き離すと優花は「良いんですか?」と囁いた。

「あの子の命は寛太が握っています。私の扱いが酷ければあの子の命ありませんよ?」

それでも久賀はジロリと睨む事を止めなかった。
俺の雪を酷い目に遭わせた奴の言いなりなんぞになるつもりはない。

「糞餓鬼。その汚い手を雪から離せば、にしてやる」

未だに雪の髪を引っ張る寛太に久賀はそう言った。しかし、寛太は犬のように威嚇して歯を剥き出しにした。

「あの子、噛み癖が酷いんです。京さんの態度を改めて貰わないと、あの子の首筋食い千切られますわよ?」

「——きゃっ!」と雪は悲鳴を上げた。寛太から背中に馬乗りにされ頭を押さえつけられたからだ。二つ折りにした背中に決して軽くない青年を乗せた雪は苦し気に息を吐いた。

フフっと優花は笑い、「項からガブっとやられちゃっても良いんですか?」と自分の腕を男の腕に絡ませて久賀の顔を見上げた。やはり——感情のない瞳だった。自分を見下ろしている筈なのに、映し出していないのだ。

「離させろ」
「私が言っても聞かないんです。駄犬ですから」

優花は肩を竦めた。
仕草一つ一つ、この状況には似合わずに精錬された美しさがあった。しかし、紅い唇が血のように見えて不気味だ。

何故——本当に俺はこれを雪と似ているとおもったのか。
今更のように久賀は後悔していた。後悔しても遅いのだが、これもまた久賀が蒔いた種だ。自分で植えたのなら自分で抜かなければ。

「京さんが悪いんですよ。私、本当に京さんの事大好きなのに、子供に夢中になっちゃうから」
「すまないな。ずっとお前に興味なんてなかったよ」
「フフフ、ハハハッ、ハッ!」

優花の急に上げた笑い声に久賀は気にした様子はなく、腕に絡みついた優花を感情の映らない瞳で見下ろした。笑い過ぎて涙が出たようで優花は涙を指で拭う。
「糞が——」と優花は呟く。その言葉を聞いて久賀は今日初めて優花を見て笑った——嘲笑ではあったが。

「本性のお前の方が、俺は楽だよ」
「そう言って貰えて、光栄だわ」

ハッと鼻で笑い、頬に流れ落ちた横髪を優花は耳に掛けた。

「本当に、好きだったのよ」

こういう事をしてしまうくらい。

「あの子を解放して欲しいなら、私を此処で抱いて下さる?」
「狂ったか?」
「元から狂ってるわ——私、貴女の為に処女を棄てたのに」
「勝手にお前が捨てたんだろ」
「そんな言い方をして良いのかしら? 私を此処で抱いて下さらないなら、あの子の背後から寛太(犬)のを突っ込ませるわよ」

眉間に皺を刻み男は優花を睨みつけた。
此処から雪が居る距離までそう遠くはない。男の脚で七歩程度。刀を抜いて充分間に合う。

「間に合いませんわよ。京さんが一歩足を前に出せば寛太(犬)の持つ短刀であの子の背中に刺しますわ」

と優花が言うと左手から短刀を取り出した。隠し持っていたかと久賀は舌打ちをした。

「あの子の事を助けたかったら、私にまず口付をして。してくれなければ、そうね——その短刀であの子の大事な所を横に斬ってあげましょう。二度と使えないように!」

フフっと笑った優花は久賀の歪んだ表情を見上げた。そんな表情をしていても、彼は美しかった。
中身ではなく、表面に惚れたっていいじゃないか。
この男を剥製にして飾りたいくらいに好いている。

「残念ね。一人で乗り込んできて結局助けられないなんて」
「いやいや一人なんて誰が言ったのぉ~?」

間延びしたような声がして「あっ」と思った頃には優花は背後から首を絞められ、その苦しさに思わず咳き込んだ。
首を絞めている腕を見ると着物から見える腕は色黒で逞しい腕だった。
何処からは入ったのか——。入口は蹴落とされた襖の所だけ後は全部締め切っていた。
叫ぼうと口を開くと大きな手で塞がれてしまい声を出せなかった。首も絞められて息苦しさが襲う。

「正義の味方は遅れてやってくるもんだよねぇ」

場に相応しくない呑気な声を出して色黒の男、亮はそう言うと雪に馬乗りになった寛太を見た。

「お嬢様を離せ! そうしなければ、この餓鬼を殺すぞ!」

と雪から退くと雪の髪を引っ張って顔を上げさせるとその首に細い首筋に刃を当てた。
震えると皮膚が刃に当たりそうで雪は唾を飲み込めずじっとするしかない。

「その首筋に怪我をさせてみろ——お嬢様の首に刀突き刺すぞ」

低く、それでも響く声で久賀は吐いた。
久賀は刀を抜くと刃先を優花の首筋に当てる。そのまま横に動かせば首が串刺しにされてしまいそうだった。

「あれ? それって俺の腕もただじゃ済まないよね?」と緊張感がない亮を久賀は無視をする。

「お前がその首筋を斬るよりも、串刺しになる方が早いぞ? どうする。お嬢様のそんな姿見たいのか?」
「そんな、の」
「解放しろ。そうすればお嬢様を助けてやるよ」と久賀は寛太に言った。

「くそっ」と短刀を雪の首筋から離し、掴んでいた髪の毛も解放する。
解放されてゴクリと唾を飲み込んだ雪は、そのまま久賀の元まで駆け寄った。
久賀の脚では七歩だった距離は雪の脚では十一歩かかる距離だった。しかし雪の脚の五歩目で久賀から雪は抱き上げられた。両手を広げて雪を迎えに行った男は雪を軽々抱き上げると泣きじゃくる雪の背中を何度も撫でた。
男の首筋に顔を埋めて泣く雪を男は黙って慰めた。早朝前に家を飛び出した理由を此処で問い質すのはめよう。

「痛い……」
「どこが痛いの?」
「頭」

そう言われて、雪の後頭部に手を当てるとコブが出来ていた。触れるとビクッと肩が揺れて「痛い」と雪は泣いた。

「殴られたの?」と訪ねると雪は小さく頷いた。「可哀想に……」と久賀は雪が痛がらないようにコブを避けて頭を撫でた。その手も声も優しいのに目だけは射殺せそうな程鋭かった。

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