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第四章
4-21
しおりを挟む「めっちゃ良い声でさ。壁越しに俺に話しかけるのよ。娘を一人逃がしてくれってさ」
「三人ではなく?」
「うんにゃ。一人。んで、娘を連れてこようとしたんだけど、気配がしてね。俺咄嗟に逃げちゃって」
「気がかりなんだよね」と亮は呟く。
この話が師匠をどう怒らせた事に繋がるのかは分からないが続きを催促させれば、亮は再度話し出した。
「まぁ、俺その別嬪さんが頭から離れなくてさ。色白でさ長い髪を軽く結っただけの女性でね…。ずっとその人の事ばかり考えてたの俺。だからさ…師匠にぽろっと喋っちゃったのよ」
「馬鹿だな」
「馬鹿なんだよ」
はぁと深くため息を亮は吐いた。
「この口が本当に憎いと思った事は人生であれが初めてだったね…。師匠が良い匂いしてたからさ、思わずいつものノリで
『毎日あんな別嬪さんとヤレたらそりゃ家に帰りたくもなりますよね~。良いなぁ、俺もヤリたいなぁ~。しっぽりやって可愛い娘二人を授かりたい』
みたいな」
「お前本当に馬鹿だな」と久賀は吐き捨てた。
「お前のその発言のせいで俺らの努力が水の泡になったんだろ」
「でも、師匠はそれよりも、俺が嫁を見た事に腹をたててたんだよね。嫉妬に狂った男って怖いねぇ~~」
「やだやだ」と亮は久賀を小馬鹿にしたように見て指を差し「お前も気をつけろよ」と釘を刺した。
ムッと顔を顰めたが身に覚えがありすぎて言い返せない久賀はただ黙り亮を睨みつけるだけに留める。
「まぁ今あんなに可愛いならもう少し成長したらもっと可愛くなるだろーねー」
「見るな、片目も潰すぞ」
「んも~。本気でやりあったら俺負けちゃうって分かってるでしょ」
つんつんと久賀の額を突いてくる指を久賀は苛々として払いのけた。
しかし慣れているので特に気にしてもいない。
「傷も癒えて師匠の自宅に行ったんだけど、空き地になっててさ…あの三人、無事に逃げられたかな…玄関から外に出れただろうか…。それにあの別嬪さんが逃がして欲しかった女の子はどちらだったのかも気になるし…」
記憶の糸を辿るように右目を閉じた。
足だけしか見えなかったが、発育が良い足とそうではない、牛蒡のような足が見えた。逃がして欲しかったのはその牛蒡だったかもしれない。
遠い目をしだした亮に「話はもういいか?」と久賀は立ち上がり去ろうとすれば兄弟子はその裾を握った。その右目はうるうると潤みだしている。
「行っちゃうの? 俺ら久しぶりに会ったのに…?」
「気持ち悪ぃ!」
と足で蹴られて裾を握っていた手が離れた。
「雪ちゃんとの態度全然ちがーう。俺にも優しくしてよぉ。たまには仕事振ってあげるからさー」
「誰がするか。あと仕事はしない」
「金になるじゃん」
「雪との時間が削られるだろ。それに危険な目に遇わせたくないしな」
極力一緒に居たいし、危険な仕事についていれば自分の身も危なくなってくる。そうなると真っ先に狙われるのは雪である。
「あーやだやだ。色恋に狂った男は本当に面倒臭い」
「うるせーな」
そう吐き捨てられて亮は座卓に頬杖を突きながら弟弟子を見上げた。
「家出してきた雪ちゃんを見て思ったんだけどさ」
「…なにを?」
真剣な顔をして亮が言うと久賀は聞く姿勢になり、兄弟子を見下ろした。
大半はへらへらしてはいるが、こういう顔をするのは本当に希少で真面目な時ばかりだった。
「――――綺麗な花は水をあげないと枯れちゃうけど、あげ過ぎるのも花を駄目にするんだよ。
太陽を浴びせすぎると枯れちゃうし、その逆も枯れちゃう。
適度が良いの。その適度が難しいけどさ、それを上手く調整しないとさ、折角の綺麗な花が枯れちゃうよ」
亮は本当に言いたかった事は別にあったが――――その為にここへ呼んでもらい二人きりになったが――――それを飲み込んで、弟弟子である久賀にそう釘を刺した。これも言いたかった事でもあるし。
『花』とは『雪』を指しているのだろうと久賀は気付いた。
「ここへ運ばれてきた時は既に枯れかかってたからさ。
あんなに可愛いし器用なのに自己評価が低いし自分以外は皆天才って思い込んでるし。ただひたすら健気で頑張るからうちの若い子らも可愛がったわけよ。田舎に置いてきたとか死に別れた弟や妹みたいだってさ。特にうちの稼ぎ頭がね、一番可愛がってね。拾ってきた本人だからっていうものあるけど…。
枯れかかっていたのを、適度に水を上げて太陽を浴びせたから、今は持ち堪えて、住んでいた町に戻って知り合いと話をしてきます、って言えるようになって、自分の意思で京のとこに戻るってなったんだろうけど、一度枯れかかった花はさ、枯れやすいよ。
それに花は意見を言えないから難しいけど、あの子は言えるしね。それをちゃんと訊いてあげないとさ」
「枯らさないようにね」と亮は久賀へ、まるで雪の親でもあるような表情を見せた。
分かってはいるし、昔のように厳しく制限はしないように心がけようと誓ったばかりだ。前途多難ではあるが。
それに甘やかし過ぎるのは駄目だとつい最近知ったばかりで、手探り状態でもある。どうすれば良いかなんて久賀は訊きたかった。
「俺さぁ、雪ちゃんの作る飯に胃袋掴まれた人間だからさぁ、手放すのは辛いなぁ~。前みたく交代制になるんかなぁ~、豪快な飯なんだよね~、不味くはないんだけどさ~。味が濃いのよ」
ここにも、掴まれた人間が居たのかと、久賀は思った。
確かに雪の作る飯は美味かった。他人の作る飯は食えないと豪語していた久賀でも、その食事匠な料理人が施す料理よりも美味だったように思える。
しかし、今後は二度と自分以外の誰かの口にいれるつもりなど、この男にはなかった。厳しく制限はしないと言いつつも、これくらいは制限とは言わないだろう。
「――――あと?」
「へ? あとって?」
すっとんきょんな声を亮は上げた。
「他に何か言いたげだっただろ?」と久賀は眉間にしわを寄せる。
流石、人の事を見てないようで見ている男だな…と亮は内心冷や汗をかいたが、いつものへらへら顔に戻り
「雪ちゃんの穴はいつでも貸し出してくれて構わないよ」
と嘯いて事なきことを得た。その代り、腹を思い切り蹴られはしたのだが。
亮は一度も名前を弟弟子から呼ばれる事は今日もなかったのだった。
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