遊び人の恋

猫原

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第四章

4-12

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※ ※ ※


「やだ…っ…抜かないで」
「大丈夫だから…一気に抜けば痛くないから…」
「やだやだやだっ…お願いします…そのままにして…抜かないで…」
「そんな事言わないでよ…このままにしたら辛いだけだから」
「やだぁ…っ…ひっく…」

泣きじゃくる雪を落ち着かせるように久賀は優しく頭を撫でると、雪の細い足首に触れ、そっと掴んだ。

「お願い…抜かないでください…」

潤んだ瞳で見つめられ呟かれたら、男の決心が揺らいだようだった。
しかし、ここで折れてはいけなかった。男は悩ましげに息を吐くと自分に喝を入れた。

「泣かないでよ。このままだと俺も辛いんだよ…辛い目に遭わせたくないんだよ…分かって…」
「もぉっ…やだぁっ…じっとしてて…」
「雪…」

「んもぉ…!!! いちゃつくなら他所でしなさいよ…!」と声が響く。
声の持ち主を見れば、雪と久賀の二人の席から離れた机に座った由希が机を叩いて二人をうんざりした目で睨みつけていた。

つい先刻、雪を背負って太助へ顔を出した久賀は雪を椅子に座らせると、その隣に座り木の破片が刺さった右足首を掴み、自分の膝にその足を乗せた。
木の破片を抜いて治療をすると言って、気の破片に手を伸ばしたが、雪がそれを拒否して二人の押し問答が始まったのである。
最初は、二人の姿を見て胸を撫で下ろし微笑ましい気持ちで二人を眺めていたのだが、会話がどうも可笑しな方向に聞こえてしまってしょうがない。由希の目はどんどんと据わっていき、由希の前に座る恵之助は顔を真っ赤にして両手で顔を覆いだした。

「そ、そんな、いちゃついてなんて…!」

手を顔の前で振り、顔を真っ赤にして否定する雪はどこからどう見ても女の子にしか見えない。由希は未だにこの少女が男の子だと思っていて、何か訳があって似合い過ぎる女装をして現れたのだと思っていた。京の目を晦ます為、とか…? まぁ無意味だった見たいだけど…?

「——————!!」

声にならない声を上げたかと思うと、男の手に雪の小指の半分ほどの長さの破片が握られていた。

「うぅうううう…なんで抜くんですかぁ…っ」

一気に抜かれてしまい土踏まずがズキズキと痛む。男の膝に乗せられた足を下ろそうと上げると、まだ終わっていないと掴まれてしまい雪は素っ頓狂な声を上げた。

「小さな破片が入っているといけないから。それにこれを抜いたんだから血が出てる」
「痛いの嫌です…! もぉおおお…っ」
「あとは治療するだけだから」

足首を軽く持ち上げて、久賀は徐にその足裏を自分の顔まで持ち上げると雪がそれに気付くより早く、血が滲み出た箇所に唇を寄せて、思い切りちゅうっと吸い込んだ。

「ひぇっ!?」

驚いて椅子の背もたれに背中を預けて声を上げ、足の裏を吸う男を顔を真っ赤にしながら文句を言っても離す気配がない。吸うだけでなく舌で舐められ、久しぶりのその感触に雪はひたすら顔を真っ赤に染めるだけだった。足をばたつかせようにも椅子から転げ落ちそうで茹蛸状態になりされるがままになっていると、違う席に座る由希と目が合い、白い肌が残らない程に真っ赤に染め上がった。

「はい。これで終わり」

目を閉じて、その舌の感触に耐えていると気付けば包帯を巻かれ、治療が終わったようだった。

治療…と言えるのかな…?

雪はいつまでも久賀の膝に足を置く訳にはいかないと下ろそうとしたが、「怪我が治るまで床に足を付けないで」とまた足首を握られ、その状態で居る事にした。

「ねぇ。ここで治療しなくても良かったんじゃない?」

呆れたように問われた質問に久賀はフッと笑みを零しながら、

「二人きりになると何をするか分からないから…」と雪に聞こえないように小声で質問を返した。

「これで何をするか分からないって言ってんの…?」

何故だか満足そうに久賀から笑みを返され、由希の目は段々と死んでいく。

この男、先日までは他の女を侍らせていた筈なのに、そんな過去はまるでなかったようにゆき君にべったりで甘い声で名前を呼んではニコニコと嬉しそうに見つめていて、ほんの数時間前の落ち込みようは何処に行ったんだ。

男の変わりように、由希は冷ややかな視線を送った。

「雪…今までどこにいたの? 何してた? 誰と喋った? 何を食べた? 何を飲んだ? 何を見た? 何を読んだ?」

しつこく訊かないと誓ったが、やはり男は我慢できず矢継ぎ早やに雪に質問を飛ばすと雪はたじろぎながらゆっくりと、男の質問に答えて行った。

「久賀様から離れた後に、雨の中、私倒れてしまって…それを助けてもらったんです」
「どこの誰? 男?」
「えっと…とある廓の、太夫さんに…」
「————佐川町に居たの?」

雪は小さく頷くと久賀は「そんなに近くに居たんだ…」と天井を見上げた。一軒一軒探し回った筈なのに見つけきれなかった。

「雨の中歩いたんで、風邪がぶり返しちゃって…皆さんに看病して貰ったんです」
「大事にならなくて良かった」
「すごく良くしてもらって…。風邪が治ってから、働かせてもらう事にして」
「働いた? どういう事? 客取ったの?」
「ち、違います…! 私なんて相手にされる訳ないです…! 雑用係として雇ってもらったんです…! 力仕事には自信があるし、それにお店には女性は不要で」

「————ちょっと待って。女は不要…?」と由希は話を遮ると、久賀から邪魔な表情を浮かべられたが無視をする事にした。ここは、私の店だぞ…!

「そこのお店、女性じゃなくて男性がお店に出てて」
「え? 男に囲まれて生活してたの? それって」「うるさい…! えっと、私が訊きたいのはお店の指向じゃなく…ゆき…君は…ちゃんなの?」

「えっと…ちゃんなんです…その…驚きましたよね…急に女の子の格好してたから…」

横髪を指で弄び、ちらりと由希を見るその仕草は、どう見ても————

「女装してるみたいですよね」
「もぉおおお! びっくりした! そうよね、そんなに可愛い男の子なんているもんじゃないわよね…! 似合い過ぎてて怖いって思ってたの…!」

丸みを帯びた頬に、細い体つきはどうみても女の子だ。ずっと男の子なのに筋肉がつかず、声変わりがない事を不思議に思っていたが、要は女の子だったからだ。謎は解けた。

女の子ならば『こんな体じゃ性欲処理にならない』と吐き捨てたあの表情が引っ掛かりはしているけれど…。

しかしながら…、とあどけなさは残るが三カ月前より大人びた雪をじっと見た。
三カ月前はまだ幼かったように見えたが、そこで私をひたすら睨んでいる男から、あの頃から手籠めにされたのか…と今更ながらに思った。
京から身代わりとしてありとあらゆる行為を受けたが秋が終わる前辺りからぴたりとそれが止んだ。その頃から、この子は、私が受けていた行為をこの男から受けたのかと思うと…えぇ、本当に…こいつ…あんなに健気な子に…しかも女の子にしたのか…男の子でも駄目だけど、女の子なんて、孕む可能性があるのに…。
孕むと言えば…二人が姿を見せなくなった辺りが恐らく、この男が決行に移した時期。それから雪ちゃんが姿を消した。
隼馬さんの暴走が原因ではあるけれど、やはり大元を辿れば……この男が原因か。

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