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第三章
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※ ※ ※
三人で囲む夕食時に激しく戸が開いてずぶ濡れになった男が一目散に家長の元へと足を運んだ。
その姿に気づいている筈にも関わらず米を口に運ぼうとする男が視界に入り余計怒りを膨張させた。胸倉を掴めば男の頬を拳で殴り付けた。
飛ばされた家長は壁に背中をぶつけるとそのまま畳みに座り込んだ。
カシャン!という茶碗が転がった音と隣に座っていた男の妻の悲鳴が耳に入ったが男はその姿に目も暮れず、今しがた殴った男————兄の隼馬を睨み付けた。
殴られたせいで口の端が切れた隼馬はその血を親指で摩ると部屋の真ん中でずぶ濡れになった弟を見上げた。
「どこに隠した?」
「隠した? 何を?」
分からん、と首を横に傾げた姿に苛立ち、もう一度胸倉を掴み兄弟は顔を近付けた。
「雪を! どこに隠した!」
怒鳴りつけ睨み付けるが兄は相変わらず表情が変わらなかった。
それが余計腹が立ち久賀は胸倉を掴む手に力を入れた。
「隠しておらん」
「何処にやった」
「知らん。俺が先に部屋を出た。その後に何処へ向かったなんぞ俺には見当もつかない」
「この寒い雨の中、外に出そうと考えるなんて頭が沸いてるしか考えられねぇ!」
あれから家を出て探し回った。
買い物への帰りに雪と出会さなかった為、逆の道を探し回ったが見つからない。雪の足ではそう遠くまでいけない筈だ。それでもそれらしき姿はなかった。
橋の上を渡り薫の家まで行けば、長女が顔を出した。その後ろから薫が顔を出し、雪を見なかったかと訊ねると、「雪がどうしたの?」と不安気に逆に訊ねられた。
神社は人一人いない。
この町の奥は花街だ。雪が好き好んでその先へ行く筈がなかった。
ふと、くそ兄貴が言っていた台詞を思い出す。
兄貴が自宅へ連れ帰ったのではないかと、来た道を引き返し乗り込んだものの、兄は知らんと吐き捨てた。
「何故家へ入った!?」と喚き散らかす弟の顔をじっと見て眉間に皺を寄せた。
「こんな寒い中外に出て肺炎にでもなったら!」
「人間はそう簡単に死なん」
「風邪がぶり返しでもしたら死ぬだろ!!」
弱い子は守ってあげなければ。
あんなに可愛いのだから、誰かに誘拐でもされたら
「監禁されてる様子だったから、出してあげた。それだけだ」
「はっ…? お前の判断で? 俺の留守を狙ってか?」
「あの子はお前を尊敬していると」
「————それが、なんだよ」
訝し気に苛立ちを含めて訊ねられた。
「好き、ではない。尊敬している、だぞ。そう思っている子供を閉じ込めて、ただ可愛がるだけじゃそれは飼い慣らしだ。一方的な恋だろう」
兄には弟が誤った道へ進めばそれを正す義務がある。
「これから好きになる」
あと、一歩だった。
俺しかいなければ、俺に縋るしかなくなる。
あの唇を許される事は近いうちにあった筈だ。
「何を言う。そんなの張りぼての愛だ」
傷つき傷つけあうだけだろう。
「あと数年すれば芽吹く」
「何がだ?」
そう訊ねると久賀は舌打ちをした。
隼馬は掴まれた胸倉を払い除けると立ち尽くす弟を同じように頬を思い切り殴ったが、殴り返され、二人はお互い掴み合いながら床に転がり取っ組み合いの喧嘩を始めた。
妻と子供はそれを呆然と見詰めたまま遠巻きに眺めるだけだった。
兄は弟に馬乗りにされたまま顔を殴られた。
力もいつの間にか弟の方が上になっていたようだ。いや…喧嘩の仕方がわかっているのか。
「雪に何を言った…!」
「弟の幸せに邪魔だと言った。お前は身代わりで性欲処理だと!」
「貴様…っ」
顔を何発か殴られ、それでも弟を睨みつけた。
何発か殴られたが拳を上げた瞬間に今度はその手首を取り兄は弟を放り投げた。久賀は部屋の壁に目掛けて飛ばされたが、すぐに身を起こす。
その手は腰に差してある刀の柄へ手が伸びて座り込みながら血が混ざった唾を畳に吐き捨てている兄を睨みつけた。
「すぐにそうやって暴力で解決しようとする。俺を斬ってもお前の気持ちは晴れん」
「俺の…俺の雪に」
俺の物を傷つけたなら死んで当然ではないか。
「俺の物を俺から奪ったのなら、死んで当然だろうが…!」
「人間は! ものになんぞならん! 個は個の物! 妻と息子は大切ではあるが俺の物ではない。私有物にはならん! それぞれ考えは違うのだ。それを大事に思うなら俺の物なんぞ思わず、自由を与え、その中で守り通し慈しむのが愛だろう! お前のそれは与えるのではない、奪う物だろう!」
守ろうとしていたのだ。
何故奪うものだと言われるのか理解が出来なかった。
奪いはした。それでも大事にした。
二度と傷つけさせない為に外に出さないようにした。
三人で囲む夕食時に激しく戸が開いてずぶ濡れになった男が一目散に家長の元へと足を運んだ。
その姿に気づいている筈にも関わらず米を口に運ぼうとする男が視界に入り余計怒りを膨張させた。胸倉を掴めば男の頬を拳で殴り付けた。
飛ばされた家長は壁に背中をぶつけるとそのまま畳みに座り込んだ。
カシャン!という茶碗が転がった音と隣に座っていた男の妻の悲鳴が耳に入ったが男はその姿に目も暮れず、今しがた殴った男————兄の隼馬を睨み付けた。
殴られたせいで口の端が切れた隼馬はその血を親指で摩ると部屋の真ん中でずぶ濡れになった弟を見上げた。
「どこに隠した?」
「隠した? 何を?」
分からん、と首を横に傾げた姿に苛立ち、もう一度胸倉を掴み兄弟は顔を近付けた。
「雪を! どこに隠した!」
怒鳴りつけ睨み付けるが兄は相変わらず表情が変わらなかった。
それが余計腹が立ち久賀は胸倉を掴む手に力を入れた。
「隠しておらん」
「何処にやった」
「知らん。俺が先に部屋を出た。その後に何処へ向かったなんぞ俺には見当もつかない」
「この寒い雨の中、外に出そうと考えるなんて頭が沸いてるしか考えられねぇ!」
あれから家を出て探し回った。
買い物への帰りに雪と出会さなかった為、逆の道を探し回ったが見つからない。雪の足ではそう遠くまでいけない筈だ。それでもそれらしき姿はなかった。
橋の上を渡り薫の家まで行けば、長女が顔を出した。その後ろから薫が顔を出し、雪を見なかったかと訊ねると、「雪がどうしたの?」と不安気に逆に訊ねられた。
神社は人一人いない。
この町の奥は花街だ。雪が好き好んでその先へ行く筈がなかった。
ふと、くそ兄貴が言っていた台詞を思い出す。
兄貴が自宅へ連れ帰ったのではないかと、来た道を引き返し乗り込んだものの、兄は知らんと吐き捨てた。
「何故家へ入った!?」と喚き散らかす弟の顔をじっと見て眉間に皺を寄せた。
「こんな寒い中外に出て肺炎にでもなったら!」
「人間はそう簡単に死なん」
「風邪がぶり返しでもしたら死ぬだろ!!」
弱い子は守ってあげなければ。
あんなに可愛いのだから、誰かに誘拐でもされたら
「監禁されてる様子だったから、出してあげた。それだけだ」
「はっ…? お前の判断で? 俺の留守を狙ってか?」
「あの子はお前を尊敬していると」
「————それが、なんだよ」
訝し気に苛立ちを含めて訊ねられた。
「好き、ではない。尊敬している、だぞ。そう思っている子供を閉じ込めて、ただ可愛がるだけじゃそれは飼い慣らしだ。一方的な恋だろう」
兄には弟が誤った道へ進めばそれを正す義務がある。
「これから好きになる」
あと、一歩だった。
俺しかいなければ、俺に縋るしかなくなる。
あの唇を許される事は近いうちにあった筈だ。
「何を言う。そんなの張りぼての愛だ」
傷つき傷つけあうだけだろう。
「あと数年すれば芽吹く」
「何がだ?」
そう訊ねると久賀は舌打ちをした。
隼馬は掴まれた胸倉を払い除けると立ち尽くす弟を同じように頬を思い切り殴ったが、殴り返され、二人はお互い掴み合いながら床に転がり取っ組み合いの喧嘩を始めた。
妻と子供はそれを呆然と見詰めたまま遠巻きに眺めるだけだった。
兄は弟に馬乗りにされたまま顔を殴られた。
力もいつの間にか弟の方が上になっていたようだ。いや…喧嘩の仕方がわかっているのか。
「雪に何を言った…!」
「弟の幸せに邪魔だと言った。お前は身代わりで性欲処理だと!」
「貴様…っ」
顔を何発か殴られ、それでも弟を睨みつけた。
何発か殴られたが拳を上げた瞬間に今度はその手首を取り兄は弟を放り投げた。久賀は部屋の壁に目掛けて飛ばされたが、すぐに身を起こす。
その手は腰に差してある刀の柄へ手が伸びて座り込みながら血が混ざった唾を畳に吐き捨てている兄を睨みつけた。
「すぐにそうやって暴力で解決しようとする。俺を斬ってもお前の気持ちは晴れん」
「俺の…俺の雪に」
俺の物を傷つけたなら死んで当然ではないか。
「俺の物を俺から奪ったのなら、死んで当然だろうが…!」
「人間は! ものになんぞならん! 個は個の物! 妻と息子は大切ではあるが俺の物ではない。私有物にはならん! それぞれ考えは違うのだ。それを大事に思うなら俺の物なんぞ思わず、自由を与え、その中で守り通し慈しむのが愛だろう! お前のそれは与えるのではない、奪う物だろう!」
守ろうとしていたのだ。
何故奪うものだと言われるのか理解が出来なかった。
奪いはした。それでも大事にした。
二度と傷つけさせない為に外に出さないようにした。
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