遊び人の恋

猫原

文字の大きさ
上 下
64 / 170
第三章

3-22

しおりを挟む
「————あは、ははははははっ!」

薫の唇がわなわなと動き、何を言うんだろうと見ていたら突然笑われて雪は唖然として薫を見た。

「ど、どうして笑うのっ…」
「鼻水出てる…!」

赤面して思わず袖で拭きそうになった雪を止めて、薫は雪の鼻を自分の持っていた手拭いを袖から出すと綺麗にふき取って上げた。

「ありがとう…」
「良いのよ」
「薫も、酷い顔だよ」

ふふ、と小さく笑った雪を見て、こういう所も自分とは違うのだな、っと思った。
薫なら口を大きくして爆笑するからだ。

賽銭箱を間にして立ち尽くす二人は急に黙り込むと、動き出したのは薫からだった。
賽銭箱の前へ出て雪の前へ立つ。
そんな薫におずおずと、先程道中で落とした草履下駄を薫の前に出した。
「ありがとう」と言って受け取ると、切れた緒が手拭いで直してあった。
地面に置いて足を入れる時に、雪の足が視界に入る。雪の足が裸足だと気付いた。
片方の足をもう片方の足へ重ねて擦っていて、寒そうにしていた。真っ白な足先が寒さで赤くなり、所々石で切ったのか擦り傷が出来てしまっている。この地面は砂利石だ。相当痛いに決まっている。

あの後追いかけてきてくれたのか、薄着でいつも久賀に無理矢理着せられているどてらも羽織っていなかった。

「さっきは…ごめんね」

視線を戻すと、その瞳は潤んでいて、薫もつられて乾いた涙が潤みだしていた。

「最近、僕、泣けなくなってて、僕の代わりに久賀様が泣きそうになるし、それを見てたら、余計泣けなくなって、でも、薫を悲しませちゃったって思ったら、涙が止まらなくて」

涙が枯れたように泣けなくなった。
その代わりといってなんだが、久賀が思い通りにならないと、泣き出しそうな顔をした。するだけで泣く事はないのだが、その表情に絆されて雪は何故だか自分がしっかりしなければ、という妙な母性本能が湧き出ていたのだ。
そんな時に、薫を悲しませてしまって、雪は慌てた。
自分と対等に仲良くしてくれる女の子なんて、薫が初めてで薫の物をはっきり言う所を雪は尊敬していた。周りの大人達は隠すからだ。
そんな薫に絶交されてしまったら、と考えてしまったら、あれから居てもたってもいられなくなり久賀との約束を放って家を飛び出していた。

「もういいの。私こそごめんね」

雪の大きな瞳がこれまでかという程、大きく見開かれて。
引っ切り無しにぽろぽろと流れた。

「ぐすっ…僕が悪い、のになんで謝るの」
「あそこで雪の話をちゃんと最後まで待ってたら良かったんだわ。誰かと喧嘩をした事のない雪が私に怒鳴られたら答えられる筈ないじゃない。すぐに頭に血が上るの悪い癖なの」
「でも…」
「でももだっても言わないの」

ぐすりと薫は涙を袖で拭くと、雪の手を握った。

「仲直りしましょう」
「————良いの?」
「もし、久賀さんに会うなって言われても、最後を許したりしないでね。それを約束出来るなら、仲直りしましょ」

「うん」と嬉しそうにはにかむ雪に、薫も同じように返した。
涙はいつの間にか止まっていて、二人の間にはほんわかとした空気が流れている。

「もしそう言われたら、それ以外にどうしたらいいと思う?」
「そうね…泣きじゃくりながら家出すると言えば慌てふためくと思うけど」

「そうかな…?」と雪は疑問符を浮かべた。

あの男は何だかんだで雪の涙に弱い。
恐らく、雪が泣き喚けば今の行為もしなくなる筈である。
雪が涙を流せば、踏み止まるんじゃないかしら…?

「そんな恰好を見たら久賀さん、卒倒しそうね。取り敢えず私んちで着替えて温まりましょう」

しかもとっくに日は暮れて、神社を灯す行灯の光しかなく心もとない。
こんな時間に雪を一人で外に出した事がない筈だ。血相を変えて探し回っているかもしれないし、もしかしたら私の家へ探しに行っているかもしれない。

薫が雪と手を繋ぐと、いつもは体温が高い肌が凍えたように冷え切っていた。
その手を雪が握り返すと二人は拝殿前を離れようと足を踏み出した時だった。

薫の手を握る雪の手がぎゅっと力が入った。
雪の力だから痛くはなかったが、突然強く握られ雪の横顔を見ると周囲を探るように目だけが左右に動いている。
急に緊張した面持ちになった雪に「どうしたの?」と声を掛けれると静かに小声で「誰かいる」と答えが返ってきた。

「誰かって、誰?」

ゴクリと雪の喉が鳴る。
薫の手を握りながら————雪は薫を庇うように薫の前へ立った。

左の雑木林からガサリと音がして薫がそちらを見ると、刀を差した男が二人。右から男が一人闇の中を割いて現れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【R-18】初恋相手の義兄を忘れるために他の人と結婚しようとしたら、なぜか襲われてしまいました

桜百合
恋愛
アルメリア侯爵令嬢アリアは、跡継ぎのいない侯爵家に養子としてやってきた義兄のアンソニーに恋心を抱いていた。その想いを伝えたもののさりげなく断られ、彼への想いは叶わぬものとなってしまう。それから二年の月日が流れ、アリアは偶然アンソニーの結婚が決まったという話を耳にした。それを機にようやく自分も別の男性の元へ嫁ぐ決心をするのだが、なぜか怒った様子のアンソニーに迫られてしまう。 ※ゆるふわ設定大目に見ていただけると助かります。いつもと違う作風が書いてみたくなり、書いた作品です。ヒーローヤンデレ気味。少し無理やり描写がありますのでご注意ください。メリバのようにも見えますが、本人たちは幸せなので一応ハピエンです。 ※ムーンライトノベルズ様にも掲載しております。

子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。 ※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。 ※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。  伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。  すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。  我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。 ※R18に※

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...