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第三章
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※ ※ ※ ※
橋の上から薫と2人、下を覗き込みながら、川を泳ぐ魚が何なのか、どこから来たのか、たわい無い話をする。あの小さな魚は大きな魚との親子なのか兄弟なのか。ご飯は何を食べているのか。途中この橋の下で久賀様と初めて会った話を薫にすると、短く「そう」と返ってきただけだった。
詳しくは訊かれず、ずっと2人で魚の話をしているだけだ。そうしていると、気が晴れて、雪からは笑い声が聞こえるようになっていた。
「雪。鮭の川登って知ってる?」
「知らない」
「鮭って普段は海で暮らしてるんだけど、敵の少ない川に戻って産卵するの。鮭って産卵期に突入すると、自分が生まれた川を目指し、遡上していくんだって。母川回帰能力が高くって川の支流まで見分けられるんだって」
「へぇ。魚なのに生まれた場所がわかるって凄いね。その川登ってこの川でも見れる?」
「見た事ないなぁ。小さな川だから鮭が居ないのかも。大きな川に行けば見れるよ。温泉街にうちの別宅があって、そこの川では秋から真冬にかけて見れるよ。今の季節見せれるかも。来年一緒に行こうよ。温泉入った事ある?」
来年の約束を薫は取り付けてみた。
ふと、雪が居なくなりそうな気がしたのだ。久賀に監禁されるか、その前に逃げ出して、居なくなるのか…。どちらに転んでも欲しくない。逃げ出すのなら、うちに逃げて来て欲しい。
約束は人に希望を与えることもある。
「ない。温泉って?」
「大きなお風呂。お湯も勝手に吹き出てて沸いてるの」
「沸いてるの? こっちで水を汲んで沸かさなくても良いの?」
「うん」
「すごいねぇ。でも、人前で裸になったらダメって」
「この流れはもう良いのよ。行きたいか行きたくないかよ」
「…行きたいなぁ」
「ふふ。じゃあ、約束ね」
互いに小指を引っ掛け、
「約束げんまん、嘘ついたら針千本のーます! 指切った!」
指を絡め合った状態で上下に振って、二人は絡めた小指を外した。
その小指を雪はじっと見つめると、過去に久賀と同じように指切りをした事を思い出した。じっと見つめたまま動かなくなった親友を薫は、
「どうしたの?」
「久賀様と指切りをしたのを思い出して」
「何を約束したの?」
「…下の世話が何なのかよく分からなくて。男性に下の世話を頑張るとか久賀様以外に言わない事、男性と下世話な話をしない事」
「律儀に守ってるの?」
「下の世話、下世話って良く分からないし…振られる事もないし…そもそも男性に話しかけられないし」
話しかけられはしてるが、それを隣で薫が牽制をしているからそう見えないのだろう。久賀と一緒の時に話しかける猛者など居る訳がない。
「下世話っていうのは、噂や世間話、って事。雪には噂話に語ったり聞いて欲しくないんじゃないのかな。自分の話ってろくな話ないだろうし」
「そうなの? 久賀様はあんなにお優しいし、素敵な人なのに?」
「うーん。そうねぇ…雪にとってそうなら、きっとそうなのよ」
ここであの男を否定しても良いけど、雪にとってあの男は「優しくて素敵な人」なのだ。それを私が否定するのは違う気がする。
「久賀様は、とてもお優しい…」
そう呟くと、雪は橋をそっと見下ろした。
この下で、久賀様と出会った。
僕を初めて、助けてくれた大人。
大人は僕を傷つけ、僕を無視していたのに…唯一、見つけてくれた人———…。
優しいという言葉以外に何があるのかな?
ぼうっと見下ろしている雪の横顔を見ていると、見知った顔が橋を横切る姿が薫の目に入った。思わず声を上げれば、その声に反応して少年も足を止めると橋の上へ視線を送る。そこには見知った少女と少年が居て、どうしてか気まずい表情を浮かべたのだった。
橋の上から薫と2人、下を覗き込みながら、川を泳ぐ魚が何なのか、どこから来たのか、たわい無い話をする。あの小さな魚は大きな魚との親子なのか兄弟なのか。ご飯は何を食べているのか。途中この橋の下で久賀様と初めて会った話を薫にすると、短く「そう」と返ってきただけだった。
詳しくは訊かれず、ずっと2人で魚の話をしているだけだ。そうしていると、気が晴れて、雪からは笑い声が聞こえるようになっていた。
「雪。鮭の川登って知ってる?」
「知らない」
「鮭って普段は海で暮らしてるんだけど、敵の少ない川に戻って産卵するの。鮭って産卵期に突入すると、自分が生まれた川を目指し、遡上していくんだって。母川回帰能力が高くって川の支流まで見分けられるんだって」
「へぇ。魚なのに生まれた場所がわかるって凄いね。その川登ってこの川でも見れる?」
「見た事ないなぁ。小さな川だから鮭が居ないのかも。大きな川に行けば見れるよ。温泉街にうちの別宅があって、そこの川では秋から真冬にかけて見れるよ。今の季節見せれるかも。来年一緒に行こうよ。温泉入った事ある?」
来年の約束を薫は取り付けてみた。
ふと、雪が居なくなりそうな気がしたのだ。久賀に監禁されるか、その前に逃げ出して、居なくなるのか…。どちらに転んでも欲しくない。逃げ出すのなら、うちに逃げて来て欲しい。
約束は人に希望を与えることもある。
「ない。温泉って?」
「大きなお風呂。お湯も勝手に吹き出てて沸いてるの」
「沸いてるの? こっちで水を汲んで沸かさなくても良いの?」
「うん」
「すごいねぇ。でも、人前で裸になったらダメって」
「この流れはもう良いのよ。行きたいか行きたくないかよ」
「…行きたいなぁ」
「ふふ。じゃあ、約束ね」
互いに小指を引っ掛け、
「約束げんまん、嘘ついたら針千本のーます! 指切った!」
指を絡め合った状態で上下に振って、二人は絡めた小指を外した。
その小指を雪はじっと見つめると、過去に久賀と同じように指切りをした事を思い出した。じっと見つめたまま動かなくなった親友を薫は、
「どうしたの?」
「久賀様と指切りをしたのを思い出して」
「何を約束したの?」
「…下の世話が何なのかよく分からなくて。男性に下の世話を頑張るとか久賀様以外に言わない事、男性と下世話な話をしない事」
「律儀に守ってるの?」
「下の世話、下世話って良く分からないし…振られる事もないし…そもそも男性に話しかけられないし」
話しかけられはしてるが、それを隣で薫が牽制をしているからそう見えないのだろう。久賀と一緒の時に話しかける猛者など居る訳がない。
「下世話っていうのは、噂や世間話、って事。雪には噂話に語ったり聞いて欲しくないんじゃないのかな。自分の話ってろくな話ないだろうし」
「そうなの? 久賀様はあんなにお優しいし、素敵な人なのに?」
「うーん。そうねぇ…雪にとってそうなら、きっとそうなのよ」
ここであの男を否定しても良いけど、雪にとってあの男は「優しくて素敵な人」なのだ。それを私が否定するのは違う気がする。
「久賀様は、とてもお優しい…」
そう呟くと、雪は橋をそっと見下ろした。
この下で、久賀様と出会った。
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優しいという言葉以外に何があるのかな?
ぼうっと見下ろしている雪の横顔を見ていると、見知った顔が橋を横切る姿が薫の目に入った。思わず声を上げれば、その声に反応して少年も足を止めると橋の上へ視線を送る。そこには見知った少女と少年が居て、どうしてか気まずい表情を浮かべたのだった。
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