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第三章
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※ ※ ※
「父上は! 何てことを仰るんですか!!!」
顔を真っ赤にしながら隣を歩く息子を隼馬は何故怒っているのか見当がつかなかった。
「太っているなど…! 失礼ではありませんか!」
すごく傷ついた顔をしていたと、肇は思い出して酷く心が痛んだのである。
あの場を庇おうとも思ったが、この父をあの場から遠ざけた方が得策だろうと思い始めは父の手を引いて外に出たのだった。
「誰かが本当の事を言わなければならんだろう」
「あれは! 太っているのではなく、どてらを二枚も着ていたからです…!! 見ればわかるでしょう!」
肇は怒りのあまりに父を置いてどんどん先へと行ってしまう。隼馬はその後ろ姿をじっと見つめた。
はて? と首を傾げながら思い出してみると、そう言えばそんなものを着ていた気がしなくもなかった。顔も小顔だった気がしなくもない。
それにしても、息子が何故ここまで憤慨しているのか分からずにいると、ある答えに導かれ隼馬は首の位置を元に戻した。
「そういう事だな」
「————そういう事とは…?」
父親が後をついて来ていない事に気付いてはいたが、肇は怒っていたので父を放置していた。そんな父が歩みを止めて、ぼそっと呟いた声が聞こえたもんだから振り向けば一人分かったように何度も頷いているから、肇は嫌な気がしてならない。
「妻が女中と話をしているのを聞いたのだが…どうやら肇が男の子に恋をしたらしいと」
「なななな何を聞いているのですか!? それは母上の誤解です!」
思わず父に駆け寄り、弁解するが父は聞いちゃいなかった。
「それがあの子なんだな。お前の態度で分かった。人に良く鈍いと言われる俺だが分かったぞ」
「ちちちちち父上、誤解です、本当に誤解なんです!」
顔を真っ赤にして否定する息子を見て、隼馬は確信した。
肇が否定すれば否定するだけ、隼馬は駄目な方向へと考えを持って行く。
肇は確かに雪に一目惚れをしていて、久々に顔を見たらすごく可愛くなっていたから、驚いたのだった。しかし、夏に見たあの叔父さんの態度からしてその間に割って入る勇気などありもしないのである。
「安心しろ、肇。父である俺が全て丸く収めるから」
————京が結婚した後は、うちで引き取ろう。
にっこりと息子に笑いかけた父を見て、肇は今度は青褪めた。こういう時の父親は本当に的外れの事をするのである。
父を窘める事が出来るのは母親だけで、肇には到底無理な話なのだ。
「なななな、変な事考えてませんよね!? 父上! 変な事をしたり言ったりしたら、母上に言いつけますから…!!」
「ははは」
と笑う父の背中を慌てて肇は追いかけたのだった。
※ ※ ※
「ゆき君。隼馬さんはね、基本ずれてるの。百のうち九十八は話を聞いちゃ駄目よ」
「結婚はしないからね。あれは隼馬さんの勝手な暴走なんだから」
と由希さんに言われ。
でもそのうちの二つは真実があるという事では…? と聞き返す事が出来ずに、由希さんと春日さんは私たち二人を置いて帰って行った…。
とぼとぼと歩く帰り道、隣から盛大な溜息が聞こえ、雪は徐に視線を横に向けると薫が呆れ顔だった。
「そんな顔で帰ったら、『どうしたの!? 何かあった? 嫌な事された? もう外に出るの止めよう、ね?』ってね、言われるのが筋よ」
と久賀の仕草と声真似付きで薫がおどけて見せる。それが非常に似ていたが、雪からは乾いた笑い声しか出なかった。
そんな雪を見ては、薫は更に溜息を深く吐くのである。
「何を気にしてるの? 久賀さんがあんたの飯を実はいやいや食べてるんじゃないか、って事? 一緒に寝るのも実は嫌って事? 結婚するかもって事?」
「……全部…」
うるうる瞳を潤ませて、どんどん落ち込む姿を見て、ついには旋毛が見えるようになった親友の肩を薫は抱き寄せた。
「どうして大人は嘘をつくんだろ…。付き合ってるなら付き合ってるっていえば良いのに…なんで隠すんだろ…」
きっと由希さんと久賀さんの話をしているのだろうと、薫は思った。
二人が付き合っているかは正直な所定かではないが、肉体関係くらいはある筈だ。
雪があの男の世話係だと姉に言った時、姉四人とも過去に久賀さんと関係を持った事があると言って四人ともはしゃいだのである。それを見て自分の姉らの貞操概念が弱い事に頭を悩ませたが、よくよく考えれば妹の自分も弱かったな…と遠い目をしてしまう。しかし、久賀という男の方が大層弱そうでだし、近くにいる幼馴染に手を出していないなんて事、ある筈がない。そんな男が雪にベタ惚れなのも正直信じられない話だけど、あの態度を見せられれば、本気なのは分かる。雪がまだこうして外出を許可されているのにも驚きを隠せないでいた。まだ、あの男は手を出せていないんだって。
「久賀さんは何も言わないんでしょ? 喜んで食べてるんだったらそれが真実よ」
「でも久賀様はお優しいから…無理してるのでは…」
優しい、で済まされるならどんなに良いのか、とも思う。あれは優しいっていう部類でないのに。
「結婚しちゃったら、出て行かなかきゃ…」
鼻を啜る音が聞こえ、薫は優しくその背を小刻みに叩いた。
「結婚するかしないかは別として…。もし追い出される事があったら、うちに来て良いから。うちって儲かってる商屋だし。一人増えたくらいじゃ問題ないし」
「本当…? 迷惑じゃない…?」
「全く!」
にっと笑えば、雪はやっと笑みを浮かべてくれた。
「久賀様に相談してみる…」
「いや、相談するのはまずいから。本当に追出された時に迷わずうちに来てくれたらそれで良いから」
相談なんてしたらうちに乗り込んでくる可能性が高い。
うちには用心棒を雇ってあるから、いざという時は大丈夫だろうけど…。
薫は来るべき未来の為に、今夜にでも姉と両親に雪の事を話そうと思うのであった。
雪は薫から離れると、手の甲で涙を拭うと、笑みを浮かべた。
「久賀様に追い出されないよう、僕、頑張る」
「変な方向に頑張らないでね…?」
「うん!」と笑顔を浮かべた雪に一抹の不安を抱きつつ、二人は別れたのだった。
「父上は! 何てことを仰るんですか!!!」
顔を真っ赤にしながら隣を歩く息子を隼馬は何故怒っているのか見当がつかなかった。
「太っているなど…! 失礼ではありませんか!」
すごく傷ついた顔をしていたと、肇は思い出して酷く心が痛んだのである。
あの場を庇おうとも思ったが、この父をあの場から遠ざけた方が得策だろうと思い始めは父の手を引いて外に出たのだった。
「誰かが本当の事を言わなければならんだろう」
「あれは! 太っているのではなく、どてらを二枚も着ていたからです…!! 見ればわかるでしょう!」
肇は怒りのあまりに父を置いてどんどん先へと行ってしまう。隼馬はその後ろ姿をじっと見つめた。
はて? と首を傾げながら思い出してみると、そう言えばそんなものを着ていた気がしなくもなかった。顔も小顔だった気がしなくもない。
それにしても、息子が何故ここまで憤慨しているのか分からずにいると、ある答えに導かれ隼馬は首の位置を元に戻した。
「そういう事だな」
「————そういう事とは…?」
父親が後をついて来ていない事に気付いてはいたが、肇は怒っていたので父を放置していた。そんな父が歩みを止めて、ぼそっと呟いた声が聞こえたもんだから振り向けば一人分かったように何度も頷いているから、肇は嫌な気がしてならない。
「妻が女中と話をしているのを聞いたのだが…どうやら肇が男の子に恋をしたらしいと」
「なななな何を聞いているのですか!? それは母上の誤解です!」
思わず父に駆け寄り、弁解するが父は聞いちゃいなかった。
「それがあの子なんだな。お前の態度で分かった。人に良く鈍いと言われる俺だが分かったぞ」
「ちちちちち父上、誤解です、本当に誤解なんです!」
顔を真っ赤にして否定する息子を見て、隼馬は確信した。
肇が否定すれば否定するだけ、隼馬は駄目な方向へと考えを持って行く。
肇は確かに雪に一目惚れをしていて、久々に顔を見たらすごく可愛くなっていたから、驚いたのだった。しかし、夏に見たあの叔父さんの態度からしてその間に割って入る勇気などありもしないのである。
「安心しろ、肇。父である俺が全て丸く収めるから」
————京が結婚した後は、うちで引き取ろう。
にっこりと息子に笑いかけた父を見て、肇は今度は青褪めた。こういう時の父親は本当に的外れの事をするのである。
父を窘める事が出来るのは母親だけで、肇には到底無理な話なのだ。
「なななな、変な事考えてませんよね!? 父上! 変な事をしたり言ったりしたら、母上に言いつけますから…!!」
「ははは」
と笑う父の背中を慌てて肇は追いかけたのだった。
※ ※ ※
「ゆき君。隼馬さんはね、基本ずれてるの。百のうち九十八は話を聞いちゃ駄目よ」
「結婚はしないからね。あれは隼馬さんの勝手な暴走なんだから」
と由希さんに言われ。
でもそのうちの二つは真実があるという事では…? と聞き返す事が出来ずに、由希さんと春日さんは私たち二人を置いて帰って行った…。
とぼとぼと歩く帰り道、隣から盛大な溜息が聞こえ、雪は徐に視線を横に向けると薫が呆れ顔だった。
「そんな顔で帰ったら、『どうしたの!? 何かあった? 嫌な事された? もう外に出るの止めよう、ね?』ってね、言われるのが筋よ」
と久賀の仕草と声真似付きで薫がおどけて見せる。それが非常に似ていたが、雪からは乾いた笑い声しか出なかった。
そんな雪を見ては、薫は更に溜息を深く吐くのである。
「何を気にしてるの? 久賀さんがあんたの飯を実はいやいや食べてるんじゃないか、って事? 一緒に寝るのも実は嫌って事? 結婚するかもって事?」
「……全部…」
うるうる瞳を潤ませて、どんどん落ち込む姿を見て、ついには旋毛が見えるようになった親友の肩を薫は抱き寄せた。
「どうして大人は嘘をつくんだろ…。付き合ってるなら付き合ってるっていえば良いのに…なんで隠すんだろ…」
きっと由希さんと久賀さんの話をしているのだろうと、薫は思った。
二人が付き合っているかは正直な所定かではないが、肉体関係くらいはある筈だ。
雪があの男の世話係だと姉に言った時、姉四人とも過去に久賀さんと関係を持った事があると言って四人ともはしゃいだのである。それを見て自分の姉らの貞操概念が弱い事に頭を悩ませたが、よくよく考えれば妹の自分も弱かったな…と遠い目をしてしまう。しかし、久賀という男の方が大層弱そうでだし、近くにいる幼馴染に手を出していないなんて事、ある筈がない。そんな男が雪にベタ惚れなのも正直信じられない話だけど、あの態度を見せられれば、本気なのは分かる。雪がまだこうして外出を許可されているのにも驚きを隠せないでいた。まだ、あの男は手を出せていないんだって。
「久賀さんは何も言わないんでしょ? 喜んで食べてるんだったらそれが真実よ」
「でも久賀様はお優しいから…無理してるのでは…」
優しい、で済まされるならどんなに良いのか、とも思う。あれは優しいっていう部類でないのに。
「結婚しちゃったら、出て行かなかきゃ…」
鼻を啜る音が聞こえ、薫は優しくその背を小刻みに叩いた。
「結婚するかしないかは別として…。もし追い出される事があったら、うちに来て良いから。うちって儲かってる商屋だし。一人増えたくらいじゃ問題ないし」
「本当…? 迷惑じゃない…?」
「全く!」
にっと笑えば、雪はやっと笑みを浮かべてくれた。
「久賀様に相談してみる…」
「いや、相談するのはまずいから。本当に追出された時に迷わずうちに来てくれたらそれで良いから」
相談なんてしたらうちに乗り込んでくる可能性が高い。
うちには用心棒を雇ってあるから、いざという時は大丈夫だろうけど…。
薫は来るべき未来の為に、今夜にでも姉と両親に雪の事を話そうと思うのであった。
雪は薫から離れると、手の甲で涙を拭うと、笑みを浮かべた。
「久賀様に追い出されないよう、僕、頑張る」
「変な方向に頑張らないでね…?」
「うん!」と笑顔を浮かべた雪に一抹の不安を抱きつつ、二人は別れたのだった。
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