遊び人の恋

猫原

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第二章

2-6

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この男、本当はゆき君に恋慕でも抱いているんじゃないかしら?

疑いたくもなる。
毎晩と言って良いほど躰を重ね合うのは、誰かの身代わりではないか、と。
名前だけは同じゆきである。名前を呼ばれる時、その名前は本当に私の名前なのかしら?

「まぁ、良い。もう一つ聞きたいんだが」

不機嫌から、急に真面目な声音になった。

「十歳の頃、俺とヤッた時どんだけ痛かった?」
「————は?」

真顔で何をいうのか、と思わず由希は聞き返した。何を言っているのか理解をするのに、時間がかかってしまう。

「どんだけ痛かった?初めてなんだから気持ち良くはなかったよな?」

久賀と由希が体を重ねたのは二人が十歳の頃だった。その当時、久賀は母親の恋人に乱暴され、その帰りに由希の元へやって来て、「男とやって気持ち悪ぃから、その消毒みたいなもんでやんねぇか」と有無を言わさず由希を組み敷いたのだった。その頃から由希は久賀に人知れず恋をしていたから断る理由もなく、またその行為に興味があったのも事実だった。

「そりゃ、あんた初めてだったから挿れるだけでガンガン動くだけだったし」
「でも二回目から気持ち良かっただろ?」
「そりゃ…」

この男、その後年上の女性に伝授されたようで、その足で由希の元へ行き、「試そうぜ」となんとか言って、由希を組み敷いた。勿論、久賀に惚れていたから拒否はしなかった。
躰を重ねる度、この男は抜群に上手くなっていった。

「何故その質問をするの?」
「そういや、俺らって十歳の頃からしてんなって思ってさ。あん時聞けなかった事を聞いてるだけだよ」
「ふーん…」

久賀を見ると、淡々と喋っているだけで遠い目をしていた。
それが異様に怖かった。さっきの不機嫌そうなあの顔の方が久賀らしい。

「潤滑油を使ったらどうだ?」
「何よ突然」
「処女に使うと良いって言うだろ」
「知らないわよ、そんなの」

処女でも抱く予定でもあるの? と尋ねようと思ったが、由希はある答えが閃いて口を噤んだ。
この男の近くに、処女はただ一人しかいなかった。
顔を真っ赤にする、あの子の顔が脳裏を掠めた。
男同士で挿入する時に、それが必要になるという話は聞いた事がある。
しかし、性に疎い子供相手に試すのは残酷ではないか。

心臓の音がやけに煩い。
どうやらこの音は由希にしか聞こえていないようだった。
久賀はと言えば仄暗い瞳をして由希を見つめていた。

「興味があるだけなんだ」

と微笑を浮かべ、由希はその笑みに恐怖を覚えた。思わず後ずさろうとしたが、咄嗟に久賀に腕を掴まれた。

久賀自身、雪に嫌われないよう最低限努力してきた。
壊れないよう、怖がられないよう、雪を傷つけた男とは別人なのだと見せつけ、極力部屋から出さないようにした。制限付きで外出を許可したら、他人に話しかけられるのを目にするようになった。可愛い可愛い、あの子に触れる全てがどうしようもなく憎らしくなった。
しかし、雪には常に笑顔でいて欲しかった。まだ子供で庇護欲をそそられるからか、自分と同じ経験をしたからか。大人に傷つけられ、傷物にされた事による同情からなのか。
それでも、沸沸と腹のもっと奥から黒い感情が湧き出てくる。その黒い感情は雪に対して抱いてしまっている事に久賀は気付かなかった。

しかし、雪が友達を作りたいと。
ーーーーお願いを何でも聞くから、と。

その発言を耳にして、何か、糸が切れた。

親しい友を作れば、交流が広がり、色んな男を目にする。久賀の作り出した優しさではなく、本物の優しさに触れる。
久賀の手を握っているその手が近い将来、違う男の手を握っている姿が脳裏を掠め、その顔のない男に無性に腹がたった。雪の口から語られる、他人の話がどうしようもなく許せない。その瞳が他人を映す事が、同じ空気を吸う事が許せない。
雪の初めてを奪った男を殺したかった。いや、殺してはいるのだが、一回では足りないほどに、何度も何度も、斬り殺したかった。
一歩も部屋から出さず、俺以外を目にしないようにしたかった。しかし、久賀は雪に嫌われるのを非常に怖がった。
その黒い感情をぶつけたくて、他人を利用した。
その感情を抱きつつも、雪には常に笑顔でいて欲しかったのだ。
久賀は自分がどうしようもない屑だと知っていた。
それでも久賀は雪に隠し通せると自信があった。
過去の男よりも、優しくすれば、きっと俺に惚れてくれるだろう。
しかし、久賀は異性を優しく抱いた事がない。だから、練習しようと思ったのだ。
自分に恋心を抱く幼馴染みに。

「————もう一度、初めてを味わってみたくないか?」
「っ」
「穴はもう一つあるだろ?」

と久賀は逆の手に持つのは薄い紙————通和散と言われるものだった。

————なんて、なんて、酷い男なのだろう
————この男、私で実験するつもりなのだ。

久賀は通和散を口に放り込んだ。とろりと口の中で溶けるそれを由希はただじっと見つめた。久賀の口の端、とろりと一筋流れたそれを、由希はペロリと舌で舐めた。それは合図のようなもので、二人は舌を絡ませた。久賀の口の中のそれは既になくなっていた。
由希の下はすでに濡れていた。皮肉なもので、この最低な男を想っているし何度も躰を重ねて来たが、この行為自体由希は嫌いではなかったのだ。
従順に作られた躰を由希は初めて恨んだ。

とっくに気付いていた。この男の目は昔も今も由希を見ていない。
昔は何も映さなかったその瞳は、今は由希を通して雪を見ている。
幼馴染の好で、好きになってくれる、そんな事はただの妄言だと気付いていたのに、希望にしがみついてしまった。
希望を持つほど希望に裏切られた反動があるというのに。

私は失恋した。
この男は、あの子供を好いている。
その気持ちに気付いているか否かは全く分からない。しかし今からする行為は、あの子とするつもりだからこそ、本番に向けて私で試すのでは…?
ひたすら優しく、甘やかし。目の届く範囲に置きたがり、狭い世界しか見せず、囲い込む。それは全て無意識で、奥底で嫌われたくないと、本性をひた隠し。この男の本性なんて、ただの屑なのに。
しかし、それは歪で恋と呼ぶには重過ぎる。
京は恋をした事がない————だからこそ、これが間違いだと気付く事はない。
自分の本性を隠したその仮面はいずれ脆くも崩れるに決まっている。

良いじゃない———…。
私は犠牲になろう。
うんと善がり、お前の行為は間違っていないと思わせてやる。

何も知らない無垢な子供に試して、どうなるか思い知れ。

そして、由希は久賀に心の中で呪いを吐いてやった。

あの子に無理強いて、嫌われろ————。


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