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本編
指名の電話
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ナオトはスマホを握ったまま固まっていた。
金曜日の今日、無事仕事を終えて会社を出たので、後はもう自由な週末の夜だ。
先日リョウにもらったメモの電話番号はすでに登録してあるので、あとは通話ボタンを押すだけなのだが、たったそれだけのことに、かなりの勇気が必要だった。
ナオトがvanilla Bathに行ったあの日からもう、十日ほどが経ってしまっていた。
あの時、リョウはサービスの代金を受け取らなかっただけでなく、ナオトが払うはずだったホテル代まで支払ってくれていた。
だから出来るだけ早く彼を指名して、ホテル代も一緒に返さなければいけないとは思っているのだが、なかなかその決心がつかないでいる。
あの日、ホテルで二人で過ごした時間は、本当に夢みたいに幸せな時間だった。
けれども時間が経って冷静になってくるにつれ、ナオトはひどく混乱してきた。
同性であるリョウに抱きしめられ、いやらしく触られてイッて、キスされたあの時間が幸せだったなんて、冷静に考えたらやっぱりおかしい。
普通だったらそう感じるのは、相手がかわいい女の子の時だけのはずだし、そもそも同性のリョウにあんなことをされた時に、拒否することだって出来たはずなのだ。
もしかしたら、僕は、ゲイだったんだろうか。
女の子と付き合ったことはないけれど、これまで片想いしたことがあるのは女の子だけだし、自分でする時のオカズも女の子で、男相手なんて考えたこともなかった。
けれどももしかしたらVanilla Bathのサイトを見て、男性がサービスを行う店だと分かっていながら行ってみようと思ったこと自体、ゲイである証拠だったのかもしれない。
数日間一人でぐるぐると悩んだ末に、ナオトは試しにネットでゲイ向けの男同士のエッチな小説を探して読んでみることにした。
その小説の主人公になったつもりで、男にあれこれされることを想像しながら読んでみたのだが、いつも読んでいる男女ものの小説を読んだときのようなエッチな気分にはならなかった。
なんだ、やっぱりゲイじゃなかったんだと、いったんは安心したのだが、ふとリョウのことが頭に浮かんだ途端、状況が変わった。
小説の中の相手のセリフが自然とリョウの声で聞こえてくる。
主人公があれこれされている描写のいちいちに、リョウの手や唇の感触がよみがえってくる。
そうこうしているうちに、見知らぬ男を相手に想像していた時にはなんともなかったものがいつの間にか勃っていて、ナオトは愕然とした。
これじゃあ、ゲイっていうよりはまるで、リョウにだけ反応するみたいな……。
いや、みたいな、じゃなくて間違いなくそうだ。
そう自覚してナオトはますます混乱した。
もしかして僕、リョウのこと、好きなんだろうか……。
あれこれ考えてみたが、恋愛経験がほとんどないナオトにはどうにも判断がつかなかった。
そもそも好きかどうか判断するには、リョウのことを知らなさすぎる。
そこまで考えて、ナオトはふいに、こうやって悩むこと自体が馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。
もしナオトがリョウのことを好きだとして、それがいったい何だというのだろう。
相手はあんなにかっこよくて、もてそうな人なのだ。
女性相手の風俗に勤めているとはいえ、あの時リョウも勃たせていたから、もしかしたらゲイかバイなのかもしれないけど、たとえそうだとしてもナオトみたいな普通以下の男を相手にしてくれるはずがない。
そう考えたら、何だか変に気が楽になってしまった。
どうせ相手はナオトのことを客だとしか思っていないのだ。
それだったら、お金を返すという用事もあるのだから、あと一回だけ指名させてもらって、もう一度あの夢のような時間を過ごさせてもらえばいい。
たぶんもう一度会えば、自分がリョウに抱いているのが恋愛感情かどうか、はっきりするだろう。
たとえもしそれで恋愛感情だと分かってしまったとしても、それならそれで、リョウと過ごす時間を片想いの最後の思い出にさせてもらえばいい。
開き直ってそう決めたものの、やはりいざとなると踏ん切りがつかなくて、週末の今日まで電話するのを先送りしてしまった。
けれどもホテル代も早く返さなければいけないし、いいかげん今日こそは電話しなければいけない。
意を決して、ナオトは通話ボタンを押した。
数コールで電話はつながり、スマホから「もしもし?」という様子をうかがうような声が聞こえてくる。
「もしもし、リョウさんでしょうか? あの、僕……」
名乗りかけてナオトは、前会った時、果たして自分は名乗っただろうかと不安になる。
「すいません、あの、先週vanilla Bathの方でお世話になったものですが……」
仕方なくそう説明するとリョウはすぐに分かったようで「ああ!」と声を上げた。
「電話くれるの待ってたんだ。
ありがとう」
「こちらこそ、先週はありがとうございました。
あの、それで、もし今週末空きがあるようなら、指名をお願いしたいんですが……いいですか?」
「もちろん、よろこんで!
そうだな……もしお客さんの都合さえよければ、今からお願いできるとありがたいんだけど」
「え? 今からですか?」
まさか今日の今日で指名出来るとは思わなかったから、心の準備は出来ていない。
けれども考えようによっては、このまま勢いで行ってしまった方がいいのかもしれない。
「……分かりました。
20分くらいで行けると思うんで、それでよければお願いします」
「よかった。
じゃあ悪いんだけど、店の最寄り駅の5番出口出てすぐのところにあるカフェで待っててもらえる?
準備があるから、こっちのがちょっと遅くなっちゃうかもしれないから」
「はい、分かりました。
じゃあ今から向かいますね」
「うん、じゃ後でね」
そう言うとリョウはすぐ電話を切った。
ナオトもスマホをカバンにしまうと、気合いを入れるようにこっそりと拳を握りしめてから、駅へと向かった。
金曜日の今日、無事仕事を終えて会社を出たので、後はもう自由な週末の夜だ。
先日リョウにもらったメモの電話番号はすでに登録してあるので、あとは通話ボタンを押すだけなのだが、たったそれだけのことに、かなりの勇気が必要だった。
ナオトがvanilla Bathに行ったあの日からもう、十日ほどが経ってしまっていた。
あの時、リョウはサービスの代金を受け取らなかっただけでなく、ナオトが払うはずだったホテル代まで支払ってくれていた。
だから出来るだけ早く彼を指名して、ホテル代も一緒に返さなければいけないとは思っているのだが、なかなかその決心がつかないでいる。
あの日、ホテルで二人で過ごした時間は、本当に夢みたいに幸せな時間だった。
けれども時間が経って冷静になってくるにつれ、ナオトはひどく混乱してきた。
同性であるリョウに抱きしめられ、いやらしく触られてイッて、キスされたあの時間が幸せだったなんて、冷静に考えたらやっぱりおかしい。
普通だったらそう感じるのは、相手がかわいい女の子の時だけのはずだし、そもそも同性のリョウにあんなことをされた時に、拒否することだって出来たはずなのだ。
もしかしたら、僕は、ゲイだったんだろうか。
女の子と付き合ったことはないけれど、これまで片想いしたことがあるのは女の子だけだし、自分でする時のオカズも女の子で、男相手なんて考えたこともなかった。
けれどももしかしたらVanilla Bathのサイトを見て、男性がサービスを行う店だと分かっていながら行ってみようと思ったこと自体、ゲイである証拠だったのかもしれない。
数日間一人でぐるぐると悩んだ末に、ナオトは試しにネットでゲイ向けの男同士のエッチな小説を探して読んでみることにした。
その小説の主人公になったつもりで、男にあれこれされることを想像しながら読んでみたのだが、いつも読んでいる男女ものの小説を読んだときのようなエッチな気分にはならなかった。
なんだ、やっぱりゲイじゃなかったんだと、いったんは安心したのだが、ふとリョウのことが頭に浮かんだ途端、状況が変わった。
小説の中の相手のセリフが自然とリョウの声で聞こえてくる。
主人公があれこれされている描写のいちいちに、リョウの手や唇の感触がよみがえってくる。
そうこうしているうちに、見知らぬ男を相手に想像していた時にはなんともなかったものがいつの間にか勃っていて、ナオトは愕然とした。
これじゃあ、ゲイっていうよりはまるで、リョウにだけ反応するみたいな……。
いや、みたいな、じゃなくて間違いなくそうだ。
そう自覚してナオトはますます混乱した。
もしかして僕、リョウのこと、好きなんだろうか……。
あれこれ考えてみたが、恋愛経験がほとんどないナオトにはどうにも判断がつかなかった。
そもそも好きかどうか判断するには、リョウのことを知らなさすぎる。
そこまで考えて、ナオトはふいに、こうやって悩むこと自体が馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。
もしナオトがリョウのことを好きだとして、それがいったい何だというのだろう。
相手はあんなにかっこよくて、もてそうな人なのだ。
女性相手の風俗に勤めているとはいえ、あの時リョウも勃たせていたから、もしかしたらゲイかバイなのかもしれないけど、たとえそうだとしてもナオトみたいな普通以下の男を相手にしてくれるはずがない。
そう考えたら、何だか変に気が楽になってしまった。
どうせ相手はナオトのことを客だとしか思っていないのだ。
それだったら、お金を返すという用事もあるのだから、あと一回だけ指名させてもらって、もう一度あの夢のような時間を過ごさせてもらえばいい。
たぶんもう一度会えば、自分がリョウに抱いているのが恋愛感情かどうか、はっきりするだろう。
たとえもしそれで恋愛感情だと分かってしまったとしても、それならそれで、リョウと過ごす時間を片想いの最後の思い出にさせてもらえばいい。
開き直ってそう決めたものの、やはりいざとなると踏ん切りがつかなくて、週末の今日まで電話するのを先送りしてしまった。
けれどもホテル代も早く返さなければいけないし、いいかげん今日こそは電話しなければいけない。
意を決して、ナオトは通話ボタンを押した。
数コールで電話はつながり、スマホから「もしもし?」という様子をうかがうような声が聞こえてくる。
「もしもし、リョウさんでしょうか? あの、僕……」
名乗りかけてナオトは、前会った時、果たして自分は名乗っただろうかと不安になる。
「すいません、あの、先週vanilla Bathの方でお世話になったものですが……」
仕方なくそう説明するとリョウはすぐに分かったようで「ああ!」と声を上げた。
「電話くれるの待ってたんだ。
ありがとう」
「こちらこそ、先週はありがとうございました。
あの、それで、もし今週末空きがあるようなら、指名をお願いしたいんですが……いいですか?」
「もちろん、よろこんで!
そうだな……もしお客さんの都合さえよければ、今からお願いできるとありがたいんだけど」
「え? 今からですか?」
まさか今日の今日で指名出来るとは思わなかったから、心の準備は出来ていない。
けれども考えようによっては、このまま勢いで行ってしまった方がいいのかもしれない。
「……分かりました。
20分くらいで行けると思うんで、それでよければお願いします」
「よかった。
じゃあ悪いんだけど、店の最寄り駅の5番出口出てすぐのところにあるカフェで待っててもらえる?
準備があるから、こっちのがちょっと遅くなっちゃうかもしれないから」
「はい、分かりました。
じゃあ今から向かいますね」
「うん、じゃ後でね」
そう言うとリョウはすぐ電話を切った。
ナオトもスマホをカバンにしまうと、気合いを入れるようにこっそりと拳を握りしめてから、駅へと向かった。
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