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第3章 俺とタロの未来
2 タロの秘密
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大家の佐々木さんは、庭の稲荷神社のご祭神が化け狐で、自分はその息子なのだという話をした後、今度はタロのことを話し始めた。
「松下さんが最初にこの家を見に来られた時、犬を飼いたいとおっしゃったでしょう?
けれども犬は、人間と共に狩りをしていた時の記憶があるせいか狐とは相性がよくなくて、狐と見れば吠えかかってくるようなのが多いので、母のお社があるこの家でそういう犬を飼われると困ると思ったのですよ。
けれども、松下さんはこれから犬を飼われると言う話だったので、それならと狐の神通力をたっぷりと込めたお守りをお渡ししたわけです」
「あ、それで俺、捨て犬譲渡会に行った時にあんなに犬に吠えられたんですか」
実は、捨て犬譲渡会の時はタロ以外の犬にはあれほど吠えられ嫌われたのに、タロと散歩している時に犬と出会っても、たまに吠えてくる犬がいるものの、ほとんどの犬には嫌われることがなかったので、あの時のはなんだったんだろうと思っていたのだ。
そうなるとあれは別に俺が犬に嫌われる顔だからというわけではなく、佐々木さんにもらった縁結びのお守りのせいだったわけだ。
「ええ、すみませんでしたね。
けれどもあのお守りを持っていても松下さんに吠えかかってこないようなおっとりした犬ならば、母や私にも吠えかかったりしないから大丈夫かと思ったのです。
しかしそれがまさか、タロくんが松下さんが行かれた譲渡会の場にいるなんてね」
「え? それって、タロが何か特別だったってことですか?」
俺がそう聞くと、佐々木さんはうなずいた。
「実はタロくんが捨てられていたのは、商店街の隣の町内にある、母をお祀りしているもう一つの稲荷神社でね。
そこに捨てられて弱っていたタロくんをかわいそうに思った母が、しばらくお乳をやっていたようで」
「神様のお乳って……すごいですね」
「ええ、まあ、そういうわけでタロくんにとっては狐の神通力は嫌うどころか、なじみのあるものだったわけです。
そうだよね、タロくん」
佐々木さんに話を振られて、タロはうなずく。
「はい、ご主人様が保健所のあの部屋に入ってきた時、狐のお母さん――神様とよく似た匂いがして、それで僕、部屋を出て行くご主人様について行ったんです」
「運命というか、まさに御神徳というやつですよね。
まあ、母は偶然だと申しておりましたけれども」
「はぁー、本当ですね」
タロと出会った時は「この子だ!」という運命的なものを感じたのは確かだけれど、まさかその裏にこんな事情があったとは思いもしなかった。
「まあ、そういうわけで、タロくんはこの家に来る前から母と――ここの神様とは面識があったわけです。
そして、この家で暮らすうちに、松下さんの食生活が心配になったタロくんは、人間に変身して松下さんのご飯を作ってあげたいと母にお願いをして、それでタロくんは神使見習いということで、母から人間に変身する力を与えられたのです」
「えっ、ということはタロは俺のために人間になってくれたのか」
タロが人間に変身できるようになって単純に喜んでいたが、まさかタロが俺のために人間になりたいと願ってくれたのだとは思っていなかった。
タロがそこまで俺のことを心配してくれていたことに、俺は改めて感動する。
「タロ、ありがとな」
感謝の気持ちを込めて、隣に座るタロの頭をなでると、タロは嬉しそうに微笑んで2本の尻尾を振った。
そんな俺たちを、佐々木さんは微笑ましそうに見守ってくれている。
「そんなわけでタロくんはついこの間まで神使見習いだったわけですが、ここ最近、どんどん神通力が強くなって、とうとう今日、尻尾が2本になって、見習いではなく立派な神使となったわけです。
おめでとうございます、タロくん」
「本当ですか!
わあ、ありがとうございます!」
「すごいな、タロ。
神様のお使いなんて」
「えへへ、ありがとうございます」
「そういうことで、タロくんはもう神通力が自在に使えるようになりましたから、変身ももっと自由に出来ますよ。
人間の姿のまま、この家――ご神域の外に出ることも出来ますし、犬の耳と尻尾も引っ込めて完全な人間の姿にもなれます。
タロくん、試しに一回やってみてください。
いつも人間に変身する時の要領で、犬の耳と尻尾のない姿を思い浮かべて……」
「ええっと、こうですか?」
タロが戸惑いつつも、「うーん」とうなりながら何かを考えるような顔つきになると、ぱっとタロの犬耳と2本の尻尾が消えた。
顔の横には、今まではなかった人間の耳もちゃんとついている。
「やった、できました!」
「おお、すごい!」
「うん、よく出来ましたね。
これでもう、いつでも好きな時に人間に変身できますし、練習すれば他の動物に変身したり、服も好きなように着替えられるようになりますからね。
それはまた、おいおい教えてあげますから」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたタロに、佐々木さんはうんうんとうなずく。
「あ、それとタロくんはもう普通の犬ではありませんから、不老不死になりましたからね。
もう怪我や病気もしませんし、この家に居る限りは神力を得られますから、何ならご飯も食べなくても平気ですよ」
「え! 不老不死ですか?
すごいな、タロ!」
犬は寿命が短いから、早く死に別れることになるのが寂しいと思っていたが、その心配事は思わぬ形で解決してしまった。
「あ……けど、それじゃあ俺が先に死んでしまうから、タロを残して行ってしまうことに……」
「え! ご主人様、死んじゃうんですか?」
「え、あ、いや、まあまだ何十年も先のことだけどな」
「そんなの嫌です!
何十年先でも、ご主人様と離れたくありません!」
うっかり俺が余計なことを言ってしまったせいで必死になっているタロを、佐々木さんが「まあまあ」となだめてくれる。
「まあ、松下さんと死に別れるのが嫌なら、松下さんにも神使になってもらえればいいのですよ。
何なら神様でもいいし」
「ええ?
いやそんな簡単に神使とか神様になれるはずが……」
「おや、ご存じありませんか?
亡くなった後に神道式のお葬式で弔われた方は、神様になるんですよ。
まあ、普通はその家の守り神になるだけで、それほど神通力も得られませんから、私としては母の神使になられる方をおすすめしますけれどもね」
「はー、そうなんですか……」
神道式のお葬式のことは知らないが、仏式のお葬式で弔われた人も仏様というのだから、似たようなものかもしれない。
「まあ、そのあたりはタロくんともゆっくり話し合って決めてください。
それこそまだ何十年も時間はありますから」
「はい、わかりました」
「ええと、とりあえず説明することはこれぐらいでしょうかね。
もしまた何か聞きたいことがあれば電話してもらってもいいですし、タロくんを通じて母に直接聞いてもらっても構いませんから」
「わかりました。ありがとうございます」
「それではこれで失礼しますよ。
タロくん、これからもがんばって母上にお仕えして下さいね」
「はい!」
そうして佐々木さんは立ち上がると、庭に脱いてあった草履をはいて、そのまま庭の稲荷神社に向かって歩いて行った。
そして赤い鳥居をくぐると、佐々木さんの姿はきれいにかき消えてしまった。
「松下さんが最初にこの家を見に来られた時、犬を飼いたいとおっしゃったでしょう?
けれども犬は、人間と共に狩りをしていた時の記憶があるせいか狐とは相性がよくなくて、狐と見れば吠えかかってくるようなのが多いので、母のお社があるこの家でそういう犬を飼われると困ると思ったのですよ。
けれども、松下さんはこれから犬を飼われると言う話だったので、それならと狐の神通力をたっぷりと込めたお守りをお渡ししたわけです」
「あ、それで俺、捨て犬譲渡会に行った時にあんなに犬に吠えられたんですか」
実は、捨て犬譲渡会の時はタロ以外の犬にはあれほど吠えられ嫌われたのに、タロと散歩している時に犬と出会っても、たまに吠えてくる犬がいるものの、ほとんどの犬には嫌われることがなかったので、あの時のはなんだったんだろうと思っていたのだ。
そうなるとあれは別に俺が犬に嫌われる顔だからというわけではなく、佐々木さんにもらった縁結びのお守りのせいだったわけだ。
「ええ、すみませんでしたね。
けれどもあのお守りを持っていても松下さんに吠えかかってこないようなおっとりした犬ならば、母や私にも吠えかかったりしないから大丈夫かと思ったのです。
しかしそれがまさか、タロくんが松下さんが行かれた譲渡会の場にいるなんてね」
「え? それって、タロが何か特別だったってことですか?」
俺がそう聞くと、佐々木さんはうなずいた。
「実はタロくんが捨てられていたのは、商店街の隣の町内にある、母をお祀りしているもう一つの稲荷神社でね。
そこに捨てられて弱っていたタロくんをかわいそうに思った母が、しばらくお乳をやっていたようで」
「神様のお乳って……すごいですね」
「ええ、まあ、そういうわけでタロくんにとっては狐の神通力は嫌うどころか、なじみのあるものだったわけです。
そうだよね、タロくん」
佐々木さんに話を振られて、タロはうなずく。
「はい、ご主人様が保健所のあの部屋に入ってきた時、狐のお母さん――神様とよく似た匂いがして、それで僕、部屋を出て行くご主人様について行ったんです」
「運命というか、まさに御神徳というやつですよね。
まあ、母は偶然だと申しておりましたけれども」
「はぁー、本当ですね」
タロと出会った時は「この子だ!」という運命的なものを感じたのは確かだけれど、まさかその裏にこんな事情があったとは思いもしなかった。
「まあ、そういうわけで、タロくんはこの家に来る前から母と――ここの神様とは面識があったわけです。
そして、この家で暮らすうちに、松下さんの食生活が心配になったタロくんは、人間に変身して松下さんのご飯を作ってあげたいと母にお願いをして、それでタロくんは神使見習いということで、母から人間に変身する力を与えられたのです」
「えっ、ということはタロは俺のために人間になってくれたのか」
タロが人間に変身できるようになって単純に喜んでいたが、まさかタロが俺のために人間になりたいと願ってくれたのだとは思っていなかった。
タロがそこまで俺のことを心配してくれていたことに、俺は改めて感動する。
「タロ、ありがとな」
感謝の気持ちを込めて、隣に座るタロの頭をなでると、タロは嬉しそうに微笑んで2本の尻尾を振った。
そんな俺たちを、佐々木さんは微笑ましそうに見守ってくれている。
「そんなわけでタロくんはついこの間まで神使見習いだったわけですが、ここ最近、どんどん神通力が強くなって、とうとう今日、尻尾が2本になって、見習いではなく立派な神使となったわけです。
おめでとうございます、タロくん」
「本当ですか!
わあ、ありがとうございます!」
「すごいな、タロ。
神様のお使いなんて」
「えへへ、ありがとうございます」
「そういうことで、タロくんはもう神通力が自在に使えるようになりましたから、変身ももっと自由に出来ますよ。
人間の姿のまま、この家――ご神域の外に出ることも出来ますし、犬の耳と尻尾も引っ込めて完全な人間の姿にもなれます。
タロくん、試しに一回やってみてください。
いつも人間に変身する時の要領で、犬の耳と尻尾のない姿を思い浮かべて……」
「ええっと、こうですか?」
タロが戸惑いつつも、「うーん」とうなりながら何かを考えるような顔つきになると、ぱっとタロの犬耳と2本の尻尾が消えた。
顔の横には、今まではなかった人間の耳もちゃんとついている。
「やった、できました!」
「おお、すごい!」
「うん、よく出来ましたね。
これでもう、いつでも好きな時に人間に変身できますし、練習すれば他の動物に変身したり、服も好きなように着替えられるようになりますからね。
それはまた、おいおい教えてあげますから」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたタロに、佐々木さんはうんうんとうなずく。
「あ、それとタロくんはもう普通の犬ではありませんから、不老不死になりましたからね。
もう怪我や病気もしませんし、この家に居る限りは神力を得られますから、何ならご飯も食べなくても平気ですよ」
「え! 不老不死ですか?
すごいな、タロ!」
犬は寿命が短いから、早く死に別れることになるのが寂しいと思っていたが、その心配事は思わぬ形で解決してしまった。
「あ……けど、それじゃあ俺が先に死んでしまうから、タロを残して行ってしまうことに……」
「え! ご主人様、死んじゃうんですか?」
「え、あ、いや、まあまだ何十年も先のことだけどな」
「そんなの嫌です!
何十年先でも、ご主人様と離れたくありません!」
うっかり俺が余計なことを言ってしまったせいで必死になっているタロを、佐々木さんが「まあまあ」となだめてくれる。
「まあ、松下さんと死に別れるのが嫌なら、松下さんにも神使になってもらえればいいのですよ。
何なら神様でもいいし」
「ええ?
いやそんな簡単に神使とか神様になれるはずが……」
「おや、ご存じありませんか?
亡くなった後に神道式のお葬式で弔われた方は、神様になるんですよ。
まあ、普通はその家の守り神になるだけで、それほど神通力も得られませんから、私としては母の神使になられる方をおすすめしますけれどもね」
「はー、そうなんですか……」
神道式のお葬式のことは知らないが、仏式のお葬式で弔われた人も仏様というのだから、似たようなものかもしれない。
「まあ、そのあたりはタロくんともゆっくり話し合って決めてください。
それこそまだ何十年も時間はありますから」
「はい、わかりました」
「ええと、とりあえず説明することはこれぐらいでしょうかね。
もしまた何か聞きたいことがあれば電話してもらってもいいですし、タロくんを通じて母に直接聞いてもらっても構いませんから」
「わかりました。ありがとうございます」
「それではこれで失礼しますよ。
タロくん、これからもがんばって母上にお仕えして下さいね」
「はい!」
そうして佐々木さんは立ち上がると、庭に脱いてあった草履をはいて、そのまま庭の稲荷神社に向かって歩いて行った。
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