俺とタロと小さな家

鳴神楓

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第1章 子犬編

16 クラフトマーケット

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クラフトマーケットの会場は、大家さんが宮司をしている商店街の端の稲荷神社だった。
犬を連れて行っても大丈夫なのか、大家さんと主催者の両方に聞いてみたが、どちらの回答も問題ないとのことだったので、出店申し込みをする。

イベントで売る絵は、普段元橋さんの画廊に出しているようなものだと値段が高すぎて売れないだろうから、色紙やハガキサイズの紙に、水彩絵の具や筆ペンといった手軽な画材を使って描いたものを用意することにした。
当日は百均で買った額や写真立てに入れてディスプレイして、額ごとでも絵だけでも買えるようにすればいいだろう。

さすがに絵だけというのも何かなと思ったので、業者に注文して、デフォルメしたタロのイラストをプリントした布製のエコバッグも作ってもらった。
これなら買ってすぐ使うことが出来るから何枚かは売れるだろうし、売れ残ったら自分で使ったり人にあげたりしてもいい。


出品するための小さい絵を描くのは、普段描いている絵とは違って面積が限られているので、描いていて新鮮だったし、構図を工夫しなければならないので勉強にもなった。
タロにもモデルとして協力してもらって本業の合間に少しずつ描き、祭りの日までには十分な数の絵を用意することが出来た。

祭りの前日に元橋さんの画廊に行って、預けてあった絵の中で比較的手頃な値段のものを1点、いったん引き上げさせてもらう。
手頃な値段だと言っても、さすがにフリーマーケットでほいほい売れるような値段ではないので、これは売り物というよりは看板代わりのつもりだ。
これを目立つように飾っておけば売り物がタロの絵だと一目でわかるだろうし、もしこれを見て俺の絵に興味を持ってくれる人がいるようなら、宣伝用のSNSアカウントと元橋さんの画廊の名前や地図が書いてある名刺を渡すようにすれば、ちょっとは宣伝になるだろう。
画廊からは、画廊でいつも売っている、俺の作品を印刷したポストカードも少し借りてきた。


――――――――――――――――

夏祭り当日は薄曇りだった。
夏祭りなのに、まだ梅雨時の7月最初の週末に行われるのは、小さな商店街なので、他の大きな夏祭りと日程が重ならない隙間を狙った結果らしい。
時期的に雨が心配だったが、この分なら問題なさそうだ。

「タロ、今日はよろしく頼むな」
「ワン!」

元気な返事をしてくれたタロと一緒に、売り物を入れたスーツケースと大きなかばんを持って家を出た。
会場の稲荷神社につくと、タロと一緒にお参りをし、大家さんに挨拶してから出店受付をする。

俺たちが割り当てられた場所は、あらかじめタロを連れて行くと言ってあったおかげで、会場の一番奥の端だった。
すでに来ていた隣のブースの女性に挨拶をして、タロと一緒であることを謝ると、幸いその人も犬好きで、タロの頭をなでてかわいいと言ってくれたのでほっとした。

ブースに用意してあった机に布を敷いて作品を並べると、準備完了だ。
絵は売れ筋ではないだろうし、一番端なのでお客さんは少ないだろうと思っていたが、それでもタロと一緒に店番をしていると、ちょこちょことお客さんが来てくれる。

俺のブースに立ち寄ってくれる人は、タロがいるのが見えたから来てみたという人が多いようだ。
そういう人は当然犬好きなので、タロを見に来たついでに、タロを描いた俺の絵も見てくれたので、絵もエコバッグも思っていたよりもよく売れた。

驚いたことに、看板代わりで売れることは期待してなかった大きな絵まで売れてしまった。
買ってくれたのは近くで歯科医院をやっているという男性で、待合室に飾ってくれるそうだ。
その予定はないが、もし虫歯になったら絶対その歯医者に行こうと心に誓う。

「タロ、ありがとな。
 お前が看板犬をやってくれたおかげで、よく売れたよ」

タロに礼を言いながら頭をなでてやると、タロはうれしそうな顔をしつつも小さく首を横に振った。

「ん? 違うって?
 もしかして、俺の絵がいいから売れたんだって言いたいのか?
 いやいや、もしそうだとしても、やっぱりモデルになってくれたお前のおかげだよ」

タロとそんなやり取りをしていると、隣のブースの女性がぷっと吹き出した。

「すみません、笑ったりして」
「いえ、俺の方こそすみません」

お互いに頭を下げながらも、俺は内心冷や汗をかく。
つい家にいる時と同じ調子でタロと会話してしまったが、タロが人間の言葉がわかることを知らない他の人から見たら、俺は完全に犬と会話する怪しい人だ。
外でタロと会話する時は、もっと周りに気をつけた方がいいだろう。

用意してきた絵が大体売れてしまったので、まだ少し早いが撤収することにした。

「せっかくだから祭りの屋台も見て行こうと思ってたけど、どうする?
 お前、今日はお客さんに愛想振りまいたり一緒に写真撮ったりして疲れてるだろうから、このまま帰るか?」

荷物を片付けながら周りの人に聞こえないような小さな声でタロに聞くと、タロは小さく首を横に振った。

「よし、じゃあ大家さんに荷物預かってもらって屋台見に行くか」

隣のブースの女性にお先にと挨拶をして、荷物を持って神社の社務所に向かう。
窓口でお守りを売っていた大家さんにお願いして、スーツケースを預かってもらい、からになったカバンと売れ残ったエコバッグを1つ持って、俺はタロと一緒に屋台が出ている商店街のアーケードに向かった。

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