俺とタロと小さな家

鳴神楓

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第1章 子犬編

   side:タロ(9)

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◆タロ(受け)視点です。

――――――――――――――――――――

目が覚めると、体に『力』があふれているのがわかった。

やった! これで『力』が使える!

僕はいそいそとご主人様の布団から出ると、あの方に教えてもらったやり方を思い出して『力』を使う。

あ、『力』については何も聞かないでくださいね。
『力』の詳しいことは、ご主人様にも内緒にすると、僕にこの『力』をくれた方と約束したのです。

『力』を使うと、僕の体は一瞬で大きくなった。
目線が高くなって、いつもはご主人様が寝てくれてやっと同じ高さになるのに、今は寝ているご主人様を上から見下ろしている。

自分の体を確認すると、ちゃんと人間に変身できているみたいだ。
鏡がないから顔はわからないけど、触ってみると毛がなくてすべすべしているし、鼻と口も出ていなくて平べったくなっているから、たぶん人間の顔になっていると思う。

手も目の前で握ったり開いたりしてみると、毛のない5本の指がちゃんと1本ずつ動かせる。
手のひらに肉球がないのは変な感じがするけど、ご主人様のと同じ形の手になったのはうれしい。(大きさはご主人様の半分くらいしかないけど)

「ご主人様……」

人間の声が出せるか確認しようと、そっと呼びかけてみると、ワンという犬の鳴き声じゃなくて、ちゃんと人間の言葉が出た。

よし! これで、ご主人様とお話できる。
早くご主人様とお話したいな。

僕はワクワクしながら、口を開けて寝ているご主人様が起きるのを待った。


――――――――――――――――――――

目が覚めたご主人様は、人間の姿になった僕がタロだとわかってくれなかった。
おまけに家を追い出されそうにまでなって、僕はちょっと泣きそうになってしまった。

でも、最後にはご主人様は僕がタロだとわかってくれた!
そして、人間の姿の僕と話ができてうれしいとまで言ってくれたのだ!

それだけでもう、僕はうれしくてうれしくて、この『力』をくれた方に心から感謝したのだった。

――――――――――――――――――――

そのあと、大家さんがお祭りに来たので、僕はご主人様に言われた通りに2階で待つことにした。
いつもとは違う高い視線が珍しくて部屋の中をきょろきょろと見回していると、いつもご主人様と一緒に寝ている布団が目に入った。

そういえばご主人様、『本当は毎日たたまないといけないんだけどなー』って言ってたっけ。

ご主人様はそう言いながらも5日に1回くらいしか布団をたたまないけれど、今日は僕が代わりにたためるんだと気付く。

よし! たたもう!

僕は布団に近付くと、枕と掛け布団を脇にどけてから、敷き布団をたたみ始めた。

二つ……じゃないかな。三つ折りだったかな。

ご主人様のたたみ方を思い出して何とか敷き布団をたたむと、ずりずりと布団を押して壁際に運ぶ。
そして掛け布団もたたんだ敷き布団の上に引きずっていって、同じように三つ折りにたたむ。

あとは枕っと。

最後に枕を取りにいったところで、急に体から『力』が抜けた。

「キャン!」

思わず「あっ!」と叫んだはずの声は、完全に犬の鳴き声に戻ってしまっていた。

子犬に戻った体では二本足で立っていることができなくて、僕は枕の上にぽすんと前足をつく。

えーっ、もう時間切れなの?
まだちょっとしかご主人様とお話してないのに……。

そういえばあの方は、『力』は最初のうちは弱いけど、僕ががんばればもっと強くなるとおっしゃっていた。

うう、早く強くなりたい……。
もっと強くなって、もっとたくさんご主人様とお話したり、ご主人様のお手伝いがしたい……。

でもいくら望んでも、今日はもう、こうして犬に戻ってしまったので、もう一回人間に変身することはできない。

僕はしょんぼりしながら廊下に出た。
とにかく今は、早くご主人様のところに行って、ご主人様の顔を見て匂いをかいで安心したい。
ご主人様は僕に2階にいるように言ったけど、こうして犬の姿に戻ってしまった以上、大家さんをびっくりさせることもないだろうから、たぶん1階に降りても大丈夫だろう。

僕はとぼとぼと廊下を歩いていき、そして階段の前まで来て、ようやくそのことを思い出した。

僕、階段降りられない……。

この家の階段は急で幅も狭いから、僕はまだご主人様に抱いてもらわないと階段を昇り降りできないのだ。
階段自体は、散歩の時にご主人様が公園の低い階段で時々練習させてくれるおかげで、昇り降りできる階段も多くなってきたけれど、それでもうちの階段だけは絶対無理だ。
この前もこの階段を下から5段くらい上がったところで、それ以上昇ることも降りることもできなくなってしまって、ご主人様に助けてもらったばかりなのだ。

ううう……。

早くご主人様のところに行きたいけど、だからといって急に階段が降りられるようになるはずもない。

仕方なく僕は、階段の上でしょんぼりしながら、お祭りが終わるのをじっと待っていたのだった。

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