俺とタロと小さな家

鳴神楓

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第1章 子犬編

3 小さな家1

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引っ越すことを決めて、ネットで条件に合う借家を探してみたが、都内で一戸建てを借りようと思うと、やはりどんなに小さい家でも家賃がかなり高くなってしまう。
中には築数十年だが予算より少し高い程度の物件もあったのだが、画家のような収入の不安定な職業の人間には貸せないと断られてしまった。
ネットに載せていないような物件がないかと、実際に下町エリアの不動産屋を何軒か回ってみたが、なかなか条件に合う物件は見つからない。

「やっぱりアパートかマンションにするしかないのかな……」

古いアパートやマンションなら、予算内で小型犬ならOKという部屋もあるのだ。
今日、不動産屋を回ってみて見つからなければ、いいかげん一戸建てはあきらめた方がいいかもしれないと考えつつ、俺はチェックした下町の商店街にある不動産屋に向かった。

――――――――――――――――――――

「うーん……その家賃で一戸建ては厳しいですね……」
「やっぱりそうですか……」

俺の条件を聞いた不動産屋のおじさんがもう散々聞きあきたセリフを口にするのを聞いて、俺は肩を落としたが、次の瞬間、不動産屋さんが何かを思い出したように声を上げた。

「……あ、そうだ! ある、ありますよ!
 この間ちょうどいいところがあいたばかりでした!
 お客さんみたいな人だったら、たぶんあそこでも大丈夫でしょう。
 ここから歩いて10分くらいですから、ご案内しますよ」
「じゃあ、お願いします」

不動産屋の「あそこでも大丈夫」という言い方にちょっと引っかかりはしたものの、条件に合う物件は貴重なので、とにかく見に連れて行ってもらうことにした。

――――――――――

現地に向かう途中、不動産屋さんから物件の詳しい情報を聞いた。

「えっ、そんなに安いんですか?」

庭付きの二階建てで、一階がLDK、二階が和室3部屋という間取りで、俺が今住んでいる2DKのアパートと家賃がほとんど変わらないと聞いて、俺は驚き、それからちょっと怪しいなと思った。

「それってまさか、幽霊が出るとか、そういう家なんじゃ……」

ここまで安いと、さすがに何か事情があるのではないかと疑いたくもなる。
俺が不安を隠しもしない声で聞くと、不動産屋さんは慌ててそれを否定した。

「いえ、幽霊とか事故物件とか、そういうのではないんです。
 ただ、安いだけの理由が色々とありましてね。
 まず建物が古い上に、周りを高い建物に囲まれていて日当たりが悪いんですよ。
 それ以外にも、ちょっとやっかいな条件がありまして……」
「やっかいな条件?」

俺が聞き返すと、不動産屋さんは困った顔になった。

「まあ、それについては後ほど。
 あ、この路地の奥です」

不動産屋さんが指さした雑居ビルの間の路地を入っていくと、左手に古い倉庫があり、その奥の突き当たりにはマンションらしき高いビルの壁がある。
そしてその突き当たりを左手に折れる細い路地の入り口に、個人宅であることを示す、門柱らしき背の高い木の柱が立っていた。
柱の間には、なぜか神社で見かけるようなギザギザに折った白い紙の飾りがついた縄が張られている。

「ここです。いわゆる旗竿地ってやつなので、家はこの奥ですけど」
「うわー、この入り口狭いですね。
 これ、荷物入るんですか?」
「まあ、狭いですけど、入ったらすぐ玄関なので、この入り口の角さえ曲がれたら大丈夫です。
 洗濯機とか冷蔵庫とかベッドとか、たいていの家具は入りますよ。
 長さがあると厳しいんで、あまり大きいタンスとかピアノとかは無理かもしれませんが」
「なるほど」

しかしこれでは、大きいキャンバスを持って入るのは厳しいかもしれない。
まあ、俺の場合は小品が多くて大きいキャンバスはほとんど使わないので、さほど困らないだろう。

細い路地の奥に入っていくと、古い二階建ての家が建っていた。

「古いですけど、耐震補強と水回りのリフォームは済んでます。
 どうぞ、中も見て下さい」

不動産屋さんが引き戸の玄関のカギを開けてくれたので中に入った。
ビルに囲まれているせいか、昼間なのに家の中は薄暗い。
一階はひと続きになったフローリングで、入って右にはトイレと風呂と思われる扉、左には小さいが新しそうなキッチンがあり、そして奥のガラス戸の外には濃い緑の木が生えている庭が見えた。

「おー、ちゃんとした庭だ」

さすがに犬が自由に駆け回れるほどの広さではないが、軽いボール遊びくらいなら出来そうな庭だ。
板塀のすぐ向こうは高いビルで日当たりは悪いが、日陰でも育ちやすそうな常緑樹が青々と茂っている。
庭の真ん中は畑だったらしく、木は生えていなくて草が少し生えている。

そして、右手の奥の角には、木の台に乗った30センチくらいの小さなお社があった。
その前には人がどうにか立ってくぐれるくらいの細い赤い鳥居が立っている。
家の庭にお社なんて珍しいとは思ったが、周りの深い緑色の木々となじんでいて違和感はない。

「いい庭だなあ……」

思わず声に出すと、不動産屋さんが「いいでしょう」と答えた。

「よかったらトイレや二階も見て下さい。
 私はちょっと失礼して、ここの大家さんに電話をかけさせてもらいますね。
 実はさっき言った条件の一つに、大家さんが実際に会って貸すかどうか決めるというのがありまして」
「ああ、なるほど。わかりました」

不動産屋さんの言葉に、俺はこれはもしかしたら借りられないかもしれないなと思う。
大家面接があるとなると、俺みたいに見るからに自由業といった風体の男は明らかに不利だ。

それでもせっかくだから一応見せてもらおうと、取りあえず一階を見ていると、電話を終えた不動産屋さんが「大家さん、すぐ来るそうです」と言った。

「わかりました。
 じゃあ、来られるまで、二階の方を見せてもらいますね」
「どうぞどうぞ」

二階へ上がる階段は、踏み板は新しく手すりもついているとはいえ、昔ながらの急階段だった。
階段がこれだと、荷物を持って上がるのは大変そうだから、アトリエは一階にした方がよさそうだ……借りられたらの話だが。

二階は廊下があって六畳、六畳、四畳半三間の和室があった。
こちらはリフォームはしていないようだが、畳だけはそこそこ新しそうだ。
まあおそらく、二階は寝室と物置くらいにしか使わないだろう。

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