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番外編
ワンコくん 2
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◇side:学
昼前に予約していた歯医者についた。
この歯医者は前にクラフトマーケットで絵を買ってくれた人がやっている歯医者で、待合室にはその時に買ってくれたタロの絵の他に、元橋さんのところで売れた子犬の頃のタロの小品も飾ってあった。
俺の絵を気に入ってくれたのかなと嬉しく思いながら、受付で渡された問診票を書く。
右下の奥歯が少し痛くて、ちょっと茶色くなっている(口を開けてタロに懐中電灯で照らして見てもらった)ことを書いて受付に出すと、しばらくして名前を呼ばれたので診察室に入った。
なんとなく顔を覚えていた歯医者さんに診察してもらうと、虫歯はまだ初期で今回ともう1回通えば治ると言うのでほっとする。
治療の途中で歯医者さんは助手の女性に「あとは1人で大丈夫だから、みんなあがってもらっていいよ」と言っていた。
昼休みなのに悪いなと思ってしまったが、予約の手違いをしたのは向こうなので、よく考えたら別に俺が悪く思う必要はない。
無事に治療が終わり、待合室で待っていると、マスクを外した歯医者さんが出てきて会計と次回の予約の手続きをしてくれた後、俺に話しかけてきた。
「あの、失礼ですが、あの絵の作者さんですよね。
わざわざうちに来てくださってありがとうございます」
「あ、覚えててくれたんですか。
こちらこそありがとうございます。
他の絵も買ってもらって」
俺が礼を言うと、歯医者さんはにっこりと微笑んだ。
「いえ、あのワンちゃんの絵が子どもさんに評判がよかったものですから。
歯医者なんて子どもに嫌がられがちですけど、松下さんの絵のおかげで和んでもらえるので助かってますよ」
「そうですか。だったらうれしいです」
向こうも商売だからお世辞も入っているだろうけど、褒められるとやっぱり嬉しいものだ。
俺がちょっとウキウキしていると、歯医者が再び話しかけてきた。
「もしよろしければ、この後一緒にお昼でもいかがですか?
うち、今日は午後から休診なんですよ。
絵のお話しなんかも聞きたいので、お時間がおありでしたら、ぜひ」
「え? あー……」
歯医者の誘い方とその表情口調は、ずいぶんと前、俺がゲイバーに通っていた頃に何度か見かけたものとよく似ていた。
「別の店でもうちょっと飲み直さない?」と誘われ、その後ホテルに、というパターンだ。
あー……この人もゲイだったのか。
よく、ゲイの人間は同類に会ったらすぐわかるものだ、なんて言うけど、俺は鈍いのか、まったくわからない方だ。
けれども、歯医者さんの方はわかる人なのか、俺がゲイだと確信を持って誘っているような気がする。
「……すみません。
飯は、いつも一緒に食ってる奴がいるもので」
これでまあ、俺にパートナーがいることはわかってもらえるだろうと思いながら、俺がそう言い終えた時だった。
昼前に予約していた歯医者についた。
この歯医者は前にクラフトマーケットで絵を買ってくれた人がやっている歯医者で、待合室にはその時に買ってくれたタロの絵の他に、元橋さんのところで売れた子犬の頃のタロの小品も飾ってあった。
俺の絵を気に入ってくれたのかなと嬉しく思いながら、受付で渡された問診票を書く。
右下の奥歯が少し痛くて、ちょっと茶色くなっている(口を開けてタロに懐中電灯で照らして見てもらった)ことを書いて受付に出すと、しばらくして名前を呼ばれたので診察室に入った。
なんとなく顔を覚えていた歯医者さんに診察してもらうと、虫歯はまだ初期で今回ともう1回通えば治ると言うのでほっとする。
治療の途中で歯医者さんは助手の女性に「あとは1人で大丈夫だから、みんなあがってもらっていいよ」と言っていた。
昼休みなのに悪いなと思ってしまったが、予約の手違いをしたのは向こうなので、よく考えたら別に俺が悪く思う必要はない。
無事に治療が終わり、待合室で待っていると、マスクを外した歯医者さんが出てきて会計と次回の予約の手続きをしてくれた後、俺に話しかけてきた。
「あの、失礼ですが、あの絵の作者さんですよね。
わざわざうちに来てくださってありがとうございます」
「あ、覚えててくれたんですか。
こちらこそありがとうございます。
他の絵も買ってもらって」
俺が礼を言うと、歯医者さんはにっこりと微笑んだ。
「いえ、あのワンちゃんの絵が子どもさんに評判がよかったものですから。
歯医者なんて子どもに嫌がられがちですけど、松下さんの絵のおかげで和んでもらえるので助かってますよ」
「そうですか。だったらうれしいです」
向こうも商売だからお世辞も入っているだろうけど、褒められるとやっぱり嬉しいものだ。
俺がちょっとウキウキしていると、歯医者が再び話しかけてきた。
「もしよろしければ、この後一緒にお昼でもいかがですか?
うち、今日は午後から休診なんですよ。
絵のお話しなんかも聞きたいので、お時間がおありでしたら、ぜひ」
「え? あー……」
歯医者の誘い方とその表情口調は、ずいぶんと前、俺がゲイバーに通っていた頃に何度か見かけたものとよく似ていた。
「別の店でもうちょっと飲み直さない?」と誘われ、その後ホテルに、というパターンだ。
あー……この人もゲイだったのか。
よく、ゲイの人間は同類に会ったらすぐわかるものだ、なんて言うけど、俺は鈍いのか、まったくわからない方だ。
けれども、歯医者さんの方はわかる人なのか、俺がゲイだと確信を持って誘っているような気がする。
「……すみません。
飯は、いつも一緒に食ってる奴がいるもので」
これでまあ、俺にパートナーがいることはわかってもらえるだろうと思いながら、俺がそう言い終えた時だった。
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