声無き世界

鳴神楓

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本編

テディの事情

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 追っ手の魔術師たちを振り切った後で地面に降り、テディの魔法を使って高速で走ったり体を透明にしたりしながら日が暮れるまで移動して距離を稼いだ。

「国境を越えたから、もう大丈夫だ。
 この国は今は休戦中だが敵国だから、追っ手もここまではそう簡単には来られない」

 テディはそう言うと、魔法で見つけた洞窟の中に毛布を敷いてくれたので、2人で並んで座る。

「ずっと歌っていたが、声を聞いても怖くなかったか?」
「あ、うん。
 なんか知らない間に声恐怖症が治ってたみたいで、もう声を聞いても全然怖くないんだ。
 たぶん、テディのおかげだよ。
 テディと一緒にいられて幸せで、もう嫌なことを思いださなくなったから治ったんだと思う」
「そうか、よかったな」

 テディはそう言うと、俺の肩を抱き寄せる。
 こうして安全な場所でテディのぬくもりを感じていると、改めて助かったんだという実感がわいてくる。

「それより、テディもしゃべれるようになったんだね」
「ああ。俺も和生のおかげだ。
 和生が連れて行かれて、魔法が使えたら和生のことを助けられたのにって思ったら、ずっと出なかった声が出るようになっていた」
「そうだったんだ。
 ──テディ、助けてくれてありがとう。
 テディが助けに来てくれて、すごくうれしかった」
「ああ、俺も和生を無事に助けられてうれしい」

 少し涙声のテディにぎゅっと抱きしめられ、俺たちはそのまましばらく抱きしめ合い、喜びを分かち合った。

 ──────────────

 テディは森のあの家から、お金や旅をするための荷物を持ち出して来ていた。

「あの家に帰るとまた連れ戻されるから、このまま遠くに行こう。
 そして異世界人でも閉じ込められずにすむ国か、あの森の家のように2人だけで暮らせるところを探そう」
「うん。
 ごめんね、テディ。
 俺のせいで、森の家も仕事も放り出させてしまって」
「いや、和生のせいじゃない。
 それに、森で木を育てていたのは仕事じゃなくて、俺の自己満足のためだったから。
 だから、もういいんだ」

 そう言うとテディは詳しい事情を説明してくれた。

 魔術師は生まれた時から才能の有無がわかるわけではなく、大人になってからある日突然魔法が使えるようになるそうだ。
 孤児院育ちで、成人してからは農場で働いていたテディは、ある日魔法が使えるようになったことがわかって国軍の魔術師隊に入れられた。
 魔術師隊の役目は、戦争の時の兵力になることと、時々出没する魔物を討伐することだった。

「あの森には訓練を終えて初めての任務で、魔物を討伐しに行ったんだ。
 火が弱点の魔物だったから、先輩と協力して火の魔法で倒したんだが、倒し終えてから辺りをみると、森の広い範囲が黒こげになっていて、何も残っていなかった。
 ──それを見て、俺は怖くなったんだ。
 今回はまだ魔物と森の木で済んだけれど、戦争になったら、敵国の兵士を同じように魔法で黒こげにして殺さなければならないんだって、ようやく実感して。
 そうしたら、俺は声が出せなくなった」

 確かに、自分の魔法でたくさんの兵士を殺すことを想像したら、誰だって怖くなるだろう。
 優しいテディなら、なおさらのことだ。

「歌えなくなって軍を追い出されたから、俺は自分が焼いた森に戻って、木を植え始めた。
 森を焼いてしまったのは魔物を倒すために仕方のないことだったし、あの辺りの木は何かに使われていたわけではなかったから人間には迷惑をかけていなかったけれど、それでも森を壊したことに変わりはなかったし、それに俺自身が何かをせずにはいられない気持ちだったから」

 テディがあの森で木を植えていたのは、罪滅ぼしだったのだろう。
 誰に責められたわけでも命令されたわけでもないのに、毎日ああして黙々と働いていたのはいかにもテディらしいと言える。

「本当はあの広場全部に木を植え終えるまでやめるべきではないのかもしれないが、だが申し訳ないが今は木を植えるよりももっと大切なものを見つけてしまったから」

 そう言うとテディは俺をじっと見つめる。
 テディの言う大切なものというのが俺のことだと気付いて、照れ臭いけれどもうれしくなる。

「魔法を使うことも、今はもう怖くない。
 人を殺すために魔法を使うのではなく、和生を助けた時のように誰かを助けるために魔法を使っていけばいいとわかったから。
 もちろん、誰よりも一番、和生のために魔法を使うつもりだが」
「うん、ありがとう。
 俺も、魔法は使えないけど、テディのために俺に出来ることをするよ。
 今まではテディと話すのが難しかったからテディのして欲しいことも聞けなかったけど、話が出来るようになったから、俺にして欲しいことがあったら遠慮なく言ってよ」
「ああ、そうだな。
 それなら、さっそく」

 そう言うとテディは俺の耳元に唇を寄せて囁く。

「和生が欲しい」

 低く甘く熱のこもった囁きが耳の奥まで直接響いて、俺は真っ赤になりながらうなずいた。
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