26 / 36
本編
歌声
しおりを挟む
歌声はバスのパートのオペラ歌手のような、低くよく通る声だ。
しかし威厳があるという感じではなく、優しく包み込むような雰囲気を持っている。
そしてその声が奏でる歌は、重厚なクラッシックなどではなく、幼稚園の子どもが歌うような、あの『チューリップ』の歌だった。
……テディだ!
実際にはテディの声を聞いたことはないけれど、あれは絶対にテディの声だと俺は確信する。
歌っているのが俺がテディの前で一度だけ歌ったチューリップの歌だということもあるけれども、声がテディの体格と性格に見合った低く優しい声であること、そして何よりも俺が危機に陥っている今この場所で聞こえてきたのだから、あれは絶対にテディだ。
「なんだ、あの歌は。
あれは日本語……お前か! お前があいつに教えたのか!」
目の前に座っていた男が急に立ち上がって俺につかみかかろうとしたので、俺もイスを倒して後ろに飛び退くようにして立ち上がる。
その間にも短い歌を何度も繰り返している歌声は、どんどんこちらに近づいてくる。
そして歌声がドアの外まで来たかと思うと、ドアノブが赤いチューリップの花に変わった。
その下の鍵穴からも小さなチューリップの花びらがポロポロとこぼれ落ちたかと思うと、自然にドアが開く。
「テディ!」
待ち焦がれたその姿を目にして、喜びの声をあげた俺の目の端に、魔術師の男が口を開きかけているのが目に入る。
こいつに歌わせちゃだめだ!
そう思った俺は、男に飛びかかって両手で必死にその口をふさいだ。
たいして力もない俺の手は、すぐに男に振りほどかれてしまったけれど、それでもどうにか歌による魔法が発動するのは防ぐことができたらしい。
男は舌打ちして再び歌い出そうとしたが、その唇からこぼれ出たのは、歌声ではなくチューリップの花びらだった。
歌詞に出てくる3色だけでなく、オレンジやピンクや紫といった色とりどりの花びらを吐き出しながら目を白黒させている男の足元から、大きな黄色い花びらが生えてきたかと思うと、みるみるうちに男の全身をすっぽりと覆ってしまう。
男は大きなチューリップの花の中で暴れているが、チューリップから出ることはできないようだ。
テディがチューリップの歌を歌いながら、俺と目を合わせてしっかりうなずくと、俺に向かって手を差し出した。
俺を助けに来てくれたテディに抱きついてキスしたいような気持ちだったし、テディに聞きたいこともいっぱいあったけれど、今はとにかく逃げることが先決だとわかっていたので、俺は「うん」とうなずいてテディの手を握る。
テディとともに部屋を出ると、廊下にはさっき男を閉じ込めたような人間サイズのチューリップの花が幾つもあって、中で人が暴れていた。
その中を、チューリップの歌を歌い続けているテディに手を引かれて歩き、やがて大きな窓の側にたどり着く。
テディは窓の前に立つと握っていた俺の手を離し、俺を横抱きに抱き抱えた。
そしてずっと歌っていたチューリップの歌をやめたかと思うと、今度は英語の歌を歌い出した。
「わっ!」
テディが英語の歌に切り替えた途端、テディの体が俺ごと宙に浮き、俺は慌ててテディの首に腕を回してしがみつく。
よく聞けば、テディが歌っているのは俺をさらった男が空を飛ぶ時に歌っていたのと同じ歌だ。
テディはすごい速さで空を飛んでいて、俺が閉じ込められていた砦のような建物は、どんどん後ろに遠ざかっている。
その建物から人が飛び出して来て、こっちに向かって飛んでくるのが見えて、俺は慌てて叫ぶ。
「テディ! 魔術師が追いかけて来てる!
わっ、なんか飛ばして来た!」
叫んでいる間に、魔術師の方からミサイルのようなものが飛んでくる。
よく見ると魔術師は2人いて、人がもう1人を抱えているから、たぶん1人が飛ぶ歌を、もう1人がミサイルの歌を歌っているのだろう。
俺が慌てているのに、テディは小さくうなずいただけで、そのまままっすぐ飛び続けている。
「ミサイルだって!
よけて!」
叫んでいる間にミサイルは俺たちに追いついて来て、俺は思わず目をつぶる。
すぐ側で爆発音がして、俺は一瞬死を覚悟したが、いつまで経っても痛みは訪れなかった。
「……あれ?」
不思議に思って恐る恐る目を開けると、目の前に2発目のミサイルが迫っていた。
目を閉じる間も無くミサイルが爆発したが、その爆風も熱も見えない壁のようなものに跳ね返されて、俺とテディの体に届くことはなかった。
「もしかして、バリアか何か?」
俺が尋ねると、テディは歌いながらうなずいた。
テディはそのままさらにスピードを上げ、追いかけて来た魔術師を完全に振り切ってしまった。
しかし威厳があるという感じではなく、優しく包み込むような雰囲気を持っている。
そしてその声が奏でる歌は、重厚なクラッシックなどではなく、幼稚園の子どもが歌うような、あの『チューリップ』の歌だった。
……テディだ!
実際にはテディの声を聞いたことはないけれど、あれは絶対にテディの声だと俺は確信する。
歌っているのが俺がテディの前で一度だけ歌ったチューリップの歌だということもあるけれども、声がテディの体格と性格に見合った低く優しい声であること、そして何よりも俺が危機に陥っている今この場所で聞こえてきたのだから、あれは絶対にテディだ。
「なんだ、あの歌は。
あれは日本語……お前か! お前があいつに教えたのか!」
目の前に座っていた男が急に立ち上がって俺につかみかかろうとしたので、俺もイスを倒して後ろに飛び退くようにして立ち上がる。
その間にも短い歌を何度も繰り返している歌声は、どんどんこちらに近づいてくる。
そして歌声がドアの外まで来たかと思うと、ドアノブが赤いチューリップの花に変わった。
その下の鍵穴からも小さなチューリップの花びらがポロポロとこぼれ落ちたかと思うと、自然にドアが開く。
「テディ!」
待ち焦がれたその姿を目にして、喜びの声をあげた俺の目の端に、魔術師の男が口を開きかけているのが目に入る。
こいつに歌わせちゃだめだ!
そう思った俺は、男に飛びかかって両手で必死にその口をふさいだ。
たいして力もない俺の手は、すぐに男に振りほどかれてしまったけれど、それでもどうにか歌による魔法が発動するのは防ぐことができたらしい。
男は舌打ちして再び歌い出そうとしたが、その唇からこぼれ出たのは、歌声ではなくチューリップの花びらだった。
歌詞に出てくる3色だけでなく、オレンジやピンクや紫といった色とりどりの花びらを吐き出しながら目を白黒させている男の足元から、大きな黄色い花びらが生えてきたかと思うと、みるみるうちに男の全身をすっぽりと覆ってしまう。
男は大きなチューリップの花の中で暴れているが、チューリップから出ることはできないようだ。
テディがチューリップの歌を歌いながら、俺と目を合わせてしっかりうなずくと、俺に向かって手を差し出した。
俺を助けに来てくれたテディに抱きついてキスしたいような気持ちだったし、テディに聞きたいこともいっぱいあったけれど、今はとにかく逃げることが先決だとわかっていたので、俺は「うん」とうなずいてテディの手を握る。
テディとともに部屋を出ると、廊下にはさっき男を閉じ込めたような人間サイズのチューリップの花が幾つもあって、中で人が暴れていた。
その中を、チューリップの歌を歌い続けているテディに手を引かれて歩き、やがて大きな窓の側にたどり着く。
テディは窓の前に立つと握っていた俺の手を離し、俺を横抱きに抱き抱えた。
そしてずっと歌っていたチューリップの歌をやめたかと思うと、今度は英語の歌を歌い出した。
「わっ!」
テディが英語の歌に切り替えた途端、テディの体が俺ごと宙に浮き、俺は慌ててテディの首に腕を回してしがみつく。
よく聞けば、テディが歌っているのは俺をさらった男が空を飛ぶ時に歌っていたのと同じ歌だ。
テディはすごい速さで空を飛んでいて、俺が閉じ込められていた砦のような建物は、どんどん後ろに遠ざかっている。
その建物から人が飛び出して来て、こっちに向かって飛んでくるのが見えて、俺は慌てて叫ぶ。
「テディ! 魔術師が追いかけて来てる!
わっ、なんか飛ばして来た!」
叫んでいる間に、魔術師の方からミサイルのようなものが飛んでくる。
よく見ると魔術師は2人いて、人がもう1人を抱えているから、たぶん1人が飛ぶ歌を、もう1人がミサイルの歌を歌っているのだろう。
俺が慌てているのに、テディは小さくうなずいただけで、そのまままっすぐ飛び続けている。
「ミサイルだって!
よけて!」
叫んでいる間にミサイルは俺たちに追いついて来て、俺は思わず目をつぶる。
すぐ側で爆発音がして、俺は一瞬死を覚悟したが、いつまで経っても痛みは訪れなかった。
「……あれ?」
不思議に思って恐る恐る目を開けると、目の前に2発目のミサイルが迫っていた。
目を閉じる間も無くミサイルが爆発したが、その爆風も熱も見えない壁のようなものに跳ね返されて、俺とテディの体に届くことはなかった。
「もしかして、バリアか何か?」
俺が尋ねると、テディは歌いながらうなずいた。
テディはそのままさらにスピードを上げ、追いかけて来た魔術師を完全に振り切ってしまった。
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
四人の関係
鳴神楓
BL
都内の豪邸で4人で暮らしている男達。
攻め3人(使用人)受け1人(主人)という関係が、あるきっかけで攻めのうち1人が受け属性に目覚めたことで新しい関係へと変わっていく。
■地雷要素が多いため、地雷避けしたい方は登場人物紹介の下の方をご確認下さい。重複投稿。
俺の番が変態で狂愛過ぎる
moca
BL
御曹司鬼畜ドSなα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!!
ほぼエロです!!気をつけてください!!
※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!!
※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️
初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀
俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~
アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。
これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。
※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。
初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。
投稿頻度は亀並です。
寝込みを襲われて、快楽堕ち♡
すももゆず
BL
R18短編です。
とある夜に目を覚ましたら、寝込みを襲われていた。
2022.10.2 追記
完結の予定でしたが、続きができたので公開しました。たくさん読んでいただいてありがとうございます。
更新頻度は遅めですが、もう少し続けられそうなので連載中のままにさせていただきます。
※pixiv、ムーンライトノベルズ(1話のみ)でも公開中。
異世界のオークションで落札された俺は男娼となる
mamaマリナ
BL
親の借金により俺は、ヤクザから異世界へ売られた。異世界ブルーム王国のオークションにかけられ、男娼婦館の獣人クレイに買われた。
異世界ブルーム王国では、人間は、人気で貴重らしい。そして、特に日本人は人気があり、俺は、日本円にして500億で買われたみたいだった。
俺の異世界での男娼としてのお話。
※Rは18です
【BL-R18】敗北勇者への快楽調教
ぬお
BL
※ほぼ性的描写です
人間の国々を脅かす魔王を討伐するために単身魔王の城へ乗り込んだ勇者。だが、魔王の圧倒的な力に敗北し、辱めを受けてしまうのだった。
※この話の続編はこちらです。
↓ ↓ ↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/17913308/135450151
獣人カフェで捕まりました
サクラギ
BL
獣人カフェの2階には添い寝部屋がある。30分5000円で可愛い獣人を抱きしめてお昼寝できる。
紘伊(ヒロイ)は30歳の塾講師。もうおじさんの年齢だけど夢がある。この国とは違う場所に獣人国があるらしい。獣人カフェがあるのだから真実だ。いつか獣人の国に行ってみたい。対等な立場の獣人と付き合ってみたい。
——とても幸せな夢だったのに。
※18禁 暴力描写あり えっち描写あり
久しぶりに書きました。いつまで経っても拙いですがよろしくお願いします。
112話完結です。
BL漫画の主人公に転生したから地味に生きる。……つもりだった。
海里
BL
交通事故で痛みを感じることなく死んだはずの俺は、気が付いたら異国の貴族(と言っても男爵)の子息として生まれ変わっていた!?
そして気付く、ここは俺が知っている世界だと……!
腐男子としてこっそり新刊が出るたびに買っていたBL漫画の世界だと言うことに気付いた。金髪碧眼の愛らしい容姿の主人公。その名もアーサー。……生まれ変わった俺の名前だよ!
俺は腐男子ではあるけれど、自分がそうなろうとは思っていない。傍観者でいることが一番の喜びだったのに……!
こうなったら主人公ではなくモブとして、地味に生きよう……!
髪を染めて前髪で目元を隠し、いかにも根暗そうな雰囲気で……周りのBLカップルたちを応援する人になろう!
そう決意して早数年。――学園生活が始まる。
傍観者になりたいアーサーと、そんなアーサーにちょっかいを出すユーゴの話。
※固定CP、ユーゴ×アーサーです。
※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる