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本編

エピローグ:倫之の回想 1

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お家騒動に巻き込まれて藩を追い出された浪人者と、九本の尻尾がある化け狐。
そんな夫婦の間に生まれたのが俺だ。

生まれた時の俺は、人間の体に狐の耳と尻尾が一本生えた姿だったらしい。
物心つくまではいつもその姿で生活していたそうだが、母に化け方を教わってからは人間でも狐でも他のものでも好きに化けられるようになったので、たいていは人間の姿で過ごしていた。

俺が生まれたところは江戸の町から少し離れた農村で、田んぼと畑と雑木林と野っ原しかない、どこにでもある田舎の村だった。
そしてそこに住む人々も、よそ者の父と改心したとはいえ化け狐の母を受け入れるくらいだから、皆のんきで善良な人たちばかりだった。

父と母はその田舎で田畑を耕し、たまに村人から持ち込まれるささいな悩み事の相談に乗ってやったり、村に起こった問題を妖力で解決してやったりする生活に満足していたが、俺は子供の頃から村の生活が退屈でしかたなかった。

……若かったのだ。
現代でも田舎の若者が都会の華やかな生活に憧れるように、俺も話に聞く賑やかな江戸の町に憧れていた。

江戸の町に行きたかった俺はとおになるかならないかの頃から、野菜を売りに江戸に行く村人にくっついて江戸の町に出かけるようになり、そのうちに江戸にい続けるようになって村には盆暮れにしか帰らなくなった。

江戸の町は毎日が夢のように楽しかった。
いろんな人がいて賑やかで、芝居やら見世物やらの娯楽も多くて、刺激的なことがたくさんあって、退屈する暇なんてなかった。
俺は美男美女の父母から生まれたおかげで顔立ちがよかったので、にっこり微笑むだけで誰かが奢ってくれたり貢いでくれたりするので、生活に困ることはなかった。

その上、母の血筋のおかげで男の精を食らって腹を満たすことも出来たので、いざとなったら若い男をひっかければそれで生きていくことが出来た。
幸いなことに、俺は女よりも男と寝る方がずっと好きだったので、趣味と実益を兼ねてしょっちゅう男をひっかけては喰っていた。
精を呑むのは上の口でも下の口でもよかったので、あの頃は抱く方抱かれる方どちらでも構わずに遊びまくっていた。

そんなふうにその日暮らしで毎日面白おかしく遊び暮らし、妖力のおかげで若々しいままで三十を迎えた頃、父が倒れたという知らせが入った。

慌てて村に戻り、母と共に懸命に看病したが、寿命であったらしく、父はそのまま亡くなってしまった。
夫婦になって何十年にもなるのに新婚の時と変わらず父を愛していた母は嘆き悲しみ、俺がいくら慰めても耳にも入らない様子で、結局父が亡くなって三日後、俺が夜に寝入っている間に父の墓の前で一晩中泣き尽くして父の後を追うように死んでしまった。

父と母が亡くなった後、村人から二人を村の鎮守神としてまつりたいと言われ、俺は初めて父母がそこまで村の人に慕われていたのだと知った。
俺は今まで遊び暮らしていた自分の生き方を反省し、これからは父母のように村のためになる生き方をしようと決心し、二人が残してくれた畑を耕しながら、別の神社でしばらく修行をさせてもらって、村に造られた稲荷神社の神主になった。

父と母が本当に神様になり、生前の妖力以上の神通力を得た母に神使にしてもらって自分まで永遠の命を得たのは予想外だったが、その後何百年経っても俺の決心は揺るがなかった。
毎日、村の鎮守の神社のおりをし、村の人の相談に乗り、時には母と共に神通力を使って村を危険から護る。
神使になってから何十年何百年と経ち、村が町に変わり、都会になってビルが立ち並ぶようになっても、ずっと同じようにそうやって暮らしてきて、男と遊びまくっていた若い頃のことなど忘れたように品行方正な生き方をしてきたのだが。

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