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12 鍵
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吉川がおそらく俺のことを好きでいてくれること、そして俺自身もそのことを嬉しいと感じることに気付いてから、俺は自分の気持ちにきちんと向き合ってみた。
そしてやはり俺も吉川に対して恋愛感情があり、出来ることなら今のような気楽なセフレ関係ではなく、やはりきちんと恋人として付き合いたいという結論に至った。
入社してきた吉川を見て、その見た目に惹かれて。
あのバーで女装姿の吉川と会って、セックスしてみて、また寝たいと思って。
吉川の女装の理由を知って、何か力になってやりたいと思って、会話の練習に付き合うようになって。
そうやって少しずつ吉川のことを知っていき、いつの間にか吉川は俺にとって特別な存在になっていた。
まだ学生だった時には男と付き合ったこともあったが、さすがにこの年にもなると、好きという気持ちだけで同性同士が付き合うのは難しいということはわかっている。
それでもやはり、俺は今よりももっと吉川のことを知りたいと思うし、吉川と体だけではなく心も通い合わせたいと思うし、吉川の特別になりたい、吉川のことを独り占めしたいと、そう思う。
吉川も俺のことを好きだと思ってくれているのは、おそらく間違いないと思う。
けれども吉川のあの性格では、一生かかっても俺に告白などしてくれないだろう。
だから、今度二人で会う時に、俺の方から吉川に告白することに決めた。
俺が吉川に、好きだ、付き合いたいと告げたら、あいつはどんな顔をするだろう。
それが今から楽しみだった。
しかしそんな時に限って、お互いに忙しくて都合がつかず、週末まで会うことが出来なかった。
なんとか金曜の夜には一段落付きそうだったので、吉川の方の都合を尋ねるメッセージを送ってみる。
すると吉川は「藤本さんと一緒に行きたいところがあるので」と、会社から電車一本で行けるターミナル駅を待ち合わせ場所に指定してきた。
吉川があのバー以外の場所に自分から誘ってくるのは初めてだったので、単純にうれしくはあったが、今日告白するつもりでいたので少しタイミングが悪いなとも思う。
それでもまあ、帰りに俺の部屋かどこか二人きりになれるところに寄ってもらえばいいかと、吉川にはOKのメッセージを送っておいた。
――――――――――
コンビニのおにぎりを食べつつ残業を終わらせ、どうにか待ち合わせの時間には間に合うことが出来た。
待ち合わせ場所につくと、俺よりも前に会社を出ていた吉川がすでに待っていた。
「悪い、待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
「それで、どこに行くんだ?」
「……えっと……それは後で言います……」
この前二人で会った時には吉川は男の姿でもちゃんと話せていたのに、今日はまた語尾が小さく消えていっている。
まあ、今週は吉川の方も忙しかったようだし、疲れているだろうから仕方がないよなと思いつつ、先に立って歩き出した吉川について行った。
吉川と共に別の電車に乗り換えて向かったのは、初めて降りる駅だった。
改札を出てみると、繁華街というよりはむしろ住宅街のようだったが、それでも駅の側には飲食店などがあったのでそちらが目的地なのかと思っていると、吉川は店が建ち並ぶ辺りを通り過ぎ、アパートやマンションが建ち並ぶ地域へと進んでいく。
そこまで来て初めて、ようやく俺はさっき降りた電車が吉川が通勤に使っている路線だったことに気付く。
駅名までは聞いたことがなかったが、聞いていた通勤時間から計算すると、吉川が住んでいるのはこの街なのかもしれない。
もしかして、と思いながら、黙って隣を歩く吉川の顔を見ると、その表情はどこか緊張しているようだった。
案の定、吉川は一軒のマンションに入ってエレベーターのボタンを押した。
5階でエレベーターを降りて一番奥のドアの前に立つと、吉川はカバンから鍵を出してドアを開けた。
「どうぞ」と言われるままに中に入ると、そこはいかにも単身者向けという感じの1DKだった。
「……コーヒー入れますから、座ってて下さい」
「おう」
椅子2脚の小さなダイニングテーブルを指し示されたので、俺は脱いだ上着を椅子にかけて座った。
吉川の部屋のインテリアは、若い男の部屋にありがちな、モノトーンのシンプルなものだ。
部屋はきれいに片付いていて、ほこりなども落ちていないのは、時々お姉さんが掃除に来ているおかげなのだろうか。
そんな部屋からは、どことなく吉川自身のものではないような、よそよそしさを感じる。
そんなことを考えていると、吉川がコーヒーを入れて持ってきてくれた。
いつも俺の部屋で入れているようなインスタントではなくて良い香りのするコーヒーが入ったカップは、ソーサーの上でカタカタと小さく震えていた。
「え、お前、まさか震えるほど緊張してんの?
そんな心配しなくても大丈夫だって。
お前、家族にはカミングアウトしてないんだろ?
だったらもし急にお姉さんが来たりしても、同僚だって言えば、変に思われたりしないって」
「い、いえ……、そういうわけじゃなくて……」
そう答えた吉川は、カタカタと音を立てながらコーヒーをテーブルに置いた。
「……姉は、もうこの部屋には来ません。
合い鍵も返してもらいました」
「え?」
「鍵は……姉じゃなくて、藤本さんに持っていて欲しいと思って……」
吉川の言葉に、俺ははっとする。
「それって……」
「……はい」
吉川は小さくうなずいてから胸に手を当てて深呼吸すると、俺を真っ直ぐ見て口を開いた。
「俺、藤本さんのことが好きです。
藤本さんと、セフレじゃなくて恋人になりたいです。
だから、もし藤本さんも同じ気持ちでいてくれるなら、この鍵は藤本さんに持っていて欲しいです」
吉川の声は緊張で震えている。
それでも、言葉が途切れることはなかったし、最後まではっきりとした大きな声で言い切った。
ポケットから取り出した鍵を俺に差し出した吉川の表情はいかにも不安そうだが、それでも俺から目をそらさずに俺の答えを待っている。
以前の勇気も自信も無い吉川とは違う、明らかに成長したその姿に、思わず俺は笑顔になる。
「……藤本さん?」
「いや、先を越されたなって思ってさ。
お前は絶対告白なんか出来ないだろうから、俺から言ってやろうって思ってたのに」
「じ、じゃあ……」
「ああ。
俺も、お前のことが好きだよ。
だから、その鍵、俺にくれ」
俺がそう答えると、吉川は満面の笑みになった。
そうしてうれしそうに「はい」と言うと、俺が差し出した手に合い鍵を握らせてくれた。
「ありがとう。
俺の部屋の合い鍵も渡すから、今度からは話す練習じゃなくてもいつでも好きな時に来ていいからな。
まあ、来てもいいって言っても、あんなしょぼい部屋だからわざわざ来いっていうほどでもないけどな」
「いえ! そんなことないです!
藤本さんの部屋、すごく落ち着くし、それに藤本さんの匂いがするから……」
「匂いってお前、変態っぽいぞ」
俺が笑ってそう言うと、吉川はわたわたと慌て出す。
「ち、違います! その、変な意味じゃなくて、あの……」
「うそうそ、冗談だよ。
それに、俺だってお前の匂いは嫌いじゃないしな。
セックスの時はいつも化粧の匂いがしてたから、まだ近くで嗅いだことはないけど」
そう言うと俺は立ち上がって、俺の向かい側に座っている吉川の隣に立ち、吉川の肩にそっと手を置いた。
「化粧してないお前の匂いを、側で嗅ぎたい。
いいか?」
誘うように耳元で囁くが、これは賭けだ。
吉川と付き合うなら、せめて最初くらいは、女装していない素のままの吉川とセックスしたいという俺のわがままを、吉川は叶えてくれるだろうか。
「……はい。
俺もずっと、女装せずに男の姿のままで藤本さんを抱きたいって思ってました。
俺、女装せずに最後まで出来たことがないんで、正直今も出来るかどうかわからないんですけど、けどその……練習っていうか、付き合ってもらってもいいですか?」
吉川はまだ、ちょっと情けないままだけど、それでもやってみようという気になっただけ、そしてそのことを俺に正直に言えるようになっただけ、随分進歩していると思う。
「おう、いいぜ。
万が一今日は無理でも、何回でも練習に付き合ってやるよ。
なんせ、大事な恋人のためだからな」
ちょっと冗談めかしてそう言うと、吉川はうれしそうに微笑んで立ち上がった。
「んっ……」
強く抱きしめられて、情熱的に口づけられて、あっという間に体温が上がる。
「ベッド、行こう」
どうにかキスの合間にそう言うと、吉川は俺の腰を抱いたまま、無言でベッドへと足を向けた。
そしてやはり俺も吉川に対して恋愛感情があり、出来ることなら今のような気楽なセフレ関係ではなく、やはりきちんと恋人として付き合いたいという結論に至った。
入社してきた吉川を見て、その見た目に惹かれて。
あのバーで女装姿の吉川と会って、セックスしてみて、また寝たいと思って。
吉川の女装の理由を知って、何か力になってやりたいと思って、会話の練習に付き合うようになって。
そうやって少しずつ吉川のことを知っていき、いつの間にか吉川は俺にとって特別な存在になっていた。
まだ学生だった時には男と付き合ったこともあったが、さすがにこの年にもなると、好きという気持ちだけで同性同士が付き合うのは難しいということはわかっている。
それでもやはり、俺は今よりももっと吉川のことを知りたいと思うし、吉川と体だけではなく心も通い合わせたいと思うし、吉川の特別になりたい、吉川のことを独り占めしたいと、そう思う。
吉川も俺のことを好きだと思ってくれているのは、おそらく間違いないと思う。
けれども吉川のあの性格では、一生かかっても俺に告白などしてくれないだろう。
だから、今度二人で会う時に、俺の方から吉川に告白することに決めた。
俺が吉川に、好きだ、付き合いたいと告げたら、あいつはどんな顔をするだろう。
それが今から楽しみだった。
しかしそんな時に限って、お互いに忙しくて都合がつかず、週末まで会うことが出来なかった。
なんとか金曜の夜には一段落付きそうだったので、吉川の方の都合を尋ねるメッセージを送ってみる。
すると吉川は「藤本さんと一緒に行きたいところがあるので」と、会社から電車一本で行けるターミナル駅を待ち合わせ場所に指定してきた。
吉川があのバー以外の場所に自分から誘ってくるのは初めてだったので、単純にうれしくはあったが、今日告白するつもりでいたので少しタイミングが悪いなとも思う。
それでもまあ、帰りに俺の部屋かどこか二人きりになれるところに寄ってもらえばいいかと、吉川にはOKのメッセージを送っておいた。
――――――――――
コンビニのおにぎりを食べつつ残業を終わらせ、どうにか待ち合わせの時間には間に合うことが出来た。
待ち合わせ場所につくと、俺よりも前に会社を出ていた吉川がすでに待っていた。
「悪い、待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
「それで、どこに行くんだ?」
「……えっと……それは後で言います……」
この前二人で会った時には吉川は男の姿でもちゃんと話せていたのに、今日はまた語尾が小さく消えていっている。
まあ、今週は吉川の方も忙しかったようだし、疲れているだろうから仕方がないよなと思いつつ、先に立って歩き出した吉川について行った。
吉川と共に別の電車に乗り換えて向かったのは、初めて降りる駅だった。
改札を出てみると、繁華街というよりはむしろ住宅街のようだったが、それでも駅の側には飲食店などがあったのでそちらが目的地なのかと思っていると、吉川は店が建ち並ぶ辺りを通り過ぎ、アパートやマンションが建ち並ぶ地域へと進んでいく。
そこまで来て初めて、ようやく俺はさっき降りた電車が吉川が通勤に使っている路線だったことに気付く。
駅名までは聞いたことがなかったが、聞いていた通勤時間から計算すると、吉川が住んでいるのはこの街なのかもしれない。
もしかして、と思いながら、黙って隣を歩く吉川の顔を見ると、その表情はどこか緊張しているようだった。
案の定、吉川は一軒のマンションに入ってエレベーターのボタンを押した。
5階でエレベーターを降りて一番奥のドアの前に立つと、吉川はカバンから鍵を出してドアを開けた。
「どうぞ」と言われるままに中に入ると、そこはいかにも単身者向けという感じの1DKだった。
「……コーヒー入れますから、座ってて下さい」
「おう」
椅子2脚の小さなダイニングテーブルを指し示されたので、俺は脱いだ上着を椅子にかけて座った。
吉川の部屋のインテリアは、若い男の部屋にありがちな、モノトーンのシンプルなものだ。
部屋はきれいに片付いていて、ほこりなども落ちていないのは、時々お姉さんが掃除に来ているおかげなのだろうか。
そんな部屋からは、どことなく吉川自身のものではないような、よそよそしさを感じる。
そんなことを考えていると、吉川がコーヒーを入れて持ってきてくれた。
いつも俺の部屋で入れているようなインスタントではなくて良い香りのするコーヒーが入ったカップは、ソーサーの上でカタカタと小さく震えていた。
「え、お前、まさか震えるほど緊張してんの?
そんな心配しなくても大丈夫だって。
お前、家族にはカミングアウトしてないんだろ?
だったらもし急にお姉さんが来たりしても、同僚だって言えば、変に思われたりしないって」
「い、いえ……、そういうわけじゃなくて……」
そう答えた吉川は、カタカタと音を立てながらコーヒーをテーブルに置いた。
「……姉は、もうこの部屋には来ません。
合い鍵も返してもらいました」
「え?」
「鍵は……姉じゃなくて、藤本さんに持っていて欲しいと思って……」
吉川の言葉に、俺ははっとする。
「それって……」
「……はい」
吉川は小さくうなずいてから胸に手を当てて深呼吸すると、俺を真っ直ぐ見て口を開いた。
「俺、藤本さんのことが好きです。
藤本さんと、セフレじゃなくて恋人になりたいです。
だから、もし藤本さんも同じ気持ちでいてくれるなら、この鍵は藤本さんに持っていて欲しいです」
吉川の声は緊張で震えている。
それでも、言葉が途切れることはなかったし、最後まではっきりとした大きな声で言い切った。
ポケットから取り出した鍵を俺に差し出した吉川の表情はいかにも不安そうだが、それでも俺から目をそらさずに俺の答えを待っている。
以前の勇気も自信も無い吉川とは違う、明らかに成長したその姿に、思わず俺は笑顔になる。
「……藤本さん?」
「いや、先を越されたなって思ってさ。
お前は絶対告白なんか出来ないだろうから、俺から言ってやろうって思ってたのに」
「じ、じゃあ……」
「ああ。
俺も、お前のことが好きだよ。
だから、その鍵、俺にくれ」
俺がそう答えると、吉川は満面の笑みになった。
そうしてうれしそうに「はい」と言うと、俺が差し出した手に合い鍵を握らせてくれた。
「ありがとう。
俺の部屋の合い鍵も渡すから、今度からは話す練習じゃなくてもいつでも好きな時に来ていいからな。
まあ、来てもいいって言っても、あんなしょぼい部屋だからわざわざ来いっていうほどでもないけどな」
「いえ! そんなことないです!
藤本さんの部屋、すごく落ち着くし、それに藤本さんの匂いがするから……」
「匂いってお前、変態っぽいぞ」
俺が笑ってそう言うと、吉川はわたわたと慌て出す。
「ち、違います! その、変な意味じゃなくて、あの……」
「うそうそ、冗談だよ。
それに、俺だってお前の匂いは嫌いじゃないしな。
セックスの時はいつも化粧の匂いがしてたから、まだ近くで嗅いだことはないけど」
そう言うと俺は立ち上がって、俺の向かい側に座っている吉川の隣に立ち、吉川の肩にそっと手を置いた。
「化粧してないお前の匂いを、側で嗅ぎたい。
いいか?」
誘うように耳元で囁くが、これは賭けだ。
吉川と付き合うなら、せめて最初くらいは、女装していない素のままの吉川とセックスしたいという俺のわがままを、吉川は叶えてくれるだろうか。
「……はい。
俺もずっと、女装せずに男の姿のままで藤本さんを抱きたいって思ってました。
俺、女装せずに最後まで出来たことがないんで、正直今も出来るかどうかわからないんですけど、けどその……練習っていうか、付き合ってもらってもいいですか?」
吉川はまだ、ちょっと情けないままだけど、それでもやってみようという気になっただけ、そしてそのことを俺に正直に言えるようになっただけ、随分進歩していると思う。
「おう、いいぜ。
万が一今日は無理でも、何回でも練習に付き合ってやるよ。
なんせ、大事な恋人のためだからな」
ちょっと冗談めかしてそう言うと、吉川はうれしそうに微笑んで立ち上がった。
「んっ……」
強く抱きしめられて、情熱的に口づけられて、あっという間に体温が上がる。
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