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8話 蹂躙

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 訓練場の隣にある別の部屋に移動した私とテスラは互いに相対する。

「嬢ちゃんから始めていいぞ。その代わり覚悟を決めてからな」
「ふぅ……」

 私は深呼吸をしてからサーシャに支給された長剣を構える。
 長剣のほかに短剣や斧などがあったが、一番しっくり来たのは長剣だった。
 手の中に綺麗収まったと言ったらいいだろうか。
 実際、こうしてステラに刃を向けてもそこまで違和感がないことが証明である。

「はああああああああぁぁぁぁぁ!」

 私は今まで出したことのない声を出しながらテスラに突進する。
 しかし、テスラは何も構えようとせず、ただ仁王立ちしているだけだ。
 そんなテスラを見て私は思い出したように声を出す。

「……あ」

 私は今更自分の行いに気づく。
 そう思えば私は今、人間相手に刃を向けているのだ。
 
 流れで真剣を持つことになってしまったが、これは簡単に人の命を刈り取れる武器。
 私が本気で殺そうと思えばテスラの命の灯は一瞬で消せれるのだ。

 そんな私の躊躇が全てを鈍らせる。

「覚悟してからって言っただろうがぁ!」
「……うっ!」

 テスラは私が振りかぶろうとした剣を余裕で避け、私の腹に蹴りを突き刺す。
 まるで内臓がつぶされたような感覚に私はその場に両手をつき、血交じりの唾液を吐いた。

 え? 血?

 自分の現状に気づいた時に更に不快感が私の感情を埋め尽くす。

「い、いやああああああああぁぁぁぁぁ!?」
「そんくらいの血で騒ぐなよ。あとで治してやるからさっさと立て」

 そんな冷血無慈悲なテスラの言葉に私は首をゆっくりと横に振った。

 血が出ているのだ。ということは私のどこかの内臓がやられたということである。
 それは大怪我ところではない。もしかしたら死んでしまうかもしれないのだ。

「本当にもう無理なんだな?」
「……ごほっ! 私は血を吐いてるのよ? ごほっ! そんな状態で戦闘だなんてできるわけないじゃない」

 私は胃辺りを押さえながら小さな声で口にした。
 そして、言い終えてから気づく。それがどれだけ醜い言い訳かと。
 しかし、気づいたからと言って私の脳が理解してくれるわけではない。
 無理なものは無理。出来ない者は出来ないのだ。

 そんな怯えに怯えた私を見てテスラは期待外れとでも言いたげな視線を送ってくる。

「…………ッ!」

 テスラの表情にどことなくマルクの面影があった。
 その蔑む目、後悔するような目。
 
 頼むから止めて。私をそんな目で見ないで。

 私はそんな感情に埋め尽くされながらテスラから視線を逸らした。
 その瞬間、

「止めだ止め。おい、サーシャ。こいつは冒険者にすんな」
「エリス様。本当にここで諦めていいんですか?」

 この部屋の隅で私たちを見ていたサーシャは私に近寄ってきて、私の視線に合わせるようにしゃがんでから聞いてくる。

 見たらわかるだろう。この血だまりを。
 私は血を吐いたのだ。これで戦闘を続けろなど人間の考え方ではない。

 そんなサーシャにテスラは半ギレしながら吠えた。

「おいサーシャ! 何勝手なことを――」
「黙ってろこのクソギルマスがぁ!」
「え、えぇ……?」

 そのサーシャの変貌ぶりにテスラは怒りを通り越して唖然としてしまっていた。
 そんなテスラを放ってサーシャは私の胸ぐらを掴んで息のかかる距離で聞いてくる。

「もう一度聞きます。もう諦めるんですね?」

 うんと頷けたら楽なのだろう。
 今までなら私を心配して皆が諦めようと言ってくれた。
 しかし、そんな優しい皆はもう存在しない。私は何百万人もいる平民の中の一人なのだ。

 だからこそ、ここまで本気になって私に反骨心を持たせてくれるサーシャには感謝しかない。
 そして、その想いに答えられないようでは私は人間としても失格だ。

『英雄さんはね。どれだけ傷つこうとみんなを守るの。何でか分かる? それはね――』

 そんな懐かしい母の声と光景が私の脳裏に浮かぶ。
 そうだ。私は英雄になるのだ。これぐらいの傷で泣き叫んでいたら何も進まない。

 私は痛む腹を押さえて流れ浸る涙を拭きながら立ち上がる。
 そして、目の前でつまらなそうにしているテスラに向かって吠えた。

「やるわ! テスラ! もう一度頼めるかしら!」
「あぁ! いいぞ! やってやるよ!」

 テスラの瞳孔に光が灯る。
 こうして私とテスラの第二ラウンドが始まったのだった。
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