婚約さえ出来ない令嬢はストレス発散にこっそりダンジョンに潜ります～Ｓ級冒険者や第一王子が私に言い寄ってきてますが気のせいでしょう～

二人目 幼なじみ

非日常の朝

『エリス様。早く起きてください』
『…………ん？　キール？』

　私はしょぼしょぼとした目をこすりながらベッドから起き上がる。
　もう、朝になってしまったのだろうか。
　昨日、暴れた時の疲労がまだとれていないようで、少し気怠さが体に乗りかかる。

『早く起きないと遅れますよ』

　今日も平日だ。
　どれだけ疲れていようが学園に行かなければならない。
　公爵令嬢ともなる女が落第だなんてこと、死んでもあってはいけないのだ。

　私は情けない声を出すようにしてキールに懇願する。

『キール…………おんぶ』
『キール？　おんぶは構いませんが、キールって誰です？』
『そりゃあキールはキールで…………』

　私はもう一度目をこすってからキールの表情を見る。
　すると、キールだったはずの面影が少しずつ薄れ始め…………

『また寝ぼけてるんでしょう？　さ、早く今日もダンジョンに行きますよ』
『……………………』

　半覚醒状態の意識を覚ますため、私は頬を軽く叩いた。
　すると、目の前にいたはずのキールはいなくなっており、代わりに黒髪のイケメンが立っていた。

『おんぶするんでしょう？　早く乗ってください』

　男は腰をかがめ、私に背を向けて言った。
　この男は昨日も何度も見た。私の感情を乱してくる危険因子だ。
　
『…………あ、アレン？』
『そうですよ。エリス様だけのアレンです』

　アレンはにっこりと微笑を浮かべて私に言った。
　その瞬間、アレンの美しすぎる表情を見てしまった私の脳は限界を迎えてしまう。


「きゃあああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」

　日が昇りかけていた早朝。
　多くの者が未だに眠りについている中。二人の叫び声が屋敷に響き渡ったのだった。









　私とキールは学園に行くために馬車の中で揺られている。
　別荘から学園まで少し距離があるのだ。
　まぁ普通なら徒歩のレベルなのだが、公爵令嬢ともなると短い距離でも馬車を使うのが普通なのである。

「本当にひどい目に遭いましたよ」

　キールは自分の耳を押さえながら私に愚痴を言ってくる。

　どうやら、キールがいつものように私を起こそうとした瞬間、私が大声で叫んでしまったようだ。
　私も自分の叫び声で目が覚めてしまうレベルで声が大きかったようで、何十人もの警備兵が私の部屋に一分も経たないうちに集まってしまった。
　最初はキールが私にいかがわしいことをしたのではないかと疑われ、拘束されてしまう。
　だが、私の弁明により、いつも通りこうして登校している。

　もちろん、朝っぱらからあれほど大きい声を出したのだ。従者たちにはこっぴどく叱られた。ちなみにキールも。

「悪夢でも見たんですか？」

　悪夢…………うん。あれは悪夢でしかない。
　まさか、夢にアレンが出てくるとは思ってもいなかった。

　今までまともに夢を見たことがなかった私があそこまで鮮明に見ることは珍しい。
　それほど私はアレンに影響を受けていたということだろう。

　ただ一度目が合っただけ。それも気のせいかもしれない一回。
　それだけで私の夢に出てくるということは私はアレンのことを…………

「エリス様？　聞いてますか？」
「…………な、違うって言ってるじゃない！」
「…………ぐはっ！」
「あ、ごめんなさい」

　私の脊髄反射のように神速で動いた手は見事にキールの腹に刺さる。
　キールはいつもより痛かったらしく、馬車の中でうずくまるように寝転がった。

　流石に今のは私に非がある。
　私は謝りながらキールに手を差し出した。

「ほ、本当に大丈夫ですか？」
「…………ん？　何がかしら？」

　キールは少しせき込みながら私の表情を確認してくる。
　普通なら私が大丈夫と聞く場面であるはずなのだが、何か私に変なところがあっただろうか。
　すると、キールは苦笑いして私に言ってくる。

「あのエリス様が僕に謝ってくるなんて病気にでもかかったんじゃ…………ぐはっ！」
「今のはキールに非があるわ」

　私は先ほどよりも軽めにキールの腹をどつく。
　キールはそんな私の言動を見て安心した表情を浮かべた。

　昔から気になっていたのだがキールはM気質なのだろうか。
　Mだから殴っていいというわけではないけれども、何故かつい軽くどついてしまうようなオーラがキールからは出ている。

「お二人とも。馬車が揺れます。朝っぱらからいちゃつかないでください」
「「…………すみません」」

　そんな私たちに呆れるように前方から馬車を運転している従者が言った。
　私とキールはどことなく気まずい空気を漂わせながら特に喋ることもなく登校したのだった。