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1章 原点

2話 拾われる

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「久しぶり、勇者。助けに来た」
 おいおい、嘘だろ……
 そこにいたのは、ルーカスたちでも、冒険者でも、ましてや人間でもない。
 長い銀髪を持った可愛らしい――魔族・・だった。


 ◆


「お、お前は……」

 腰まである長い艶のある銀髪に、大人しそうな整った顔立ち。
 美少女、そう属されるほど可愛らしかった。
 それに衣服から溢れんばかりの豊胸。魔族は胸が大きいものが多いと噂で聞いていたけど……どうやら事実だったらしい。
 いや、今はそんな事より目の前のことを対処しないとな。

 彼女は俺の反応を期待の目を向けて待っていた。
 だからこそ本当に申し訳なく思う。

「……誰だ?」
「うぐっ! ま、まぁこれも想定通り……そう! 想定通り!」

 彼女は悶えながら自分自身に何度も言い聞かせる。
 こんなに可愛い魔族なら記憶に残っていてもおかしくない。
 だが生憎、俺の記憶には彼女と関わった覚えはなかった。

「まぁ今はこの場を片付けてから」

 彼女は気持ちを切り替えるように視線を魔族たちに戻す。
 そういえば、彼女は魔族なのに同じ魔族の首を切り落とした。
 何がどうなってるんだ? 状況が全くつかめない。

「「「…………」」」

 先ほどまで俺の首に興奮していた魔族たちは一斉に黙り込んでいた。
 まるで圧倒的強者を前に屈服するように。
 彼女の先ほどの斬撃。久しぶりにあれほど速い斬撃を見た気がする。
 おおよそ、ここにいる魔族には見えなかったはず。

 恐る恐る、群の中から一人の魔族が声をあげた。

「そこをどいてくれませんか? それは俺たちの獲物です」
「ムリ」

 それは駄々をこねる子供のような返し方で。

「そいつは勇者です。早急に殺さなければ被害が増える可能性がある」
「イヤ」
「なっ、今そいつは拘束されてるんですよ!? そんな機会を逃すというんですか?」
「ウルサイ」

 それは圧倒的な実力差があるからこそ成り立つ会話で。

「例えあなたが魔王・・であろうとこいつを渡すわけにはいけないんです!」

 ん、魔王? 今、あの魔族が彼女のことを魔王と呼んだ気がしたんだけど。
 あ、あぁ、マオウさんか。アハハ……こんなとこにあの【魔王】がいるはずないよな。

「はやく、そいつを渡して――」
「はぁ……」

 彼女は深いため息を吐く。

「「「――――――――――ッ!?」」」

 その瞬間、血の花々が満開に咲き誇った。
 真夜中ではあるが、その血花は月明かりに照らされ、俺の瞳に鮮明に映る

「……は?」

 俺でも何が起きたのか理解できなかった。
 彼女がため息をついた瞬間、勝手に魔族たちの体が爆ぜた・・・ように見えたのだ。
 その光景は彼女がマオウではなく【魔王】であるということを証明するようなもの。

「勇者を傷つけようとした罪、万死に値する」

 血の雨が降り注ぐ中、彼女は残虐的な笑みを浮かべる。
 それは正真正銘【魔王】。そう呼ばれている魔族の姿だった。


 ◆


 再びこの場に静寂が訪れると、魔王は慌てて訂正するように、

「あ、勇者!? い、今の私は仮の私みたいなもので……!」

 顔をパタパタさせながら魔王は苦笑を浮かべていた。
 俺には今の彼女の態度の方が仮にしか見えないのだが。
 まぁ先ほどの冷酷非情みたいな態度を取られたら俺もビビりそうなのでこのままでいてほしい。
 すると、魔王はどこか幸せそうな笑みを浮かべながらも尋ねてくる。

「あ、あの……いつまで拘束されてるの? わ、私としてはそのままでも……嬉しいけど……」
「俺も外せるものなら外したいさ。でもこれは【賢者】の魔法。そう簡単に外せるわけが――え?」

 試しに軽く力を入れてみると、いとも簡単に拘束魔法が破壊された。
 あれ? これってもしかして逃げれた的な?
 いや、ルーカスに限ってそのような温情は持ちえていない。見殺すなら確実に見殺すはず。
 ならどうして……そんな疑問に思考を巡らしている中、ボソッと小さな一言が僕の耳に入る。

「もうちょっと見ていたかったのにぃ……」

 魔王は小さな声で呟く。
 俺には聞こえないように言っているつもりなのだろうけど、丸聞こえだ。
 なんか……すみません。拘束されてなくて。

 彼女はわざとらしい咳ばらいをし、話の路線を戻すように言う。

「おっほん、勇者も困惑してると思うし、結論・・を先に言う」

 それは実に助かる提案だ。この状況、全く持って意味が分からない。
 仮にも俺は勇者で、彼女は魔王。魔王が魔族を殺し、魔王が勇者を助ける。
 俺の脳内は混乱に混乱を極めていたため、思考を停止させていた。やっと状況が整理出来るらしい

「勇者……いや、エル」
「は、はい?」

 彼女の表情は全てを想いを乗せているようで、覚悟を決めているようだった。
 あまりにも急な展開に声が裏返ってしまう。でも、それはまだ序章に過ぎなかった。

「私と……」

 急な横からの突風が俺たちを襲う。
 彼女はひらひらと、血で赤く染められた真っ赤なスカートをたなびかせながら手を差し伸べた。
 そんな彼女の姿は誰が見ても見惚れてしまうほど美しく、可愛らしい。
 だからこそ、そんな言葉が妙にすんなりと耳に入ったのかもしれない。


「私と結婚・・して!」


 もちろん耳に入ったところで、理解は出来ないけど。

「……は?」
「だから、私と結婚してほしい!」
「は、はいいいいいいいぃぃぃぃぃ!?」

 その言葉は軽々と俺の冷静さを吹き飛ばすほどの威力があった。

「良かったぁ! 受け入れてもらえて!」

 待て待て。良かったです、じゃない。一ミリもよくない。
 なに嬉しそうに勝手に話を進めてるんだ。
 いや、別に俺が嫌というわけではないけど、順序というものがあるだろ、順序というものが。
 名前も知らない、年齢も知らない、それでいて相手は因縁の宿敵である魔王。
 俺は一度、彼女を落ちつかせようと、

「い、いや、ちょっと待っ――」

 だが途中で感じ取ってしまった。
 あ、これは何を言っても無駄なやつだ、と。

 魔王は俺の手をがっしりと掴み、転移魔法を行使する。

「じゃあ行こう! 私たちの国! 魔都アルヴァ―ナへ!」
「待ってえええええええぇぇぇぇぇ!」

 悲鳴でも断末魔でもない。
 俺の絶叫は困惑していて、それでいて何処か楽しそうで。
 まるで、俺たちの始まりを告げるよう、静寂の夜に響きわたった。
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