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1章 原点
1話 捨てられる
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「【魔法拘束】!」
「……は?」
信頼を預けていた俺の背中は突如、空を切った。
具体的に言えば背後から俺に向かって四肢を拘束する魔法が放たれる。
四肢に絡みついた魔法に対処することが出来ず、そのまま無様に地面へと倒れてしまった。
「『勇者』、悪いが君にはここで死んでもらう」
『賢者』ルーカスは、悪気のない表情で倒れ込んでいる俺に言い捨てた。
なぁ、冗談だよな……?
そう口にしようとしても出来ない。だって、彼の目が本気だったから。
「おい……こんな時に何してんだ? すぐそこに魔族が来てるんだぞ?」
「そうですよ! 血迷いましたの!? エルさんを今すぐ起こさないと――」
『武神』ガイアは淡々と口にして殺気をルーカスに向けた。
『聖女』レーナは急いで、倒れた俺を起こそうと駆け寄ろうとする。
そんな二人の言動を断絶させるようにルーカスは告げた。
「馬鹿か君たちは? この状況で逃げ切れるはずがない。なら人類の希望である賢者の私が確実に生き残る選択肢を選ぶに決まっているだろう?」
その解答はあまりにも傲慢で現実的で。
この危機的状況を打破する唯一の手段だった。
「エルをここで餌にする。これでも一応勇者だ。良い時間稼ぎにはなるだろう」
俺たちは今、魔族の追手から逃げている。
相手が少数人なら対抗することも安易だ。でも、その追手の数は百を超える。
それもこれも全て、ルーカスが罠に引っかかったからなのだが……まぁ文句を言ったところで聞く耳も持たないだろう。
俺たちは満身創痍になりながらも人間界へと戻ろうとしているが、追いつかれるのも時間の問題だ。
「「…………っ!」」
ガイアとレーナはそんなルーカスの答えに反論できなかった。いや、しなかったというべきか。
そのまま反論したら俺と同じ目にあう。そんな結末が目に見えていたから。
「勇者なら、この決断がどれだけ大事なことか分かるよね? 勇者は人間の命を守るのが役目なんだから」
その質問はルーカスの中の微かにある正義とは正反対の感情を肯定させるようなもの。
ここで頷けば、ルーカスは心置きなく俺を見殺しにするだろう。それが正義だと、それが正しい選択だと信じて。
これからの人生、俺のことなんて忘れてのうのうと生きるんだろうな。
だから、俺はそのルーカスの感情を……
「あぁ、分かってる」
「「――ッ!?」」
肯定した。
想像もしていなかった状況にガイアとレーナは驚愕する。
何でだろうな。俺もよく理由は分かってない。
勇者という呪縛から逃れたいからなのか、それともただ単にルーカスの言葉に納得してしまったのか。三人を苦しめたくなかったからなのか。
いずれにしろ、そんな理不尽な状況を受け入れてしまったわけだ。納得はしてないけども。
「ふっ、君は物分かりだけはよくて助かるよ」
ルーカスは安堵交じりの微笑を漏らしながら、背を向ける。
特に何も言うことなく、彼は止まっていた足を再び進め始めた。
「「…………」」
俯いたガイアとレーナの表情は前髪に隠れて見えない。
でも、何となく言いたいことはその弱々しい背中から伝わった。
二人もすぐ、ルーカスを追うようにこの場をあとにしたのだった。
◆
俺は広大な草原に大の字になって寝っ転がっていた。
拘束魔法でこの座標に張り付けられているため、起き上がることは出来ても、逃げることも身動きを取ることも出来ない。
「はぁ……あっけなかったな、俺の人生」
後悔、憤怒、哀切……多くの感情が入り混ざる。
幼い頃から次期、勇者の器として訓練ばかりしてきた。
友達と遊ぶなどもってのほか。友達と呼べるものは同じパーティーメンバーぐらい。
でも、それも偽物だった。
俺の人生は空っぽで何も無い。そして若くして最期を迎える。
「見つけたぞ! こっちだ!」
幾つもの足音が地面を伝って頭に響く。
詰んだ。絶対終ったな。
寝転がっている俺の周りには一瞬で魔族たちがぞろぞろと集まった。
全員が飢えた獣のような目をしており、中にはよだれを垂らしている者もいる。
俺を食っても美味しくないと思うけど……
「俺に殺させてくれ! 親の仇を討ちたいんだ!」
「いや、俺が殺す! こいつを殺せば昇格間違いなしだからな!」
そもそも何で俺は魔族と戦っていたんだっけ。
俺はルーカスとは違って、無暗に魔族を殺しはしなかった。
もちろん人間に危害を加える魔族は容赦なく首を撥ねた。それが平和の為に、人類の為になると考えて。
でも、本当にそれが正しい選択だったのか? それが勇者としての正しい在り方だったのか?
まぁ今さら後悔したところで意味ないんだけど。
「死ねええええぇぇ!」
一人の青年の魔族が片手斧を大きく振りかぶった。
俺は拷問対策用に【痛覚無効】のスキルを持っているため、苦しみはしない。
でも自分の臓器などが溢れ出ている光景など見たくもない。トラウマものにもほどがあるだろ。
斧を振りかぶった青年は目をつむり、全力で俺めがけて斧を振り下ろした。
その斧は吸いつけられるように俺の首元へ近づき、そして……
「ふぅ、間に合ってよかった」
「「「ッ!?」」」
ボトっと鈍い音をたてて何かが地面に落ちた。
その女性の声はとても温かく、透き通っている。
そう思えるってことは……俺の首はまだ繋がっているということだよな?
恐る恐る横を見ると先ほどの青年の首が転がっていた。めっちゃ怖いんですけど。
ルーカスたちが助けを呼んでくれたのか? いや、それはないはずだ。
ここは人間界と魔界の境界線付近。勇者パーティーでなければ入ることも出来ない禁止区域だ。
なら、誰が? 何のために? どうして?
そんな疑問の答えを確認するために、俺はゆっくりと体を起こす。
すると、俺を守るように一人の少女が俺の正面に立っていた。
彼女は振り返り、安心させるように微笑む。
「久しぶり、勇者。助けに来た」
おいおい、嘘だろ……
そこにいたのは、ルーカスたちでも、冒険者でも、ましてや人間でもない。
長い銀髪を持った可愛らしい――魔族だった。
「……は?」
信頼を預けていた俺の背中は突如、空を切った。
具体的に言えば背後から俺に向かって四肢を拘束する魔法が放たれる。
四肢に絡みついた魔法に対処することが出来ず、そのまま無様に地面へと倒れてしまった。
「『勇者』、悪いが君にはここで死んでもらう」
『賢者』ルーカスは、悪気のない表情で倒れ込んでいる俺に言い捨てた。
なぁ、冗談だよな……?
そう口にしようとしても出来ない。だって、彼の目が本気だったから。
「おい……こんな時に何してんだ? すぐそこに魔族が来てるんだぞ?」
「そうですよ! 血迷いましたの!? エルさんを今すぐ起こさないと――」
『武神』ガイアは淡々と口にして殺気をルーカスに向けた。
『聖女』レーナは急いで、倒れた俺を起こそうと駆け寄ろうとする。
そんな二人の言動を断絶させるようにルーカスは告げた。
「馬鹿か君たちは? この状況で逃げ切れるはずがない。なら人類の希望である賢者の私が確実に生き残る選択肢を選ぶに決まっているだろう?」
その解答はあまりにも傲慢で現実的で。
この危機的状況を打破する唯一の手段だった。
「エルをここで餌にする。これでも一応勇者だ。良い時間稼ぎにはなるだろう」
俺たちは今、魔族の追手から逃げている。
相手が少数人なら対抗することも安易だ。でも、その追手の数は百を超える。
それもこれも全て、ルーカスが罠に引っかかったからなのだが……まぁ文句を言ったところで聞く耳も持たないだろう。
俺たちは満身創痍になりながらも人間界へと戻ろうとしているが、追いつかれるのも時間の問題だ。
「「…………っ!」」
ガイアとレーナはそんなルーカスの答えに反論できなかった。いや、しなかったというべきか。
そのまま反論したら俺と同じ目にあう。そんな結末が目に見えていたから。
「勇者なら、この決断がどれだけ大事なことか分かるよね? 勇者は人間の命を守るのが役目なんだから」
その質問はルーカスの中の微かにある正義とは正反対の感情を肯定させるようなもの。
ここで頷けば、ルーカスは心置きなく俺を見殺しにするだろう。それが正義だと、それが正しい選択だと信じて。
これからの人生、俺のことなんて忘れてのうのうと生きるんだろうな。
だから、俺はそのルーカスの感情を……
「あぁ、分かってる」
「「――ッ!?」」
肯定した。
想像もしていなかった状況にガイアとレーナは驚愕する。
何でだろうな。俺もよく理由は分かってない。
勇者という呪縛から逃れたいからなのか、それともただ単にルーカスの言葉に納得してしまったのか。三人を苦しめたくなかったからなのか。
いずれにしろ、そんな理不尽な状況を受け入れてしまったわけだ。納得はしてないけども。
「ふっ、君は物分かりだけはよくて助かるよ」
ルーカスは安堵交じりの微笑を漏らしながら、背を向ける。
特に何も言うことなく、彼は止まっていた足を再び進め始めた。
「「…………」」
俯いたガイアとレーナの表情は前髪に隠れて見えない。
でも、何となく言いたいことはその弱々しい背中から伝わった。
二人もすぐ、ルーカスを追うようにこの場をあとにしたのだった。
◆
俺は広大な草原に大の字になって寝っ転がっていた。
拘束魔法でこの座標に張り付けられているため、起き上がることは出来ても、逃げることも身動きを取ることも出来ない。
「はぁ……あっけなかったな、俺の人生」
後悔、憤怒、哀切……多くの感情が入り混ざる。
幼い頃から次期、勇者の器として訓練ばかりしてきた。
友達と遊ぶなどもってのほか。友達と呼べるものは同じパーティーメンバーぐらい。
でも、それも偽物だった。
俺の人生は空っぽで何も無い。そして若くして最期を迎える。
「見つけたぞ! こっちだ!」
幾つもの足音が地面を伝って頭に響く。
詰んだ。絶対終ったな。
寝転がっている俺の周りには一瞬で魔族たちがぞろぞろと集まった。
全員が飢えた獣のような目をしており、中にはよだれを垂らしている者もいる。
俺を食っても美味しくないと思うけど……
「俺に殺させてくれ! 親の仇を討ちたいんだ!」
「いや、俺が殺す! こいつを殺せば昇格間違いなしだからな!」
そもそも何で俺は魔族と戦っていたんだっけ。
俺はルーカスとは違って、無暗に魔族を殺しはしなかった。
もちろん人間に危害を加える魔族は容赦なく首を撥ねた。それが平和の為に、人類の為になると考えて。
でも、本当にそれが正しい選択だったのか? それが勇者としての正しい在り方だったのか?
まぁ今さら後悔したところで意味ないんだけど。
「死ねええええぇぇ!」
一人の青年の魔族が片手斧を大きく振りかぶった。
俺は拷問対策用に【痛覚無効】のスキルを持っているため、苦しみはしない。
でも自分の臓器などが溢れ出ている光景など見たくもない。トラウマものにもほどがあるだろ。
斧を振りかぶった青年は目をつむり、全力で俺めがけて斧を振り下ろした。
その斧は吸いつけられるように俺の首元へ近づき、そして……
「ふぅ、間に合ってよかった」
「「「ッ!?」」」
ボトっと鈍い音をたてて何かが地面に落ちた。
その女性の声はとても温かく、透き通っている。
そう思えるってことは……俺の首はまだ繋がっているということだよな?
恐る恐る横を見ると先ほどの青年の首が転がっていた。めっちゃ怖いんですけど。
ルーカスたちが助けを呼んでくれたのか? いや、それはないはずだ。
ここは人間界と魔界の境界線付近。勇者パーティーでなければ入ることも出来ない禁止区域だ。
なら、誰が? 何のために? どうして?
そんな疑問の答えを確認するために、俺はゆっくりと体を起こす。
すると、俺を守るように一人の少女が俺の正面に立っていた。
彼女は振り返り、安心させるように微笑む。
「久しぶり、勇者。助けに来た」
おいおい、嘘だろ……
そこにいたのは、ルーカスたちでも、冒険者でも、ましてや人間でもない。
長い銀髪を持った可愛らしい――魔族だった。
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