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「ただいま朱兎ー」
薄いドア越しに聴こえてくるのは、ここ数日で聴き慣れてしまった声。どうやら鼬瓏が戻ったらしい。
「おかえりー」
挨拶は返すが、現在洗髪中なので出ることはできない。そんな朱兎の現状など知る由もなしに、鼬瓏の声が風呂場へと更に近付いてきた。
「朱兎? シャワー中だった?」
「んー」
シャワーのお湯を頭から被りながら泡を落としている最中なので、喋ることができずにそう返す。すると、なぜか浴室のドアが開く音が聞こえ朱兎はギョッとして振り返った。
「丁度イイから、俺も一緒に入らせてネ」
「ちょっ、はあ!?」
「没关系、不用担心」
「そういうところだけ中国語なのなんでだよ! ていうか少しは前を隠せ!」
朱兎の叫びも空しく、鼬瓏に押し切られる形で風呂を共にすることになってしまった。そんな鼬瓏は、楽しそうに蛇口を捻って湯船に水を溜めている。
「湯船に湯を張るのは光熱費がかさむ」
「そんなの気にしなくていいヨ。ここの光熱費は俺が払うから」
少しでも文句を言ってやろうとそういえば、予想斜め上に事態が悪化した。違うそうじゃないと叫びそうになるのを、残っていた泡をシャワーで流しながら、ぐっと堪えて水と一緒に流すことしかできなかった。
――――
「肌が赤くなってる……熟れた桃みたいで美味しそうだネ」
狭い湯船で膝を抱えギュウギュウになっていると言うのに、どこか楽しそうなその声が朱兎の耳を掠める。
大の男が二人、湯船で一緒に浸かるというのは中々に厳しいもので……一緒に浸かると言うよりは、後ろの男の上に乗っていると言った方が正しい。
「ネ、味見してイイ?」
「ひぇっ!」
「うん、これは丁度熟れ頃かな」
確認を取りながらも、朱兎の許可を待たずに朱兎の首筋を舐め上げた鼬瓏が満足そうな声を出す。
「まだ良いともなにも言ってねぇだろ!」
突然首筋を舐められた朱兎は、舐められた箇所を抑えながら鼬瓏に向かって勢いよく振り返る。その際に湯船のお湯が溢れたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「ほらほら、狭いんだから暴れない。お湯なくなっちゃうヨ?」
「あんたが入ってこなけりゃここまで狭くはなかったんだよ!」
にこにこと悪びれもなく笑っている鼬瓏を他所に、朱兎はご立腹だ。
(拒否権がないにしてもよ……こんな狭い風呂に一緒に入るのは勘弁して欲しい)
「こういうのって、日本だと裸の付き合いって言うんデショ?」
「どこで変な知識を得てきた……」
ニュアンスは間違ってはいないが、そんな物理的な言葉ではなかったように思える。日本人ですらそう捉えるものも多い言葉だが、実際に一緒に風呂に入らなくても良かったはずだ。
「取引先の社長さんにね……日本人と仲良くなるにはどうしたらいいか聞いてみたんだヨ」
「あー……」
納得がいった。そこでこれを吹き込まれ、早速実行に移したという訳だと。
「一緒に風呂に入れば仲良くなれるなんて、日本人の発想は面白いネ」
「……それを即行で実行するあんたのが面白いよ」
「褒めても夕飯の点心くらいしか出てこないヨ」
断じて褒めてはいない。ただ、そうまでしてコミニュケーションの手段を考えていてくれていたことに、少なからず好感は覚えた。
出会って間もないとはいえ、鼬瓏のことを知らなすぎる朱兎は彼にどう接すれば良いのかすらわからず持て余していたのは確かだ。それに免じてキュッと目を閉じて言葉を飲み込めば、なぜかチュッという軽いリップ音が響いた。
「……は?」
「可愛い顔してたから、キスしてほしいのかなって」
「ん、なわけねぇだろ!」
台無しとはこういうことなのだろう。少しだけ上がった好感度がジェットコースターのように急降下していったのは、もはや言うまでもない。
薄いドア越しに聴こえてくるのは、ここ数日で聴き慣れてしまった声。どうやら鼬瓏が戻ったらしい。
「おかえりー」
挨拶は返すが、現在洗髪中なので出ることはできない。そんな朱兎の現状など知る由もなしに、鼬瓏の声が風呂場へと更に近付いてきた。
「朱兎? シャワー中だった?」
「んー」
シャワーのお湯を頭から被りながら泡を落としている最中なので、喋ることができずにそう返す。すると、なぜか浴室のドアが開く音が聞こえ朱兎はギョッとして振り返った。
「丁度イイから、俺も一緒に入らせてネ」
「ちょっ、はあ!?」
「没关系、不用担心」
「そういうところだけ中国語なのなんでだよ! ていうか少しは前を隠せ!」
朱兎の叫びも空しく、鼬瓏に押し切られる形で風呂を共にすることになってしまった。そんな鼬瓏は、楽しそうに蛇口を捻って湯船に水を溜めている。
「湯船に湯を張るのは光熱費がかさむ」
「そんなの気にしなくていいヨ。ここの光熱費は俺が払うから」
少しでも文句を言ってやろうとそういえば、予想斜め上に事態が悪化した。違うそうじゃないと叫びそうになるのを、残っていた泡をシャワーで流しながら、ぐっと堪えて水と一緒に流すことしかできなかった。
――――
「肌が赤くなってる……熟れた桃みたいで美味しそうだネ」
狭い湯船で膝を抱えギュウギュウになっていると言うのに、どこか楽しそうなその声が朱兎の耳を掠める。
大の男が二人、湯船で一緒に浸かるというのは中々に厳しいもので……一緒に浸かると言うよりは、後ろの男の上に乗っていると言った方が正しい。
「ネ、味見してイイ?」
「ひぇっ!」
「うん、これは丁度熟れ頃かな」
確認を取りながらも、朱兎の許可を待たずに朱兎の首筋を舐め上げた鼬瓏が満足そうな声を出す。
「まだ良いともなにも言ってねぇだろ!」
突然首筋を舐められた朱兎は、舐められた箇所を抑えながら鼬瓏に向かって勢いよく振り返る。その際に湯船のお湯が溢れたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「ほらほら、狭いんだから暴れない。お湯なくなっちゃうヨ?」
「あんたが入ってこなけりゃここまで狭くはなかったんだよ!」
にこにこと悪びれもなく笑っている鼬瓏を他所に、朱兎はご立腹だ。
(拒否権がないにしてもよ……こんな狭い風呂に一緒に入るのは勘弁して欲しい)
「こういうのって、日本だと裸の付き合いって言うんデショ?」
「どこで変な知識を得てきた……」
ニュアンスは間違ってはいないが、そんな物理的な言葉ではなかったように思える。日本人ですらそう捉えるものも多い言葉だが、実際に一緒に風呂に入らなくても良かったはずだ。
「取引先の社長さんにね……日本人と仲良くなるにはどうしたらいいか聞いてみたんだヨ」
「あー……」
納得がいった。そこでこれを吹き込まれ、早速実行に移したという訳だと。
「一緒に風呂に入れば仲良くなれるなんて、日本人の発想は面白いネ」
「……それを即行で実行するあんたのが面白いよ」
「褒めても夕飯の点心くらいしか出てこないヨ」
断じて褒めてはいない。ただ、そうまでしてコミニュケーションの手段を考えていてくれていたことに、少なからず好感は覚えた。
出会って間もないとはいえ、鼬瓏のことを知らなすぎる朱兎は彼にどう接すれば良いのかすらわからず持て余していたのは確かだ。それに免じてキュッと目を閉じて言葉を飲み込めば、なぜかチュッという軽いリップ音が響いた。
「……は?」
「可愛い顔してたから、キスしてほしいのかなって」
「ん、なわけねぇだろ!」
台無しとはこういうことなのだろう。少しだけ上がった好感度がジェットコースターのように急降下していったのは、もはや言うまでもない。
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