酔ったあんたが見たい

夏野ヴロ

文字の大きさ
上 下
7 / 12

酔い覚め.2

しおりを挟む

幸いと言っていいのか、俺と嵩原さんは所属するチームが違うため顔を合わすことはほとんどない。合わす可能性があるとするならば昼の時間だ。食堂や自販機の前、廊下でばったりなんてこともあるだろう。

なんて喋ればいいんだ。「この前はどうも」いやいや、どうもじゃねぇよ。「この間はありがとうございました」やけに仰々しいな、距離感感じるわ!しかも、ありがとうなんて言ったら俺もすごい良かったみたいな、いや良かったけど、それとこれとは別だ!

俺は嵩原さんとどうなりたいんだ。

「どうにもならないよなぁ……」

深くため息を吐く。そもそも俺と嵩原さんだ。どうにかなるなんて……。

「アッシー飯行こうぜ!」

どん、と椅子に衝撃が走った。こいつはいつもいつも一つのアクションがオーバーなんだよな。

そんなことを思いつつも俺に気兼ねなく接してくれる野坂に感謝している。ただちょっとびっくりしたし、結構な衝撃で背中が痛い。俺はよろよろと立ち上がり、野坂の横に並んで歩く。今日は食堂で食べるらしい。

「やべー今日、超豪華定食の日じゃん」

「ああ、どおりで人がたくさんいるわけだ」

食堂には人が溢れかえっていた。超豪華定食とはA5ランクの肉をしこたま使った超ボリューミーな逸品で値段はなんと750円と採算度外視した定食だ。超豪華と名乗るだけあり味もしっかり美味しい。

「俺あれにするわ!」

「えぇ、あの列に並ぶつもり?」

食券機の前には超豪華定食を買わんとする人たちが一列になり食堂の端まで並んでいた。

数量限定なので食券機のチケットが終わったらそこでおしまいなのだ。普通の定食はこの時ばかりは口頭で言うことになっているのでスムーズに昼飯にありつけるのだが、この男はどうやらあの定食を食べることに何回も失敗しているらしい。
これはもう意地だ。

「今日こそはな!アッシーの分も頼んどくから自販機でコーヒー買ってきてくんね?」

「……ん、じゃあよろしく」

そう言う俺もその定食を食べたことはない。野坂にお金を渡し、俺は同じ階の喫煙所にある自販機へと急いだ。


____________


自販機にも何故か人だかりが出来ていた。まあ、昼時だからだろうとあまり気にせずに無糖のコーヒーと微糖のコーヒーを買う。ちなみに微糖の方は野坂が飲む。

備え付けの背もたれの無いソファに座り、野坂からの任務達成LINEがくるのを待った。今食堂に帰っても座るところは無いだろうし混んでいるところにはあまり居たくない。

人だかりから黄色い声が上がった。
ふと、そちらに目を向けるとその中心で困ったような笑顔を浮かべている嵩原さんがいた。





あ、





と目が合った。



一瞬の出来事だった。俺は何故か目をそらしてしまう。胸の奥が苦しい。モヤモヤする。なんでだ。
俺は自分の革靴の爪先をじっと見つめて、その場をしのごうとしたが、それは嵩原さんによって防がれた。

「芦田さん、今こちらでやっている企画をそちらのチームとも協力したいので少し話しませんか」

嵩原さんはまるでその事が本当にあるかのように口を動かす。そんな事実は全くもってない。これから何を話すのか、俺にだって分かった。

俺は嵩原さんの顔を見ずに はい、と返事をした。

喫煙所から少し離れた休憩スペースに移動した俺と嵩原さんは窓際に置いてある椅子に座る。

沈黙が二人の間に流れた。

「……こ、コーヒー飲みますか?」

俺はなんとか言葉を振り絞って、その重い空気を取っ払おうと嵩原さんにコーヒーを差し出した。何も考えず嵩原さんに渡したのは野坂の分のコーヒーだった。差し出した物をここで引っ込めるわけにもいかず、野坂には犠牲になってもらうしかなかった。すまない。

「ありがとう」

嵩原さんは微笑んでそれを手に取ってくれた。パキッとプルタブを開けそれを一口飲む。俺もつられてコーヒーに手を伸ばした。

「さっきは利用しちゃってごめんね」

眩しそうに目を細め窓の外を覗いている嵩原さんが言う。今日は快晴だ。

「だ、大丈夫ですよ!誰だってあの状況じゃ逃げ出したくなりますよ、あ、でも俺はそんなことないから分からないですけど!」

馬鹿か俺は!自分のことなんか引き合いに出さなくてもそんなこと分かりきっているじゃないか!こんなところで卑屈になったってしょうがないだろ!

もっと嵩原さんとちゃんと話したいのに話そうと思えば思うほど意味が分からなくなってくる。

「……いつもはああいうことはしないんだ、本当は」

「え?」

嵩原さんは外に向けていた目をこちらに向けて言う。

「今日は、芦田さんが居たから」

へにゃ、と力なく笑っている嵩原さんの破壊力と言ったらもうそれはやばかった。心臓が鷲掴みにされたみたいにぎゅうぎゅうと音を立てていた。この人の溢れ出る好意に耐えられなくて俺の顔は熱くなった。そんなところを見られたくなくて手で顔を覆う。

「……ねえ芦田さん、俺のこと意識してくれてるの?」

見えなくても分かる。あの優しい顔で俺を見てる。だってこんな、こんなかっこいい人に好きだなんて言われてみろ、意識するに決まってるじゃないか。

「そ、それはそうですよ!だっ、て嵩原さんみたいな格好よくて完璧な人にあんな風に優しくされたら誰だって意識しますよ……!」

俺は早口でそう言った。会社で一番格好よくて、仕事も出来て、中身も何もかもが完璧で、上司からも後輩からも信頼されている、そんな人が嵩原さんだ。そんな人が自分にだけ向けてくれる笑顔や優しさを意識しない方がおかしいじゃないか。

「……そっか、ありがとね」

「?」

俺は首を少し傾げた。それは嵩原さんが悲しげな顔を浮かべてこちらを見ていたからだ。

「……俺は、芦田さんが言うみたいな完璧な人間ではないよ」

それに格好よくもない、と嵩原さんは嘲笑気味にそう言った。嵩原さんは一口コーヒーを含む。喉仏が下へ動く動作がゆっくりに見えた。

「小賢しくて自分勝手だよ、俺」

嵩原さんは申し訳なさそうな顔をしていた。

「そ、そんなこと……!」

ない、と言おうとした。けれど、嵩原さんが真剣な表情でこちらに向き直り、頭を下げたために発することが出来なかった。

「え、嵩原さん?!」

「……お金がなくてタクシーに乗れなかったのは嘘、お酒を飲ませる口実に芦田さんが欲しがっていたあの本をあげて断らせなくさせた、ストローで飲めば酔わないなんて真っ赤な嘘」

芦田さんを自分のものにしたくて、あの日のために考えた自分勝手な計画なんだ、と嵩原さんは言う。

「だから、あの日嬉しかった反面、物凄く後悔した。芦田さんを騙したこと、汚してしまったこと……」

嵩原さんはひどく傷付いたような顔をしていた。

「……で、も」

その後の言葉が続かなかった。俺は嵩原さんとどうなりたいのかハッキリしていなかったからだ。

「だから謝る、芦田さん本当にごめん」

また、嵩原さんは頭を下げた。

俺は何て言えばいいんだ。この人になんて声をかければ。


ピコン、とLINEの通知が入った。

「……芦田さん」

嵩原さんは俺の名前を呼んで顔を上げて言った。




「俺のことは忘れてください」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

双子に攻められる平凡な僕の話

雫@更新再開
BL
平凡な受けが攻められる話です。イケメンと美人二人に(双子)

夢から来た男に胃袋を掴まれている

井之ナカ
BL
不動産会社に勤める菊池旭は最近毎日見知らぬ美しい男に抱かれる夢を見ていた。 欲求不満なのだろうかと思いつつ仕事を終えて帰宅すると、何故か夢の中の男が美味しそうな夕飯を準備して旭を出迎えた。 美形インキュバス×平凡サラリーマンのアットホームアホエロライフ。 ※この作品に男性妊娠は含まれません。

マスターの日常 短編集

たっこ
BL
BARマスター×精神科医 リバカップルの短編集です。 リバが苦手な方はご注意ください。 ◆こちらの作品は短編集です。 新タイトルが完結する都度『完結』設定に致します。 明確な完結の目標があるわけではないため、思いついた時に短編を書いてアップするスタイルです(*_ _))*゜ ◆不定期に更新いたします。気まぐれなので、気長にお待ちいただければ幸いです。 ◆こちらは『本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした』のスピンオフです。 本編・続編を読了後、こちらを読むことおすすめいたします。 本編『本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/87863096/499770333  

兄が媚薬を飲まされた弟に狙われる話

ْ
BL
弟×兄

【完結】大好きな先輩に恋人ができたと知った夜、俺は大嫌いな先輩の親友に何故か抱かれていました。

赤牙
BL
大好きな一つ年上の直史の後を追いかけ続ける千景。 しかし、いつしか直史の隣には千景に意地悪な態度を取る苳也の姿が……。 楽しい直史との高校生活も苳也のせいで、二人きりの思い出など作れずにいた……。 大学でも三人はいつも一緒で……千景が20歳を迎えた12/23の夜、少し早めのクリスマスを三人で祝う。 初めてのお酒…美味しいご飯…苳也がいなけりゃ完璧なのに……と、思っていたところに直史が衝撃の事実を話し始める。 「俺、恋人ができたんだ〜」 その事実にショックを受けた千景は酒を煽り……記憶を飛ばし…… 目覚めた時には直史のベッド…… そして、何故か鉛のように重たい腰…… というか、俺……なんで直史先輩の部屋に……? 大混乱の千景の前に現れたのは大嫌いな苳也で…… そして、千景は下半身すっぽんぽんなわけで……。 意地悪な先輩×酔ったら◯◯な後輩のドタバタ初夜! R18の短編です! 完結しているので毎日更新です〜! R話には【✳︎R✳︎】で題名に表記しておきます! 【追記】9/9 『何かが始まるクリスマスの夜』で完結分は終わってしまったのですが、二人の両想いからのハッピーイチャラブ初夜を後日投稿していきたいと思います☆ 時間はかかりますが、投稿して際にはお付き合いの程よろしくお願いしますm(__)m

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

同僚の裏の顔

みつきみつか
BL
【R18】探偵事務所で働く二十五歳サラリーマン調査員のフジは、後輩シマと二人きりになるのを避けていた。尾行調査の待機時間に、暇つぶしと称してシマとしごき合うようになり、最近、行為がエスカレートしつつあったからだ。 ある夜、一週間の張りつき仕事に疲れて車で寝ていたフジのもとに、呼んでいないシマがやってくる。そしてモブ男女の野外セックス現場に出くわして覗き見をするうちに、シマが興奮してきて――。 ◆要素◆ イケメン後輩執着S攻×ノンケ先輩流され受。 同じ職場。入社時期が違う同い年。 やや無理矢理です。 性描写等は※をつけます。全体的にR18。  現代BL / 執着攻 / イケメン攻 / 同い年 / 平凡受 / ノンケ受 / 無理矢理 / 言葉責め / 淫語 / フェラ(攻→受、受→攻)/ 快楽堕ち / カーセックス / 一人称 / etc ◆注意事項◆ J庭で頒布予定の同人誌用に書く予定の短編の試し読み版です。 モブ男女の絡みあり(主人公たちには絡みません) 受は童貞ですが攻は経験ありです ◆登場人物◆ フジ(藤) …受、25歳、160cm、平凡 シマ(水嶋) …攻、25歳、180cm、イケメン

顔バレしたくなくて陰キャを装ったら速攻バレました

ネコフク
BL
事情があって顔バレしないように前髪を伸ばし、大きなメガネをかけ陰キャな姿で幼なじみの智也と一緒に山奥にある男子校に入学した志摩。陰キャとして地味に三年間を過ごすつもりだったのに入学当日からオカン属性の智也に担がれ廊下を走られた事により目立たない学園生活グッバイ。せめて顔バレだけはと思っていたのにソッコー生徒会長の黒主青藍にバレました。風紀委員長の如月緋色にもバレたけど志摩の姉兄の説得(脅迫)で守ってもらえる事になったのはいいけど何故かエロ格好いい会長とエロい声の風紀委員長にグイグイ来られ・・・俺くらくら腰砕けなんですけど⁉ 生徒会長×主人公、風紀委員長×主人公。3Pはありません。 全13話、番外編3話、ifの世界2話予定、本編完結済。その後は多分ゆっくり更新します。 ※6話目に主人公が女にレイプされる会話があるのでご注意下さい。 小説家になろうさんで投稿済。

処理中です...