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酩酊.1
しおりを挟む嵩原さんの家に着く。超高層ビルの最上階に住んでいるかと思っていたが、普通に洒落たアパートに住んでいた。
「じゃあ、俺これで帰りますけど今日はお疲れさまでした」
またここから一時間ほどかけて家に帰るのは、なかなか骨が折れるが帰らないわけにもいかない。そんなことを考えて少し気が重くなっていると。
「……芦田さん、もしよければだけどうち今日泊まってく?」
「……え?」
「時間も時間だし、どうかな?」
正直に言ってしまえば、すぐにでも風呂に入って寝たい!でも、甘えてしまっていいんだろうかあの嵩原さんに……。
俺は自分の疲労と後輩としての遠慮を天秤にかけた結果。
「お、おじゃまします!」
嵩原さんの家に泊まることにした。
嵩原さんの部屋は家具一つ一つでさえも輝いているかのように感じるほど綺麗だ。
「芦田さん、先にお風呂に入っちゃって」
ネクタイを取りながら嵩原さんは言う。
その一つの動作さえも綺麗で、もうさすがとしか言えない。
「え、や嵩原さん先に入ってください、俺先に入るなんてとんでもないです」
「いいんだよ、お客さんだし、それに疲れたでしょ」
そうして結局、俺が先に風呂に入ることになった。
俺に出来ることは一秒でも早く風呂から上がることだ。
そう意気込みながらシャンプーを手に取り、ポンプを押した。きっと高いシャンプーなんだろう、泡立ちがめちゃくちゃにいい。おまけに香りもいい。
嵩原さんとすれ違うときに香る清潔感はここから作り出されているに違いない。手早に頭と体を洗い、さっさと風呂から上がる。
脱衣所にはふかふかのバスタオルと綺麗に畳まれた黒のTシャツとスウェットのズボンとまだ包みから出していない新品のボクサーパンツが置かれていた。
いや、ほんと準備までもがイケメンすぎる。
それらをせっせと着て、先ほどの部屋に戻った。嵩原さんはソファに座り、ノートパソコンを開いてなにやら調べものをしているようだった。
「お、お風呂ありがとうございました」
バスタオルでごしごしと髪の毛を拭く。ふわりと漂う柔軟剤の香りが心地いい。やばい、俺もこの柔軟剤にしようかな。
俺が風呂から上がったのと入れ替わりで、今度は嵩原さんが風呂に入った。
くつろいでいいと言われたものの、俺は促されたソファの上でただ座っていることしかできなかった。
暇なので改めてぐるりと部屋を見てみた。高さの揃った家具、ほこりなんて落ちてもいなさそうなフローリング、枯れてない観葉植物とどれをとっても非の打ち所がないような部屋だ。
ふと、白い本棚が目についた。そこへ近寄ると、経済の本やマナーの本、処世術の本まで並べられていた。
(やっぱちゃんと勉強してるんだな)
本棚はスライド式になっていて、俺は出来心でそれを動かした。経済の本など裏の棚には話題になっている小説や気に入っているのであろう作家の本がずらりと並べられていた。
その中には俺が人生を歩んでいく上での教本とでも言うべき小説があった。
(嵩原さんも読んだんだ)
俺はそれを手に取って、パラパラとページを捲った。嵩原さんは本に書き込みをするタイプの人らしく、青のマーカーで線を引いてあった。
"酔った私を見て、そんなあなたも好きだと伝えてくれた彼がいた。今思えば彼は私の痴態や欠落してしまった理性を愛していたのだ。"
俺はそんな一文が目についた。
嵩原さんにそう言ってくれた彼女が居たのかもしれないし、現在進行形で居るかもしれない。
(って居るに決まってるだろ)
俺はアホか。あんな格好いい人に居なかったら俺なんて一生できないぞ!
「面白い本でもあった?」
「わっ!!!」
突然声をかけられ、思わず声をあげてしまう。
すかさず、嵩原さんは口元に人差し指を立てた。
「お隣さんが起きちゃう」
嵩原さんはそう言って少し笑って見せた。
「なんか気になる本があれば借りてっていいよ」
そんなことを言いながら、嵩原さんはガパッと冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。
「え、いいんですか!」
実は気になっていた小説があったのだ。書店へ行っても在庫切れ、入荷待ちの今や手に入れるのが困難な代物がなんと嵩原さん家のこの本棚にあった。
自分も書店で入荷したら連絡を入れてもらうようにしてもらってはいるが、どうしても今すぐ読みたい。
「こ、これ借ります!」
「ん、いいよ」
プシッと缶ビールのプルタブを開けながら嵩原さんはにこやかに頷いた。
俺はそそくさと自分の鞄にその本を入れた。内心とんでもなく浮かれているのか、ふにゃふにゃと顔の筋肉が緩んだ。
「嵩原さん本当にありがとうございます!一週間以内には返しますので!」
嵩原さんがいるソファの近くで正座をして頭を下げた。嵩原さんはそんなことしなくていいよ、と
焦った声色で言った。
「そんなすぐに返さなくても平気だよ?それに芦田さんが良ければ、その本あげるし」
「や、嬉しいですけど……!でもやっぱりそれは」
俺が食い下がると嵩原さんは少し考えてからこう言った。
「あ、じゃあ今日俺の晩酌に付き合ってよ、ね」
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