華々の乱舞

こうしき

文字の大きさ
上 下
3 / 48
第一章

第二話 乱暴な会議

しおりを挟む
「──で、どうすっかな」

 玉座の間から下がった六人は現在、塔の東側──円状の控室で顔をつき合わせて、今後の予定を確認していた。
 部屋の形状に合わせて設置された大きな円卓を中心に、同じような形のソファがぐるっとそれを取り囲んでいる。
 窓から射し込む光に、シムノンは目を細めながらグラスを煽った。

「何を悩むことがある。全員殺せばいいだけの話だろうが」

 ソファの一番端に腰掛けたアンナが、胸の下で腕を組む。不満げに鼻を鳴らし、サングラスの奥の瞳はシムノンを睨んでいた。

「アンナよー、お前いくつだ?」
「はあ? なんだ急に」
「いいからさぁ」

 話を逸らしてもこの男はしつこそうだ──仕方なしにアンナはシムノンの問に答えることにした。

「七十七」
「お前、姓はグランヴィっつったよな? ティリスだろ? 仮年齢は?」

 矢継ぎ早なシムノンの質問に、アンナの眉間の皺が深くなる。舌を打ちつつもその質問に順に答えてゆく。

「グランヴィ。アンナリリアン・ Fファイアランス・グランヴィ。エドヴァルト・ Fファイアランス・グランヴィの娘だ。当然ティリスだ」

 ティリスはエルフと人間のハーフだ。大昔に交わった二つの血は、今や全く珍しいものではなくなっていた。ティリスという種族数は現在、エルフとほぼ同等であった。

「やっぱりエドヴァルトの娘かよ。通りで顔が似てると思ったんだよなあ。んで、仮年齢は?」
「──十五」

 仮年齢というのは、ティリスの年齢を人間に当てはめた呼称である。エルフとは違い不老不死ではないティリスは、五年で一歳年を取る。七十七年生きているアンナの見た目は、人間の年齢で換算すると十五歳程度。

「十五にしちゃあよ、お前……なんつーか、体つきが……」
「シムノン?」

 横から飛んでくるのはソフィアの鋭い声。シムノンの言わんとすることを悟った彼女は、その身をぐっとシムノンに寄せて下から彼を睨んだ。

「仕事の話を進めましょ?」
「……そうだな」
「彼女と話をしたいのなら、とりあえず仕事の話を済ませてからでしょう?」
「……そうだな」

 顔を引き攣らせ、ソフィアの視線から逃れるシムノン。助けを求めるように橙髪の女へと声をかける。

「ルーファはどう思うよ?」
「アタシ?」

 ルーファと呼ばれた女は、筋肉質な足を組み直しながら天井を仰いだ。橙色の髪に瑠璃色の瞳──それらは彼女が戦闘民族ライル族であることを示していた。

「敵国の奴は全員殺してもいいんじゃね?」
「駄目だろ」
「なんでだよ」
「いつも言うけどよ、俺たち一応賢者として名が通ってるんだぜ。あまり殺しはしたくねえ」

 ジャケットの内側から取り出した煙草に火をつけながらシムノンがルーファを見やる。その態度にアンナは舌を打ち机を蹴り上げた。

「お前、殺し屋のあたしを前にしてよくそんなことが言えるな、おい」
「俺からしたらどうして国王が殺し屋のお前を雇ったのかが疑問だ」
「簡単なことでしょ」

 今まで口を開かなかったナサニエフ──短い白髪に金と藤色のオッドアイの男──が、唐突に割って入った。

「国王はさぁ、さっさと戦争を終わらせいんだよ。敵国の奴等がどれだけ死のうが、あの国王には関係ないからね。それに」
「それに?」
「最近のファイアランス王国は、暗殺業だけではなく戦争の終結依頼も請け負ってるらしいしさぁ。彼女が殺し屋としてこの場に来たってのはちょっと違うよね」
 
 事実アンナは──父からこのくだらない戦争を終結させるよう命令されて、この場にやって来た。世間で名高い賢者達と共闘しろとは一言も言われていなかったのだが。

「シムノンの言い分もわかるけどさあ、一応僕達雇われの身だよ? 仕事に感情を挟むなんて愚かなこと止めて、さっさと片付けようよ」
「そうだが……」
「早く終わらせれば終わらせるほど、無駄な犠牲が出ないってことくらい、わかってるんでしょ」
「そうだがよ……」

 靴の裏で煙草を揉み消したシムノンは立ち上がると、乱暴に頭を掻きむしった。吸殻をズボンのポケットに突っ込むと、新たな煙草に火をつけた。

「仕方が……ねえのかな」
「そもそも、この仕事を引っ張ってきたのはシムノンだよ」
「んなことはわかってんだよ……」
「おい」

 すく、と立ち上がったアンナがシムノンに詰め寄った。彼の咥えている煙草を握り潰すと、それを手の中で燃やし尽くした。

「お前を見てるとイライラする。男ならさっさと決断しやがれこの野郎」
「……うるせぇ」

 室内をしばし静寂が支配する。それを打ち破ったのはアンナの舌を打つ音だった。くるりと身を翻すと彼女は踵を鳴らしながら部屋から出ていこうと歩みを進める。

「どこへ行く」
「戦場に決まってんだろ。今日中にこの戦争を終わらせてやる」
「お前! 勝手なことを!」

 シムノンの叫び声はアンナには届かない。踵が廊下を打つ音がどんどん遠ざかって行った。

「クソッ! あの女、顔はいいけど性格は最悪だ!」

 悪態を吐いたシムノンは椅子を蹴り上げアンナが出ていったドアを睨む。「どうするの?」と言うソフィアの呆れ声で落ち着きを取り戻した彼は、腕を組み室内をぐるぐると歩き回った。

「行くしかねえだろうが」
「それで?」
「止める」
「無理だな」

 押し黙っていたレフが口を開いた。金と青のオッドアイを細め、何やら遠くに視線を投げていた。

「あの女を止めることは容易ではない。それとルーファ」
「なんだい?」
「気を付けろ」
「……いつもの勘かい?」
「ああ」

 彼が魔法使いであるからかどうなのかは定かではないが、レフの勘はよく当たる。彼の言葉にナサニエフの言葉が上書きされると、それはもう大方予言に近いものとなってしまう。

 ──少しだけ未来を見ることの出来る、ナサニエフの藤色の瞳。彼が何と引き換えにその力を得たのかは誰も知らない。

「僕からも言わせてもらっていいかな」

 一瞬だけ天を仰いだナサニエフは、視線をシムノンに向ける。眉間に皺を寄せたシムノンは立ち止まりナサニエフの言葉の続きを待った。

「緋鬼、あと五分で戦場に到着するよ」
「はあ!? ふざけんな早すぎだっつーの!」

 慌てて部屋から飛び出す彼の背を、仲間たちは静かに追った。


 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

千年巡礼

石田ノドカ
ファンタジー
 妖怪たちの住まう世界に、一人の少年が迷い込んだ。  見た事もない異形の蔓延る世界だったが、両親の顔を知らず、友人もいない少年にとって、そこは次第に唯一の楽しみへと変わっていった。  そんなある日のこと。  少年はそこで、友達の咲夜を護る為、命を落としてかけてしまう。  幸い、咲夜の特別な力によって一命は取り留めたが、その過程で半妖となってしまったことで、元居た世界へは帰れなくなってしまった。 『方法はないの?』  方法は一つだけ。  妖たちの宿敵である妖魔の長、『酒吞童子』を、これまでと同じ『封印』ではなく、滅することのみ。 『ぼく、こんどこそ、さくやさまをまもるヒーローになる!』  そんな宣言を、仲の良かった妖らは馬鹿にもしたが。  十年の修行の末——  青年となった少年は、妖たちの住まう国『桜花』を護るための部隊へ所属することとなる。

母になる、その途中で

ゆう
恋愛
『母になる、その途中で』 大学卒業を控えた21歳の如月あゆみは、かつての恩師・星宮すばると再会する。すばるがシングルファーザーで、二人の子ども(れん・りお)を育てていることを知ったあゆみは、家族としての役割に戸惑いながらも、次第に彼らとの絆を深めていく。しかし、子どもを愛せるのか、母親としての自分を受け入れられるのか、悩む日々が続く。 完璧な母親像に縛られることなく、ありのままの自分で家族と向き合うあゆみの成長と葛藤を描いた物語。家庭の温かさや絆、自己成長の大切さを通じて、家族の意味を見つけていく彼女の姿に共感すること間違いなしです。 不安と迷いを抱えながらも、自分を信じて前に進むあゆみの姿が描かれた、感動的で温かいストーリー。あなたもきっと、あゆみの成長に胸を打たれることでしょう。 【この物語の魅力】 成長する主人公が描く心温まる家族の物語 母親としての葛藤と自己矛盾を描いたリアルな感情 家族としての絆を深めながら進んでいく愛と挑戦 心温まるストーリーをぜひお楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...