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3/“とおや”

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 とおや──大家おおや 桃哉とうやとは、本当に幼い頃からの付き合いだった。わたしが三歳の時両親が購入した一軒家の隣に住んでいたのが、大家一家だった。同い年の子を持つ母達は直ぐに仲良くなったようで、そこからはずっと家族ぐるみの付き合い。

 勿論とおやは男でわたしは女だけれど、漫画やドラマのように恋愛関係に発展するなんてことは全くなかった。彼もそうだと思うしわたしもそうだが、互いの間に性別の差という概念がなかったのだと思う。実際高校生になっても彼の部屋で一緒にテレビゲームをしていたし、勉強を教えてあげたりもしていた。

「久しぶり、とおや。成人式から会ってなかったっけ?」
「そんなに経つか?」
「うん」

 注文したお酒に口をつけながら、五人で思い出話に浸った。中学三年生の頃は揃って同じクラスだったので、話は驚くほど盛り上がっていた──お酒が進みすぎるほどに。

「部屋の件、おじ様にもだいぶお世話になっちゃった」
「あー、うちに来たんだっけか? 悪かったな、営業で出ててさ」
「ううん」

 とおやの実家は地元では有名な不動産会社だ。社長は彼の父で、わたしは大学卒業後に部屋を借りる際、彼の父──隣の家のおじ様にかなりお世話になったのだ。

「いいよねえ、大家くんち。大家くんと結婚したら玉の輿だーっ! って、中学の頃みんな言ってたんだよ」
「マジかそれ」
「みんなではないでしょ、夕実」

 ゆーちゃんの言葉に食いついた可原くんを、葵が呆れるように眺めている。ゆーちゃんはだいぶ飲んでいるのか、頬を赤く染め服の胸元にパタパタと風を送り込んでいた。色っぽい仕草だな、と見つめているとグラス越しに可原くんと目が合った。仕方がないにしても可原くん、ゆーちゃんの胸元を見つめすぎだと思う。

 前言撤回。彼はゆーちゃんに相応しくはないな。

「担任のさあ、仲村、結婚したらしいぜ」
「うっそー! マジで? あり得ない! あんなのが結婚出来るんなら私でも出来るよね~、大家くん」
「え、あ、うん」
「何よその間!」

 怒った葵がとおやの頭にチョップを食らわせた。大袈裟に笑った彼は「ちょっとトイレ」と言って席を立つ。「俺もー」と可原くんが続き、室内には女三人が取り残された。

「可原くん、なんか良いかも」

 皿の中の唐揚げをつつきながら、ゆーちゃんが呟く。

「えー、駄目だよ。ゆーちゃんの胸ばっかり見てたもん」
「ばっかりって……」
「そうだよ夕実、もっと紳士な男でなくちゃ、あんたを幸せにしてくれないって」
「そ、そうなのかな」

 グラスの中の酎ハイをちびちびと飲む彼女は、本当に可愛らしい。葵はというと、ビールジョッキを豪快に呷っていた。うん、彼女は相変わらず格好いい。

「ほたるはさ、ほんっと大家くんと仲良いよな」
「ほんと、羨ましい」
「えー? ただの幼馴染みじゃん」
「それがいいんじゃん」
「何それぇ」

 酎ハイを飲み終えてしまった。テーブルの上の料理も片付いてきたし、そろそろお開きかもしれない。

「昔からずっと『とおや』って呼んでるしさ」
「それ、もう癖みたいなものなんだよね」

 わたしととおやが出会ったのは三歳だ。「とうやくん」と上手く発音できなかった幼いわたしは、あの頃から「とおやくん」と彼のことを呼び始めた。年齢を重ねて「とおやくん、ほたるちゃん」と呼ぶことはなくなったが、未だにわたしは「とおや」と呼ぶし、彼は「ほたる」と呼ぶ。信頼の証のようなものだった。

「飲みすぎたかもしんねえ……」
「大丈夫、とおや?」
「俺はまだ飲み足りないかなあ」

 トイレから戻ってきた二人は、テーブルの前にどかりと腰を下ろした。可原くんは平然とした顔だったが、とおやはぼんやりとしている。彼とお酒を飲んだのはこれが初めてだったから、その表情はなんだかとても新鮮な感じがした。

「どうする、解散するか?」

 まだ飲み足りないといった感じ顔の葵が、食器を重ねてテーブルを片付け始めた。ゆーちゃんはまだちびちびと酎ハイを飲みながら、会計の割勘計算をしているようだった。そういえば彼女は見かけによらず、お酒に強いんだった。

「俺、もう一軒行こうかな」
「私も行く~!」
「夕実が行くなら私も行くよ。ほたるは?」
「わたしはとおやを送るよ」

 とおやは不満げにわたしを見上げている。彼が言いたいことはそれなりに理解出来る──けれど。

「子供扱いすんなよ」
「言うと思った」
「一人で帰れるし」
「ふらふらじゃん……」

 とおやの分とわたしの分、二人分のお金をテーブルに置くと、彼の背を追った。

「大丈夫ほたる?」
「何が?」
「何がって……大家くん一応男だよ? 大丈夫か?」
「とおやだよ? 心配ないって葵」
「……まああんたなら何かあっても大丈夫なんだろうけど」
「そうだよ、心配し過ぎだって。じゃあ、みんなまた飲もうね」

 パタパタと駆け足でとおやを追うと、案の定彼は店の入口に座り込んでいた。顔を伏せ、何だか辛そうだ。

「大丈夫?」
「…………」

 よほど辛いのか返事はない。「ちょっと待ってて」と言い残すと、わたしは近くの自販機で水を買って彼に渡した。

「飲んだら?」
「……ありがと」
「タクシー、乗れる?」
「そんくらい、大丈夫だ」

 彼の肩を支えようと差し出した手は、丁重に押し返された。呆れながら溜め息を吐くと、わたし達はタクシーに乗り込み、とおやの家へと向かった。





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