上 下
43 / 47

43、~佐藤マユside10~ 効かない魔法契約書

しおりを挟む
 
 契約の日。

 マユと宰相が待っている王子の部屋に博美が来た。

 バリキャリらしく、最初に見たパンツスーツ姿だ。

 お互いに上っ面の挨拶を交わし、博美は案内された王子の正面の席へ着いた。

「用意したものだ」

 早速用件に入った王子の言葉に、博美はテーブルの上にあった金貨の入った布袋に目を向ける。

 テーブルの上にはずっしりとした金貨の布袋が三つ並んでいた。

「こんなに早く慰謝料が貰えるとは思っていませんでした」

 そう言いながら、テーブルの上にある金貨の入った布袋を開けて中を確かめていた。

 満足げに頷くと、そのまま鞄に入れる。

 え?

 当惑する皆の前で、堂々と自分の鞄の中に金貨の袋を入れていくのだった。

 一つ、二つ、三つ。

 マジか、この女。全部鞄に入れたぞ。

 魔獣を引き取るつもりはないのか?

 マユと同じく、宰相も慌てる。

「慰謝料を受け取られるということは、魔獣は引き取らないということでしょうか」

 その言葉にハッと気づいたように、バリキャリは照れたように笑みを浮かべた。

「あ、そうでしたね。失礼しました。忘れていました」

 博美はカバンの中から布袋をテーブルの上に戻した。

 一つ、二つ、三つ。

 ホッとした空気の中、すかさず宰相が魔法契約書を博美の前へ置いた。

「これが先日、お話させていただいた契約内容です。こちら慰謝料と交換で魔獣をお譲りするという契約書になります」

 魔法契約書登場だ。

「納得されましたら、こちらにサインを」

 宰相から受け取ったペンを手に持ち、博美は魔法契約書に目を通す。だが、突然、眉を顰める。

 なんだ? 文章は問題ないって言っていたが、また宰相のミスか?

「あの、何か問題でも?」

 慌てて宰相が聞いた。

「いえ、少しこの文言が気になるところがございまして。少し修正してもよろしいでしょうか」

 博美の言葉にソファでふんぞり返って座っている王子が応える。

「好きにすればいい」

 マユも冷ややかな視線を博美に向けていた。

 いくら魔法契約書の文面を修正しようが、この女は魔獣を手に出来ないのだ。ほんとうに最後まで無駄なことを。

 博美がスラスラと書き換えているのを宰相が覗き込んで、王子に目でサインを送る。

 問題ないと言う合図だ。

 そうして書き直された魔法契約書を博美は宰相に渡した。

 確認のため、王子の手元に魔法契約書が渡る。

 王子が目にしている契約書をマユが覗き見た。

 金貨三袋という個所に二重線が引かれ、布袋三個と修正されていた。

 ただそれだけ。

「ふっ」

 王子が鼻で笑った。当然だ。バリキャリがしたのは、意味のない修正だった。

 こんなところにまで来て、仕事ができるアピールするなんてマジうざすぎ。

「さすがお仕事できる女性は、違いますね」

 言いながらマユは内心バカにしていた。

 こういう女は、一方的にこちらが用意した文面の契約書にサインするだけじゃ負けたように感じるのだ。これまでもこうしてチマチマとつまらないことで自分をアピールしてきたに違いない。

 無駄なことを。

 王子もマユと同じように思ったらしく、バカにした笑みを浮かべてサインする。

 王子から受け取った魔法契約書を宰相が博美の元へ返す。

 博美も王子の後にサインする。

 すると、魔法契約書は二枚になった。

 博美がソファから中腰になって王子に手を差し出した。

「これで契約成立ですね」

 王子も手を出して二人は握手した。

「ああ」

 お互いにそれ以上の言葉を交わすことなく、手を離した。

 そして机にある契約書の一枚を鞄に直した博美が、マユへ視線を向けた。

「マユさん、この世界でお互いに頑張りましょうね」

「ええ。あなたもお元気で」

「皆様、ごきげんよう」

 そうして契約を終えたバリキャリは部屋から出て行った。

 ピンと背中を伸ばし、ここへ召喚されたときとおなじパンツスーツ姿で、その後姿はどこか誇らしげだった。

 ふん、仕事ができるバリキャリだと思ったら、ただのお人よしだったってことだ。

 いや、ただのバカだ。

 自分が貰うはずの賠償金を返してまで、魔獣を引き取る契約をした。

 もうすこし賢い女だと思っていた。

 マユはテーブルの上に置かれたままの布袋の三個を見た。

 自分が貰うはずだった賠償金を魔獣のために使うなんて、ほーんとバカ。

 でもそれも無駄な事。いくら賠償金のお金と交換の契約書を結んでも魔獣を手に入れることが出来ないからだ。

 そもそも、あんな化けモノを連れて歩くなんて、考えられない。

 周りから、どう見られるかわかっていないのか。

 しかも自分が貰うはずだった賠償金まで返して……。

 だが、なぜかイライラが治まらないマユは水をお酒に替えて飲む。

 実験の結果、マユは水をお酒に替える力があることを知った。

 そのお酒を飲むとイライラが治まっていくのだ。

「上手く行ったな、宰相」
「やりましたね、王子」

 ハロルド王子と宰相はお互いに顔を合わせてニヤニヤしていた。

「俺の言った通りだろ」
「さすが王子でございます」

 宰相がテーブルの上にある布袋の三つの大金をみて、
「お金も戻ってきましたし、魔獣もこの屋敷から出られません」

 二人は、大喜びでハイタッチまでしていた。

「ねぇ、王子。アレを見せてくださいな」

 マユは王子にしなだれかかる。

 王子はズボンの裾をめくった。そこには以前見た、くすんだ色のアンクレットがあった。

 宰相がテーブルの上にある魔法契約書に目を向けた。

「魔法契約書は必ず実行される効力がありますが、今回の契約ではあの部分だけは無効となります」

「ああ、魔獣には秘密があるからな。アイツに関しては魔法契約書なんてまったく効かない」

 王子が足首のアンクレットを見ながらニヤニヤ笑う。

「このあるじの鎖があるかぎり、魔法契約など何の役に立たない。魔獣は、ずっと俺の奴隷のままだ」

 王子が魔法契約書に穴がると言っていたのは魔獣にかかった呪いのことだった。魔獣の額にあるヘッドチェーンが呪いの鎖。ついとなった主の証が王子の足首にあるアンクレットだ。そのほかにも複雑な呪いが魔獣にはかかっているが、周りに影響はないということで王子は奴隷商から買ったのだった。

「さすがです。ほんと、マユ、王子を惚れ直しちゃいました。呪いの部分は無効になって、他の約束事項は有効になるんですものね」

「そうだ。これであの女はこちらに責任を求めてくることも出来ない。ワハハハハ。あの女も大したことなかったな。自分が賢いと思っているのだろうが、俺はその上を行くんだ」

「ええ、本当に。やりましたね王子。魔獣は自分が呪いの掛かっていることさえ言葉にできないのですから」

 だが、万が一を考え、契約の日まで王子は魔獣とあの女が接するのを禁じていた。

「そうだ、面白いことをやってやろう。今から、あの女は魔獣を連れて屋敷から出て行くはずだ。だが、魔獣は地下から一歩も出られなくしてやろう」

 すると、王子のアンクレットの鎖が不気味に光った。

「もし、王子の意思を反した行動をすると魔獣はどうなるのですか」

「呪いによって体は引き裂かれて死ぬ」

 それを聞いて、宰相が首をふる。

「本当に呪いとは恐ろしいですね」

「そうだ、呪いは魔法でも解けない。だから皆呪いを怖がるんだ」

「魔獣が王子の意思に反した行動をすると、死ぬのですよね。本当にそのような行動を魔獣が起こしたら、王子も困ってしまうのでは? 魔獣がいなくなったら困りますよね」

 マユがしなだれかかりながら王子に聞いた。

「自分の身体や命を犠牲にしてまで、歯向かう奴などいるか。そんな奴がこの世にいると思うか」

「そうですね。誰もが自分が一番大切なのですから。でも、私は違いますよ。マユは王子のためなら何だってします」

 王子がマユの頭をなでる。

「これが愛の力か」

「ええそうです。マユは王子の事を愛していますから」

 だれがお前なんかのために死ねるか! そもそも全然愛してねーし。

 愛のために死ねる奴なんていねぇよ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

婚約破棄と追放をされたので能力使って自立したいと思います

かるぼな
ファンタジー
突然、王太子に婚約破棄と追放を言い渡されたリーネ・アルソフィ。 現代日本人の『神木れいな』の記憶を持つリーネはレイナと名前を変えて生きていく事に。 一人旅に出るが周りの人間に助けられ甘やかされていく。 【拒絶と吸収】の能力で取捨選択して良いとこ取り。 癒し系統の才能が徐々に開花してとんでもない事に。 レイナの目標は自立する事なのだが……。

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

蜜柑
ファンタジー
*第13回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。ありがとうございました。* レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。 ――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの? 追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※序盤1話が短めです(1000字弱) ※複数視点多めです。 ※小説家になろうにも掲載しています。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される

沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。 「あなたこそが聖女です」 「あなたは俺の領地で保護します」 「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」 こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。 やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

婚約破棄された真の聖女は隠しキャラのオッドアイ竜大王の運命の番でした!~ヒロイン様、あなたは王子様とお幸せに!~

白樫アオニ(卯月ミント)
恋愛
「私、竜の運命の番だったみたいなのでこのまま去ります! あなたは私に構わず聖女の物語を始めてください!」 ……聖女候補として長年修行してきたティターニアは王子に婚約破棄された。 しかしティターニアにとっては願ったり叶ったり。 何故なら王子が新しく婚約したのは、『乙女ゲームの世界に異世界転移したヒロインの私』を自称する異世界から来た少女ユリカだったから……。 少女ユリカが語るキラキラした物語――異世界から来た少女が聖女に選ばれてイケメン貴公子たちと絆を育みつつ魔王を倒す――(乙女ゲーム)そんな物語のファンになっていたティターニア。 つまりは異世界から来たユリカが聖女になることこそ至高! そのためには喜んで婚約破棄されるし追放もされます! わーい!! しかし選定の儀式で選ばれたのはユリカではなくティターニアだった。 これじゃあ素敵な物語が始まらない! 焦る彼女の前に、青赤瞳のオッドアイ白竜が現れる。 運命の番としてティターニアを迎えに来たという竜。 これは……使える! だが実はこの竜、ユリカが真に狙っていた隠しキャラの竜大王で…… ・完結しました。これから先は、エピソードを足したり、続きのエピソードをいくつか更新していこうと思っています。 ・お気に入り登録、ありがとうございます! ・もし面白いと思っていただけましたら、やる気が超絶跳ね上がりますので、是非お気に入り登録お願いします! ・hotランキング10位!!!本当にありがとうございます!!! ・hotランキング、2位!?!?!?これは…とんでもないことです、ありがとうございます!!! ・お気に入り数が1700超え!物凄いことが起こってます。読者様のおかげです。ありがとうございます! ・お気に入り数が3000超えました!凄いとしかいえない。ほんとに、読者様のおかげです。ありがとうございます!!! ・感想も何かございましたらお気軽にどうぞ。感想いただけますと、やる気が宇宙クラスになります。

処理中です...