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34、~佐藤マユside9~ 計略(後編)

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 すぐさまマユは甘えた声で王子に尋ねる。

「どういうことですか、王子様。マユに教えてください」

「教えてやれ、宰相」

「はい。昨日立てこもったサイモンとカルロスの兄弟はグリアティ家の長男と次男です。昔から評判が悪く、これまで何度も問題を起こしグリアティ家がお金で解決してきました。ですが騎士団まで首になって王都にもいられなくなり、グリアティ家の当主である父親がハロルド王子にお金を払うので、この屋敷で門番に使って欲しいと頼まれたのです。なのであの兄弟がいる限り、お金が入って来ていました」

「それがお金の生る木ということですね」

「そうです。しかし、昨日、サイモンはハロルド王子の部屋に立てこもり、しかも呪いのかかったカルロスまで連れてきました。あの場で衛兵たちに切り捨てられても誰も文句は言いません」

「だが俺は考えたのだ。弟は呪いでダメでも兄だけでも生きて捕えれば、グリアティ家と交渉の材料になると。だから衛兵たちに殺さず、拘束するよう命令したのだ」

 大金が手に入るならあの兄弟はどうでもいい。
 だが、魔獣だ。魔獣もアイツらの仲間なのだ。

「でも、魔獣はもちろん処分されますよね。だってあの魔獣もあの二人の仲間だったのでしょ。あんな魔獣は金なんて持ってないのですから、きちんと責任を取らせないと」

「それがなぁ、宰相」
「ええ」
 王子と宰相は顔を見合わせて思惑があるようにニヤニヤしていた。

「あの博美という女は魔獣の事を随分と気にかけている。そうだろ、宰相」
「はい。是非とも魔獣に処分がないようにと、エミリーからも伝言を承っています」

「その話を聞いて俺はまた閃いたのだ。あの女がそこまで魔獣に執着するなら、取引を持ち掛けようと」

「取引ですか?」

 マユが首をかしげる。

「あの女にはこの屋敷からさっさと出て行ってもらうために慰謝料を用意する。もちろんグリアティ家から大金を受け取った後だが」

「え? 本当にあの女にお金を払うつもりですか」

「最後まで聞け、マユ。いったんは払うのだ。そして、あの女が受け取った慰謝料の金で、魔獣を自由にしてやるつもりはないかと取引を持ち掛ける」

「あの女に魔獣を売り渡すってことですね。その慰謝料のお金で」

「そうだ。だが、俺は魔獣を手放すつもりはない。あれほどの魔術をつかえるのだ。これからも利用する」

「王子はバリキャリを騙すつもりですか。あの女が騙されるようには思えないのですが」
 
 どう考えてもこの王子よりあのバリキャリの方が一枚上手だ。
 それにあの毒入りパンでも失敗しておいて、よくここまで自信がもてるな。

 そんなマユの考えを察したように、王子が宰相に指示する。

「宰相、アレを出せ」
「はい」

 宰相が白い紙をマユに見せる。
 普通の白い紙だ。

「なんの変哲もない普通の紙に見えますが」
「これは魔法契約書だ。その効果を見せてやろう」

 魔法契約書?

 宰相から受け取った魔法契約書を前に王子がマユに聞いてきた。

「マユは嫌いな食べ物はあるか?」

 テーブルの上に並んだ豪華な料理を見る。
 胸やけがしそうな感じだった。

「特に嫌いな食べ物はありませんが、今は食欲がありませんので」
「わかった。こうしよう」

 王子がスラスラと魔法契約書を書く。宰相が受け取ると、マユの前に置いた。

「マユ、そこへサインをしてみろ」
「なにを書かれたのですか?」

「マユがこの料理をおいしく食べるいうことだ。そしてその見返りは食事の時間と同じ時間だけマッサージでもしてもらおうか」

 おいしく食事をするってなんだよ、漠然としているな。
 それにマッサージするぐらいなら、ぜったいに食べない。

 めんどくせーし。

 魔法契約書に目を向けると、そのようなことが紙に書いてあるのが読めた。

 とりあえず、日本語でサインすりゃいいんだよな。

 そんな思いのまま、マユは宰相から受け取ったペンでサインをした。

 すると、白い紙が二枚になった。

「なんだか急にお腹が空いてきました。食事後にマッサージをしてもいいぐらいに」

 嘘でも社交辞令でもなかった。本当にマユはお腹が空き始めたのだ。今すぐにでも食事をしたい気分だ。マッサージなんていつでもしてやろうと思ったぐらいだ。

「そういうことだ。この魔法契約書にかかれたことは必ず遂行するように魔法がかけられる。グリアティ家の兄弟を引き取るときにも使用した魔法契約書だ。絶対的な効力がある。そしてこの魔法契約書をつかってあの女を騙す」

 契約書で? あの女はバリキャリだ。契約書の不備や書かれたことを確認せずにサインなどするわけがない。

「あの人はそれほど甘くないと思いますよ。契約書で騙せるとは思えません。契約の不備などを必ず見つけるはずです」

「そこを逆手に取る。魔法契約書の文面に細工などせず、契約を交わす。それならばあの女は信用するはずだ」

「では、普通の契約じゃありませんか」

「それが違う。なぜなら、この魔法契約書には抜け穴があるのだ。いくら正式な契約を交わしたところで、あの女が金を払っても、絶対に魔獣は手に入れることができない。それをあとから知ったところですでに時遅し。無一文でこの屋敷から放り出され、あの女は魔獣ともおさらばというわけだ」

 そんな都合のいい話があるか。
 慰謝料を返してもらい、魔獣まで渡さないなど。

 王子の言葉をまったくマユは信用できなかった。

 そんな表情を読んだように、王子が宰相に合図をおくった。すると、宰相がヒソヒソとマユだけに聞こえるように耳打ちをする。

 宰相から内容を聞いたマユは顔を輝かせ、王子に向けて手を叩いた。

「すごいです! さすがです! 王子様。惚れ直しました!」

「そうだろ。俺ほどの天才はいない」

 宰相も大きく頷いた。

「王子の素晴らしい発想には、いつも感服いたします。ご指示通り、あちら側には素直に慰謝料を払うと信じ込ませ、魔獣の罰も謹慎と言うことで話をしておきますので」

「そうしてくれ。そしてこちらを信用するように親切にしておけ。くれぐれも怪しまれない様にな。契約の日まで」

「かしこまりました」

「それはそうと、マユ。俺たちは見逃したが、宰相が聖女の力を兵士たちから聞いているらしいじゃないか」

「聖女の力でございますか?」

 マユが聞き返すと宰相が大きな声をあげた。

「兵士の間でも話題になっておりますよ、マユ様。黄金の光でカルロスの呪いを解いたということを。ですが、ご心配なく。それも含めて口止め料を払っておりますから。しかし、さすが聖女様でございますね。聖女様が呪いを解いたなど、これまで聞いたことはございません」

「マユは特別な聖女というわけだな」
「そうでございますよ、ハロルド王子」

 アハッハハと二人は盛り上がっていた。

 いや、勝手にお前ら盛り上がるなよ、そんな力知らねぇし、やってねぇし。

 ここは早めに訂正しておかないと、厄介なことになるのが目に見えていた。

「ええっと……、あれは聖女の力というか、たまたま、ですね」

 マユの言葉に王子が怪訝そうな顔になる。

「たまたま?」

 なんだよその顔は、もしかしてマジでアレは私がやったとか言い出すんじゃねーだろな。
 あんなこと出来るわけねーだろ。
 二度とあんなことは出来ないとクギを刺しておかないと、こいつら調子に乗るな、絶対。

「はい、たまたまでございます。私が人質に取られ、しかも頼る人は誰もおらず、どれだけ怖かったか。今、思い出しても怖くて、恐くて……」

 顔を手で覆い、マユはここぞとばかりに泣きまねをする。

「ぐすん、ぐすん。あの部屋には王子も宰相さんもおらず、誰にも頼ることが出来ず、マユは命の危機を感じていました。そんな思いが神様に通じたのかもしれません。ああ、どうして王子様はあの場にいなかったのでしょう。マユは辛くて、悲しくて私は愛する王子様が傍に入れくれたのなら心強いのにと思っておりました。心のなかで何度も愛する王子に助けを求めていましたの。あのような辛い思いを思い出すだけで、マユは……、マユは……」

 マユは嘘泣きをした。そして手で顔を覆っている指と指の隙間から王子と宰相の様子をみた。二人はお互いに顔を見合わせてバツの悪そうな顔をしていた。

 そりゃそうだよな、当たり前だよな。お前らは、私を置いてさっさと逃げ出したんだから。

「そ、そうだな。マユはあのような恐い目に合ったのだ。もうこの話題はやめておこう。宰相、お前がおかしなことを聞いてくるからマユがまた昨日のことを思い出してしまったではないか」

「大変申し訳ございません」

 宰相が深々と頭を下げていた。顔を手で覆っているマユは、その下で、満足げに笑みを浮かべていた。

 ふん、これで、聖女の力の話なんて振ってこねぇだろう。あんな知らねぇ力をまた使えなんて言われたらたまったもんじゃねーし。

 それにしてもバカ王子のくせに、あんな案をもっているとは……。
 これは面白くなってきた。
 あの女は魔獣もお金も手にすることなく、ここから追い出される。

 その日も近いということだ。
 
 マユはウキウキとした気分だった。
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