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22、乱暴者です
しおりを挟む三人は王子の部屋から見下ろす場所でピクニックをしていた。
楽し気に食事をしていたが、それまで笑っていたエミリーが突然、表情を変えた。
「どうしたの、エミリー?」
表情を硬くするエミリーに博美が尋ねる。しかし、エミリーは無言で鋭い視線を屋敷の裏口の方向へ向けていた。
博美もそちらに目を向けると、角刈りの大柄な男がこちらに向かって来ていた。
釣り上がった目で睨みつけながら、革の編み上げブーツで乱暴に芝生を踏みしめながらズンズンと歩いて来る。
男は革製の装備を身に着け、今すぐにでも切りかかるようだと言わんばかりに、腰に差した剣の柄に手をかけていた。
エミリーが、声を落とす。
「博美様。あの男は、屋敷の門番サイモンです。絶対に歯向かわないでください。兄弟そろって乱暴者で有名ですから」
そう言うと、エミリーはスッと立ち上がり、サイモンという男の前に行った。
「いったい、何事ですか?」
「俺は、男爵家グリアティ家のサイモンだ」
「ええ、存じ上げています。兄弟でこのお屋敷の門番をされているはずですが、今は職務中ではありませんか」
「邪魔だ。俺は、魔獣に用がある」
サイモンはハエでも追い払うかのように、エミリーに向けて手を振った。
だが、エミリーも引き下がらない。
「魔獣さんは外出の許可を得てここにいらっしゃいます。しかし、門番であるあなたがどうしてこのような場所にいらっしゃるのですか。屋敷の警備はどうなっているのですか」
「うるせーな、門は閉じてあるさ」
「このような時間に門を閉じるなど、ロドリック様の許可を取られているのですか。それに同じ門番である弟のカルロスさんは今どこに」
話しているエミリーのお腹に、突然、サイモンが拳を入れた。
エミリーがお腹に手を当て、地面に膝をつく。
「っ――」
痛みに顔を歪ませ、地面に膝をつくエミリーに、サイモンが吐き捨てるように言う。
「さっきから、ごちゃごちゃうっせーんだよ! たかがメイドの分際で、俺のやることに口を出すな!」
博美は、すぐさまエミリーに駆け寄って膝を付いた。
「エミリー大丈夫?」
「このぐらい平気です」
真っ青な顔で無理してエミリーが微笑んだ。しかし、エミリーの手で押さえている場所がケガをしていることが博美には分かった。
エミリーが手で押さえているお腹の向こうに、赤い陽炎のものが見えたからだ。
「お腹が痛むんでしょ。ケガをしたのかもしれない」
「本当にこれぐらのこと何ともございません。博美様はこの場を離れてください。私は大丈夫ですから」
「そんなことできないよ、エミリー。それに、突然、女性を殴るなんて」
博美は、サイモンを見上げた。
「ごちゃごちゃうるせー女どもだな。まだ俺に殴られたい奴がいたのかよ」
サイモンが、博美を見下ろし、じろじろと顔を見る。
「王子の世話係のメイドか……? 見ない顔だな……」
「博美様――、お部屋に」
エミリーが言うと、サイモンが何かに気づいたようで、にやりと笑った。
「ははあ、お前、聖女と一緒に召喚された女か。メイドの格好なんてしやがって紛らわしい。だが、こりゃいいや」
サイモンがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、博美の顔を覗き込む。
「アハッハハ、こりゃいいぞ。俺を睨んでやがる。俺は気が強い女が好きなんだよ。俺の前で屈服し、泣いている姿をみるとぞくぞくするんだ。苦しむ、その女のようにな」
お腹を押さえて、顔を歪ませているエミリーに目を向けたサイモンの口元にはうっすらと微笑みが漂っていた。
「お前も調教してやるよ。俺様にふさわしい女にな。殴って、殴って、そのクソ生意気な根性を叩き直してやる」
サイモンは、博美の髪を掴もうとした。
だが、その手は寸前のところで止まった。
「なんだ、お前!」
毛むくじゃの大きな手が博美を庇うように遮ったからだった。
「魔獣のくせに邪魔するな――」
しかし、すぐさまサイモンのハッと息を呑む気配がした。
「な、なんだよ……」
サイモンの声の調子が変わった。
まるで化け物が突然目の前に現れたような、そんな恐怖さえ感じているような表情だ。
博美は、庇うように手を出した魔獣の背を見上げた。
これまで魔獣からそのような感じを受けたことはない博美だが、今は寒気のようなものを覚えて、全身に鳥肌が立った。
怒っている? 魔獣さん?
黒いローブの後ろ姿だが、全身の毛が逆立っているのがわかる。
だが、魔獣は冷静にサイモンに向けて言った。
「僕に用があるのでしょう。こちらのお二人は関係ないですね」
「あ、ああ……」
頬の肉を引きつらせながらサイモンは応えていた。
「では、行きましょう」
「魔獣さん……」
博美の声に、魔獣が振り返った。
「僕は大丈夫です。博美さん、ピクニック楽しかったです。本当に楽しかった」
笑った魔獣は、サイモンと共に屋敷の裏口へ向かった。
お腹を押さえながらエミリーが博美に謝った。
「博美様、私が止められず、申し訳ございません」
「ううん、エミリーが謝ることじゃない」
エミリーが左手で隠すようにしているお腹が、どんどん酷くなっているような気がした。赤い危険信号なものがチカチカしていたからだ。
「このままじゃ大変。はやくお医者様に」
「わたくしは大丈夫ですから、博美様はこのままお部屋へお戻りください」
エミリーの青ざめた顔から、大丈夫じゃないことがわかる。
「でも……」
「これぐらいなんともございません」
そう言っているエミリーだが、なんとか苦痛を我慢しているようだった。
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