16 / 69
第1章 異なる現実
10.刻め ②/神685-4(Pri)-20
しおりを挟む
Side By エレミア
目の前で血まみれになって息を切らす彼を見て、胸が引き裂かれそうになった。
あの時、私が彼を助け出さなかったのなら、今より良い未来が待っていたのでは?
私があの時、彼を助けたのは本当に正しい選択だったのだろうか?
後悔しないと思ったその選択は、ただの傲慢でしかなかったのかもしれない。
色んな考えが頭を巡って、自責の念は未だ消えない。
でも、そういう考えは彼の悲鳴にも似た叫びによって全部飛ばされた。
そして彼が自分の腹に剣を突き刺そうとした時、体は自然に彼の方に向かった。
「アユム――!」
人混みの中をかきわけてやっとたどり着いたそこで、アユムは既に倒れていた。
その地面は、既に真っ赤に染まっている。
いつの間に駆けつけたレミアお姉ちゃんは回復魔術を掛けていて、その周りをレインさんが見張っていた。
レインさんと視線を合わせ、小さく頷くのを確認して、私は彼の元へ駆けつけた。
「お姉ちゃん、アユムは!?」
「出血が激しい、今のままでは腹に刺さった剣も抜けられない。
まずは教会に運ばないと……」
「私に手伝えることは!?」
「彼は魔術でこのまま運ぶから、とりあえず運ぶのを手伝って。
私だけでも大丈夫だとは思うけど、一人だと安定しないと思うから」
「わかった!」
アユムはいつの間にか気を失っていた。
苦痛で気絶したのか、お姉ちゃんがわざと気絶させたのかはわからない。
どちらでも納得できるくらい、腹に刺さった剣は痛々しく見えた。
貫通した背中から出ている剣には誰のかもわからない血で真っ赤に染められてた。
普通ならばこのまま即死してもおかしくない傷。
そしてそんなアユムの状態とは別に、この状況を認めない人達がいた。
「何をしているんだ!?
レミアにレイン、自分から命を断つようなやつを何故助ける!?」
「村長、今は――」
「人を助けるのに理由なんてあるわけないでしょ!」
怒鳴ったのは父である村長で、何かを言いかけたのは秘書のノマードさん。
でも、そんなことは自分の耳には入らなかった。
本当にあの人には今の光景がただの自殺に見えたのか。
それが、その言葉が、どうしても我慢ならなかった。
「彼が私たちに何をしたの!? 彼はただ歩み寄ろうとしただけ!
私たちに近付こうとしたのが、そんなにいけないことだったの!?
私たちが人間を嫌ってるのを知りがならも歩み寄ろうとしたのよ?
それが何でこんなことにならないといけなかったわけ!?」
他人に己の罪を代わりに追わせるような行為をして、それを嘆いた彼。
その彼を助けることにさえ、理由を求めないといけないのが、私たちだったのか。
何時から私たちは、ここまで残酷な存在になったのか。
「自分で命を断った? 父上、いや村長!
あんたには本当にこれがただの自殺に見えるの!?
何時からそんな節穴になったのよ!?」
「どっちにしろ、今は村の行事中です。いくらエレミア様でも――」
「黙るのはそちらです、レントさん。
今から……いいえ、最初からこの人の身柄は教会と、神が預かっています。
あなた達には最初から、手出しする理由も権利も存在しません」
警備隊長として場を仕切ろうとしたレントさん。
その声はレミアお姉ちゃんにより中断された。
今のお姉ちゃんは、その身からフォレスト様の神力を表す温かい緑色の光が全身を包んでいて、とても神々しく見えている。
でもその声色は普段の姿からは想像できないほど冷たいものだった。
「詳しい話は後にします。
ただ、私の行動を妨害するのなら、それ相応の覚悟を持ってください」
「――っ」
言葉だけの威圧。
その見えない圧力にレントさんは後ろに一歩引き下がった。
神が預かった人、そして相応の覚悟。
つまりは神の怒りを買うことを覚悟しろという言葉だ。
私もここまで怒ったお姉ちゃんは見たことがないけど、その気持ちは痛いほど共感できた。
「エレミア、手伝って。一刻も早く彼の身を教会まで運ぶよ」
「うん……アユムは、大丈夫だよね?」
「絶対、助ける――助けて、一発殴らないと気が済まない……!」
「それは、同感かな」
お姉ちゃんの助けるという声からは、どこか涙を堪えてるようにも聞こえた。
……お姉ちゃんとレインさんは他と違ってどこか落ち着いている。
その動きが早かったことからも、これが予めアユムが仕込んだことだと言うのは何となくわかった。
私にだけこれを教えてくれなかった理由が気になる。
だけどもし、これを事前に知ってたとしても大丈夫なはずがない。
レミアお姉ちゃんのその声は、自分の無力を嘆く後悔から来てるのかもしれない。
「レミア、私は予定通りここで後始末をする、それと私の分も残しとけ」
「了解しました――よろしくお願いします、レインさん」
私は最大の注意を払いながらアユムの身を浮かせ、教会方向に動かせる。
前の道は既に開かれていて、道を開けた人たちは誰も口を開かなかった。
――言いたいことも、やらないといけないこともある。
でも、今はそれよりも彼のことだ。
彼はお姉ちゃんから掛けられている回復魔術と、彼の右手首にある緑の腕輪で全身がお姉ちゃんと同じ緑の光に包まれていた。
心なしか穏やかに眠っているようにも見える。
――彼が、この世界でこんな表情を他の人に見せたことがあっただろうか?
いつもどこか一歩引いた態度で、笑うのはいつも苦笑い。
軽く笑うことはあれど心からの笑顔は見たことがないように思えた。
そもそも、私はこの村に来てから彼の顔を見たことがあまりない。
私が連れてきて、私が面倒を見ると決めたのに。
私の都合で、その全てを彼自身に任せてしまった。
これではエルフ失格、堕ちてしまっても文句は言えない。
でも、もうそんな一切合切は無視することにした。
二度とこんな彼の姿を、何も知らず見てるだけとかもうゴメンだ。
――そうよ、エレミア。
自分が言った言葉には責任を取らないと。
彼は彼が出来る全てを、本当に全てやった。
ならば今度はこっちの番だ。
私を仲間外れにした理由が、今からの私の行動とは真逆の目的だとしても。
私に何も言わずやったのはアユムだし、これでおあいこだ。
『全ては明日から決めよう』
昨日、私が帰る前に私に言った言葉。
そう、全てはここから、今この瞬間から決めよう。
そしてもう一度、交わそう。
互いが今度こそ間違わないように。
それが、私が彼に出来る精一杯の誠意だ。
Side Out
目の前で血まみれになって息を切らす彼を見て、胸が引き裂かれそうになった。
あの時、私が彼を助け出さなかったのなら、今より良い未来が待っていたのでは?
私があの時、彼を助けたのは本当に正しい選択だったのだろうか?
後悔しないと思ったその選択は、ただの傲慢でしかなかったのかもしれない。
色んな考えが頭を巡って、自責の念は未だ消えない。
でも、そういう考えは彼の悲鳴にも似た叫びによって全部飛ばされた。
そして彼が自分の腹に剣を突き刺そうとした時、体は自然に彼の方に向かった。
「アユム――!」
人混みの中をかきわけてやっとたどり着いたそこで、アユムは既に倒れていた。
その地面は、既に真っ赤に染まっている。
いつの間に駆けつけたレミアお姉ちゃんは回復魔術を掛けていて、その周りをレインさんが見張っていた。
レインさんと視線を合わせ、小さく頷くのを確認して、私は彼の元へ駆けつけた。
「お姉ちゃん、アユムは!?」
「出血が激しい、今のままでは腹に刺さった剣も抜けられない。
まずは教会に運ばないと……」
「私に手伝えることは!?」
「彼は魔術でこのまま運ぶから、とりあえず運ぶのを手伝って。
私だけでも大丈夫だとは思うけど、一人だと安定しないと思うから」
「わかった!」
アユムはいつの間にか気を失っていた。
苦痛で気絶したのか、お姉ちゃんがわざと気絶させたのかはわからない。
どちらでも納得できるくらい、腹に刺さった剣は痛々しく見えた。
貫通した背中から出ている剣には誰のかもわからない血で真っ赤に染められてた。
普通ならばこのまま即死してもおかしくない傷。
そしてそんなアユムの状態とは別に、この状況を認めない人達がいた。
「何をしているんだ!?
レミアにレイン、自分から命を断つようなやつを何故助ける!?」
「村長、今は――」
「人を助けるのに理由なんてあるわけないでしょ!」
怒鳴ったのは父である村長で、何かを言いかけたのは秘書のノマードさん。
でも、そんなことは自分の耳には入らなかった。
本当にあの人には今の光景がただの自殺に見えたのか。
それが、その言葉が、どうしても我慢ならなかった。
「彼が私たちに何をしたの!? 彼はただ歩み寄ろうとしただけ!
私たちに近付こうとしたのが、そんなにいけないことだったの!?
私たちが人間を嫌ってるのを知りがならも歩み寄ろうとしたのよ?
それが何でこんなことにならないといけなかったわけ!?」
他人に己の罪を代わりに追わせるような行為をして、それを嘆いた彼。
その彼を助けることにさえ、理由を求めないといけないのが、私たちだったのか。
何時から私たちは、ここまで残酷な存在になったのか。
「自分で命を断った? 父上、いや村長!
あんたには本当にこれがただの自殺に見えるの!?
何時からそんな節穴になったのよ!?」
「どっちにしろ、今は村の行事中です。いくらエレミア様でも――」
「黙るのはそちらです、レントさん。
今から……いいえ、最初からこの人の身柄は教会と、神が預かっています。
あなた達には最初から、手出しする理由も権利も存在しません」
警備隊長として場を仕切ろうとしたレントさん。
その声はレミアお姉ちゃんにより中断された。
今のお姉ちゃんは、その身からフォレスト様の神力を表す温かい緑色の光が全身を包んでいて、とても神々しく見えている。
でもその声色は普段の姿からは想像できないほど冷たいものだった。
「詳しい話は後にします。
ただ、私の行動を妨害するのなら、それ相応の覚悟を持ってください」
「――っ」
言葉だけの威圧。
その見えない圧力にレントさんは後ろに一歩引き下がった。
神が預かった人、そして相応の覚悟。
つまりは神の怒りを買うことを覚悟しろという言葉だ。
私もここまで怒ったお姉ちゃんは見たことがないけど、その気持ちは痛いほど共感できた。
「エレミア、手伝って。一刻も早く彼の身を教会まで運ぶよ」
「うん……アユムは、大丈夫だよね?」
「絶対、助ける――助けて、一発殴らないと気が済まない……!」
「それは、同感かな」
お姉ちゃんの助けるという声からは、どこか涙を堪えてるようにも聞こえた。
……お姉ちゃんとレインさんは他と違ってどこか落ち着いている。
その動きが早かったことからも、これが予めアユムが仕込んだことだと言うのは何となくわかった。
私にだけこれを教えてくれなかった理由が気になる。
だけどもし、これを事前に知ってたとしても大丈夫なはずがない。
レミアお姉ちゃんのその声は、自分の無力を嘆く後悔から来てるのかもしれない。
「レミア、私は予定通りここで後始末をする、それと私の分も残しとけ」
「了解しました――よろしくお願いします、レインさん」
私は最大の注意を払いながらアユムの身を浮かせ、教会方向に動かせる。
前の道は既に開かれていて、道を開けた人たちは誰も口を開かなかった。
――言いたいことも、やらないといけないこともある。
でも、今はそれよりも彼のことだ。
彼はお姉ちゃんから掛けられている回復魔術と、彼の右手首にある緑の腕輪で全身がお姉ちゃんと同じ緑の光に包まれていた。
心なしか穏やかに眠っているようにも見える。
――彼が、この世界でこんな表情を他の人に見せたことがあっただろうか?
いつもどこか一歩引いた態度で、笑うのはいつも苦笑い。
軽く笑うことはあれど心からの笑顔は見たことがないように思えた。
そもそも、私はこの村に来てから彼の顔を見たことがあまりない。
私が連れてきて、私が面倒を見ると決めたのに。
私の都合で、その全てを彼自身に任せてしまった。
これではエルフ失格、堕ちてしまっても文句は言えない。
でも、もうそんな一切合切は無視することにした。
二度とこんな彼の姿を、何も知らず見てるだけとかもうゴメンだ。
――そうよ、エレミア。
自分が言った言葉には責任を取らないと。
彼は彼が出来る全てを、本当に全てやった。
ならば今度はこっちの番だ。
私を仲間外れにした理由が、今からの私の行動とは真逆の目的だとしても。
私に何も言わずやったのはアユムだし、これでおあいこだ。
『全ては明日から決めよう』
昨日、私が帰る前に私に言った言葉。
そう、全てはここから、今この瞬間から決めよう。
そしてもう一度、交わそう。
互いが今度こそ間違わないように。
それが、私が彼に出来る精一杯の誠意だ。
Side Out
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる