5 / 41
第05話、求婚されても、まだ妹を優先する。
しおりを挟む「いらっしゃい、よく来ましたねアリシア、カトリーヌ」
「お久しぶりです、伯母上」
「お、お久しぶりです叔母様!」
田舎の屋敷――叔母であるシーリア・カトレンヌに挨拶をすると、シーリアは笑顔で出迎えてくれて、数年前に遊びに訪れた屋敷に招待してくれた。
シーリア・カトレンヌ――別名、『氷結の魔術師』と呼ばれる彼女は、嘗て王宮魔術師として活動していた人物であり、二人の母親と肩を並べて働いていた存在である。
氷を主に使うアリシアにとって、彼女は憧れの存在でもある人物なのである。屋敷の中に入れる一人の初老の男性と、一人の女性の姿が目に映る。
「お二人とも、お久しぶりです。今日はお世話になります」
「事情は把握しております。大変でしたねアリシア様……いや、一番大変だったのは、カトリーヌ様でしたね」
「本当、シーリア様なんか乗り込んでやるぐらいの勢いの顔をしていたんですよ!」
拳を握りしめながら答えるメイド服の姿をしていた女性、アンナに対し、少し恥ずかしそうにしているシーリアにアリシアとカトリーヌはフフっと笑いあう。
久々に訪れる叔母の屋敷に安心しながら、アリシアはカトリーヌに視線を向けると、カトリーヌも旅の疲れが出ているのか、少し疲れた表情をしている。気づいたアリシアがカトリーヌに声をかけようとしたのだが、その間に入ったのは執事であるアズールだ。
「長旅でお疲れでしょう。お二方のお部屋にご案内させていただきます」
「あ、アズール。それなら先にカトリーヌをお願いいたします……私は、伯母上にお話がありますので」
「承知いたしましたアリシア様。では、カトリーヌ様」
「はい、アズールさん……お姉様、お先に失礼いたします」
「うん、夕食にまた会いましょう」
笑顔で答えるカトリーヌはアズールに案内されながら奥の方に向かっていき、玄関前に残ったのはシーリア、アンナ、そしてアリシアだった。
アリシアはシーリアに再度視線を向けて、軽く頭を下げながら答える。
「本当に今回、受け入れてくださりましてありがとうございました。感謝しております伯母上」
「いえ、本当にそちらも大変だったみたいね……けど、フフ、あなたらしいわアリシア……王子をぶん殴る?」
「……あの時は血が上っておりましたので」
「王太子である第二王子を、そしてカトリーヌの婚約者であった男をぶん殴るなんて、それが出来るのはきっとあなただけよアリシア……まぁ、私もどのようにあの男を地獄に落とそうか考えましたけど」
「……伯母上」
絶対に叔母ならそのような事をするに違いないだろうと思いながら、これからあの男には地獄が待っているのだろうかと考えつつ、アリシアは顔を引きつらせて笑う事しかできなかった。同時に叔母の背後に黒いオーラが見えたのは気のせいだと思いたい。
フフっと再度笑った叔母は、そのままアリシアに再度視線を向ける。
「あなたがしたことを攻める人たちは居ないです。少なくとも、私たち家族はあなたの味方ですから」
「はい、伯母上……父も同じような事を言ってくださいました」
「とりあえずあのバカお……国王にも連絡を続けます。よろしいですね?」
「ええ……あれ、伯母上は国王様と親しかったでしょうか?」
「国王と言うより、ファルマ殿下の母上とは文通仲間ですからね」
笑顔でそのように発言する伯母上の言葉に、思い出す。
確か、伯母上であるシーリアと、ファルマ第一王子の母親である人物、王妃は学友の仲だという事を。
その繋がりがあるからこそ、アリシアもファルマ第一王子と交流を持つことが出来ていた。今でもたまに話をする仲なのだが、弟である王太子をぶん殴ってしまった事で、その交流を断ち切ってしまうのではないだろうかと言う不安に駆られながらも。
「それよりもアリシア。あなたの父上からご連絡が来ておりましたわ」
「え、お父様からですか?」
「――求婚されたそうですね、アリシア」
「ッ!!」
父親からの連絡があったと言う事を言われた瞬間、自分が求婚されたと言う事実を思い出したアリシアは次の瞬間、その場で真っ赤に顔を染め上げる。その言葉を聞いたメイドのアンナは同じように頬を赤く染めながら、「まぁ」と嬉しそうに声を出す。
一方の叔母もどこか嬉しそうな顔をしながらアリシアに視線を向ける。
「相手はあのレンディス、別名『黒狼の騎士』と呼ばれている男。この前の魔獣討伐で良い成績を収めている人物でしたね……アリシア、あなたとはよく討伐の際に一緒になっていたと?」
「は、はい……数年前からの知り合いでございます……色々話せて、良き友人だと、思って、おりまして……」
「おめでとうございますアリシア様!私、アリシア様がこのままシーリア様と同じように行き遅れるのではないかと心配で心配で」
「アンナ」
「ひぃっ!?」
『行き遅れ』――それは、この家では禁句だという事は、アリシアも知っている。
次の瞬間、彼女たちの周りが冷たく感じるようになる――叔母であるシーリアが魔力を微かに放出させて、それを氷魔法で目の前にいるメイド、アンナに放とうとしている光景がアリシアの目に移される。
流石にまずいと認識したアリシアは急いで二人の間に入りながら話を続ける。
「お、伯母上!落ち着いてください!」
「……好きで行き遅れたのではありません。私に似合う殿方が居なかっただけです」
「あはは……」
「……で、どうするのですか、アリシア?申し出を受け入れるのですか?」
「……正直、レンディス様にそのようなお話を頂きましても、頭の整理が追い付きませんでした」
まっすぐな瞳であのような発言をされるとは思っていなかったアリシアにとって、レンディスは本当に魅力的な存在なのだと改めて実感した。
いつもならば魔獣討伐の際に、彼とどのように背中を預けて戦う事が出来るか、騎士に負担をかけないようにどのように魔術を繰り出せばいいのか、お互いそのような話しかしなかったので、正直求婚された所で、どのように返事をすればわからない。
それと同時に、言われた時。
「……言われた時は、嫌ではなかったんです」
「そのような顔をしていますね」
頬を赤く染めながら答えるアリシアに対し、シーリアも同じようにどこか笑みを見せながら、彼女を優しく頭に撫でながら、まるで見守るような視線を向けられる。
叔母のそのような姿は、別に嫌ではない。まるで、昔の母親のような目をしているからこそ、何処か安心できる、と言ってしまった方が楽なのかもしれない。
恥ずかしそうに視線を外したアリシアに、シーリアは話を続ける。
「決めるのはあなたですよ、アリシア……私的にはおすすめ物件だと思います」
「ぶ、物件って……」
「そうですよアリシア様!アリシア様は美人で勇敢で、素敵な方です!ちょっと怒らせると怖いですけど!」
「アンナ……最後の言葉は余計ですよ」
しかし、それでも、アリシアは一歩前に踏み出せずにいた。
同時に、アリシアはレンディスよりも、妹の方がまだ大事なのだと心の中で認識してしまう。
自分の事よりも、妹であるカトリーヌの事は優先。レンディスにも言っていたのだが、まずは彼女が落ち着いてからではないと、そこから先は進むことはできない。
胸にそのような気持ちに蓋をしながら、アリシアはカトリーヌが案内された場所に向かって背を向け、歩き出す。
そんなアリシアの姿を、シーリアとアンナが静かに見つめ。
「……あのレンディスにも、自分より妹が落ち着いたらって言ったらしいわ」
「相変わらずですね、アリシア様」
「ええ……アリシアにとって、カトリーヌは大切な妹……自分よりも……けどね、アリシア。あなたが傷ついたら、誰があなたに手を伸ばしてくれるのかしら」
静かにそのように呟いているシーリアに、アリシアは気づかないまま足を進めていった。
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説
妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る
星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。
国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。
「もう無理、もう耐えられない!!」
イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。
「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。
そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。
猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。
表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。
溺愛してくる魔法使いのリュオン。
彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる――
※他サイトにも投稿しています。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
婚約者様にお子様ができてから、私は……
希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。
王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。
神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。
だから、我儘は言えない……
結婚し、養母となることを受け入れるべき……
自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。
姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。
「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」
〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。
〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。
冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。
私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。
スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。
併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。
そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。
ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───……
(※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします)
(※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます
神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。
【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。
だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。
「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」
マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。
(そう。そんなに彼女が良かったの)
長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。
何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。
(私は都合のいい道具なの?)
絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。
侍女達が話していたのはここだろうか?
店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。
コッペリアが正直に全て話すと、
「今のあんたにぴったりの物がある」
渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。
「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」
そこで老婆は言葉を切った。
「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」
コッペリアは深く頷いた。
薬を飲んだコッペリアは眠りについた。
そして――。
アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。
「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」
※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)
(2023.2.3)
ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000
※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)
婚約者の浮気をゴシップ誌で知った私のその後
桃瀬さら
恋愛
休暇で帰国中のシャーロットは、婚約者の浮気をゴシップ誌で知る。
領地が隣同士、母親同士の仲が良く、同じ年に生まれた子供が男の子と女の子。
偶然が重なり気がついた頃には幼馴染み兼婚約者になっていた。
そんな婚約者は今や貴族社会だけではなく、ゴシップ誌を騒がしたプレイボーイ。
婚約者に婚約破棄を告げ、帰宅するとなぜか上司が家にいた。
上司と共に、違法魔法道具の捜査をする事となったシャーロットは、捜査を通じて上司に惹かれいくが、上司にはある秘密があって……
婚約破棄したシャーロットが幸せになる物語
【完結】王太子殿下に真実の愛だと見染められましたが、殿下に婚約者がいるのは周知の事実です
葉桜鹿乃
恋愛
「ユーリカ……、どうか、私の愛を受け止めて欲しい」
何を言ってるんだこの方は? という言葉を辛うじて飲み込んだユーリカ・クレメンス辺境伯令嬢は、頭がどうかしたとしか思えないディーノ・ウォルフォード王太子殿下をまじまじと見た。見つめた訳じゃない、ただ、見た。
何か否定する事を言えば不敬罪にあたるかもしれない。第一愛を囁かれるような関係では無いのだ。同じ生徒会の生徒会長と副会長、それ以外はクラスも違う。
そして何より……。
「殿下。殿下には婚約者がいらっしゃいますでしょう?」
こんな浮気な男に見染められたくもなければ、あと一年後には揃って社交界デビューする貴族社会で下手に女の敵を作りたくもない!
誰でもいいから助けて欲しい!
そんな願いを聞き届けたのか、ふたりきりだった生徒会室の扉が開く。現れたのは……嫌味眼鏡で(こっそり)通称が通っている経理兼書記のバルティ・マッケンジー公爵子息で。
「おや、まぁ、……何やら面白いことになっていますね? 失礼致しました」
助けないんかい!!
あー、どうしてこうなった!
嫌味眼鏡は今頃新聞部にこのネタを売りに行ったはずだ。
殿下、とりあえずは手をお離しください!
※小説家になろう様でも別名義で連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる