上 下
15 / 32

14.ダンシャクを使ったコロッケはいかがですか?【前編】

しおりを挟む

「……雪って降るんだなぁ」
 月が全く見えず、今日も『死の森』で営業を始めたのだが、この世界にきて初めて僕は雪と言うものを見た。
 現実世界でも雪は何度も見たことあるのだが、異世界に来て初めて、僕は雪を見る。ぱらぱらと降り続ける雪に対し、肌から寒さが感じられる。
「この世界は今冬なのかぁ……」
 両手を合わせて温める為にこすりつつ、僕は入り口付近に視線を向けてみる。
 前回、クロさんは来なかった。
 いつもだったら営業開始から数十分後に、笑顔で挨拶をしにきて、そんでもってパンケーキを食べながら僕の事を口説いてくるクロさんの姿が、全く見えない。
「……はぁ、これって、だめなやつだよねぇ」
 僕は認めなければならない。
 クロさんが来ない事で寂しさを感じているなんて、いつの間にか、クロさんが来てくれることが楽しくて仕方がなくて、明らかに僕はクロさんに好意を抱いているのだと言う事を。
 恋愛なのかどうかは全く分からないが、それでも僕はクロさんが来ることを楽しみにしている。それなのに、クロさんは全く来る気配がない。
「……来たら無視して困らせてやるかな」
 思わずそんなことを考えてしまったのだが、そんなことをしてもクロさんは反応を楽しむかもしれないと想像してしまう。
 ため息を吐きながら、僕はいつものように簡単に、そしてすぐに用意が出来るように料理の準備を始める。
 ついでにクロさんがいつ来てお良いように、パンケーキがすぐに準備出来るように準備をし始めつつ。
 ふと、入り口が開いた鈴の音が聞こえる。
 もしかしてクロさんだろうかと思った僕は厨房から顔を出して、いつものように笑顔で挨拶をする。
「いらっしゃいま――」
「……」
 僕はその光景に固まった。
 雪の中から姿を見せたのはクロさんでも、常連のラスティさんでもない。
 そこに立っていたのは、震えながらじっとこちらを見ている、一人の男性の姿。
 見たことのない姿形をしつつ、震えながら僕に何かを訴えてくるかのような目をしてその場に立っているのだった。
「……し、新規のお客様?」
 僕はそれしか言えることが出来ず、凍えて立っている新しいお客さんにそう声をかけることしか出来なかった。

 ※

「いや、本当に助かりました。ありがとうございます店主さん」
「い、いえ……本当拭くだけで大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。いやぁ、『死の森』でまさかお店があるなんて知りませんでしたよ。びっくりしてしまいました」
 そう言いながら笑っている青年は、どうやらこの『死の森』に出没するモンスターを狩っていたらしいのだが、雪が降られてしまいどうしたらいいのか途方にくれていた時、僕の店の建物を発見したらしい。
 今回は満月の夜の日だったからいいのだが、もし満月の夜でなかったらこの人は凍え死んでいたのかもしれないと思うと、寒気がする。
 とりあえず、タオルで体を拭いている人物に視線を向けながら、温かい紅茶を入れながらその人物を見る。
 よく見てみると、その人物の容姿は輝いていると感じた。
 透き通るような金色のショートヘア、青色の瞳をした美男子と言うべき人物だった。『死の森』で何人か美形を見ていたはずなのに、金髪の美男子を見るのが初めてでもあった。
 ジッと見開いて見ている僕の視線に気づいたのか、拭き終わった青年は僕に目を向けて、そして笑いかける。
「ッ……」
 ラティさんは女性で綺麗だ。クロさんも美形で俺様系の人物だ。
 しかし、目の前の人は僕も見たことのない、キラキラ系の青年だった。
 美形に耐性を持っていたと思っていたのだが、思わず小さな声を漏らしてしまった僕は笑いながら目線をそらした。
「……あの、店主さん?」
「は、はいッ!」
「ここは、どんなお店なんですか?」
「え、ああ、ここですか?ここは飲食店、みたいな感じです」
「『死の森』なのに?」
「……あははー」
 青年の言う通り、この森は『死の森』と言われており、滅多な人物が来るところではないと言うのは、僕でも理解できる。
 現に目の前の青年は少し驚いた表情を見せながら、首をかしげるように問いただしている。ただからこそ、僕は笑う事しか出来ない。
 笑いながら目線をそらしている僕に対し、青年はクスクスと笑うようにしながら答えた。
「実は噂で聞いた事があるんです。『死の森』の奥に、美味しい料理を出してくれるお店があるって……それがここなんですね」
「そ、そんな噂がたってるんだ」
「はい。しかも満月の夜のみに現れるって……ここは、何かの魔道具とか使っている、って感じですかね?」
「ま、まぁ、そう思ってください。なので、ここは料理を出すお店です。ご注文はいかがいたしますか?」
「そうですねぇ……」
 青年は考えるようにしながら、店の周りを見回すようにしながら視線を動かしている。
 一応メニューらしきものを隣に置いてみたのだが、青年は何も見る事はなく、ただ静かにお店の周りを見ているのみ。
 そして、再度僕に視線を向けた。
「店主さん。店主さんのお店にダンシャクはありますか?」
「え、ダンシャクですか?はい、ありますけど……」
 ダンシャクーーこの世界ではジャガイモの事をダンシャクと言うらしい。その言葉を聞いて思わず驚いてしまった。
 ダンシャクと言う言葉を言っていた青年の目の色がとても輝いているように見えたからである。
 それに、前回ラティさんが来られた時にダンシャクを大量にもらっているため、まだ半分以上も残っている。
 あると言う言葉を聞いて、青年は笑った。
「では、お願いがあります」
「はい」
「ダンシャクを使った、美味しい料理作ってくれますか?」
 笑いかけてきた青年の姿に、僕は胸が少しだけ締め付けられるような衝動を感じながら、平然を保ってお辞儀をした。
「了解いたしました。少々お待ちください」
 いつものように、僕は笑顔でその言葉を言うのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない

薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。 彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。 しかし五十嵐はテオドアが苦手。 黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

教室ごと転移したのに陽キャ様がやる気ないのですが。

かーにゅ
BL
公開日増やしてからちょっと減らしました(・∀・)ノ ネタがなくて不定期更新中です…… 陽キャと陰キャ。そのくくりはうちの学校では少し違う。 陰キャと呼ばれるのはいわゆるオタク。陽キャはそれ以外。 うちのオタクたちは一つに特化していながら他の世界にも精通する何気に万能なオタクであった。 もちろん、異世界転生、異世界転移なんてものは常識。そこにBL、百合要素の入ったものも常識の範疇。 グロものは…まあ人によるけど読めなくもない。アニメ系もたまにクソアニメと言うことはあっても全般的に見る。唯一視聴者の少ないアニメが女児アニメだ。あれはハマるとやばい。戻れなくなる。現在、このクラスで戻れなくなったものは2人。1人は女子で妹がいるためにあやしまれないがもう1人のほうは…察してくれ。 そんな中僕の特化する分野はBL!!だが、ショタ攻め専門だ!!なぜかって?そんなの僕が小さいからに決まっているじゃないか…おかげで誘ってもネコ役しかさせてくれないし…本番したことない。犯罪臭がするって…僕…15歳の健全な男子高校生なのですが。 毎週月曜・水曜・金曜・更新です。これだけパソコンで打ってるのでいつもと表現違うかもです。ショタなことには変わりありません。しばらくしたらスマホから打つようになると思います。文才なし。主人公(ショタ)は受けです。ショタ攻め好き?私は受けのが好きなので受け固定で。時々主人公が女に向かいますがご心配なさらず。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

処理中です...