13 / 32
12.大切にしている思い出のおすすめメニューは?【後編】
しおりを挟む思い出のメニューと言われた瞬間、僕は呆然としながらクロさんを見つめることしか出来ない。そもそも、僕にはそのようなメニューはないからだ。
目を見開き、目の前のクロさんを見つめながら時間がゆっくりと進んでくる感覚が来た。
「……どうして、突然そんなことを言ったんですかクロさん?」
「別に、対した理由じゃない」
「対した理由じゃないんだ……」
「俺は店主が好きだ。愛してる」
「ふぇ?」
いつものようにその言葉が出てくる。クロさんは突然僕に愛の告白をするし、迫ってくる時もある。しかし今回だけはその告白は突然で、あっさりと答えたのだ。
思わず変な声を出してしまったのだが、対しクロさんは僕の細い手を掴み、握りしめた。
「好きだからこそ、俺は店主の好みを知りたい」
「こ、好み、ですか?」
「ああ。好きだの愛してるだの言ってるが、俺は全然店主の事を知らないんだ」
「え、えー……」
真剣な眼差しでそのように答えられ、流石の僕もその言葉を聞いて引いてしまう。全く何も知らない人間に対してこの男は愛してるだの、愛の告白をしていたのだろうかと思ってしまったからである。
「引くな、店主」
少しだけ後ろに下がってしまったことに感づいたのか、クロさんは次にその言葉を口にする。
しかし、僕もその言葉を聞いて思わず答えてしまった。
「でもクロさん」
「なんだ?」
「僕も結構クロさんの事知らないですよ?何をやっているのか、どこに住んでいるのか、どんな人物なのか、全く全然知らないんですけど」
「……」
多分、きっと今の僕は首をかしげながら子供のような瞳でクロさんを見ていたのではないだろうかと思った。
クロさんは僕の言葉を聞いたと同時、動きを止めたまま目をそらしている。絶対に自分の事はどうやら話さないつもりなのだろうと、頭の中で理解する。
なんか、理不尽のように感じてしまったのだが。
「……まぁ、いいです。僕のおすすめ、ですよね?」
「あ、ああ」
「……」
確かに僕は満月の夜だけ、飲食店を経営している。客も数少ないが通ってくれる人もいるのだが、元々この店のメニューはある意味定番と言えるものしかない。
頭の中で考えながら、僕は窓の外に見える満月の月に視線を向けて――。
『姉さん、お菓子料理は得意だけど、それ以外は全然できないよね?』
『ちょ、それは言わない約束!』
『何そのダークマター?』
『……た、たまご、やき……』
『……玉子焼きってこんなに黒くなるものだっけ?』
僕の姉はお菓子作りは得意だった。
しかし、お菓子作り『は』である。それ以外は全くダメで、僕がまだ学生だった頃、一番印象的だったのがその玉子焼きだった。
涙目になりながら机に並べられている玉子焼きっぽいものを僕は頑張って食したことを思い出す。今でも思い出すあの炭っぽい味は忘れられず、味を思い出したと同時、僕は手で口を塞いだ。
「んんッ……」
「ッ……ど、どうした?」
「い、いや……思い出の味が炭だったので……」
「す、すみ?」
青ざめた顔をしながら答える僕に対し、クロさんは本当に心配している様子がある。そして僕はすぐさま近くにある冷蔵庫を開けた。
数々の材料が揃っている中、卵が入っているを確認すると、クロさんに視線を向けた。
「えっと、じゃあおすすめ作りますので、クロさん席についていてもらってもいいですか?」
「ああ構わないが……本当に大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。苦い味を思い出したので……」
笑いながら答える僕を見て、クロさんも少し安心したのか厨房から出ていき、いつも座っている場所に席についた。クロさんが席に座ったのを確認した僕は卵を三つ取り出し、割って用意したボールの中に入れる。
よくかきまぜた後、めんつゆを大さじ一、みりん大さじ一を入れて再度かきまぜた後、玉子焼き用のフライパンを取り出し、コンロで温める。
温まったのを確認した後、油を少し入れ全体に広げた後、溶いた卵を少し入れ、平らに伸ばし、半熟状態になったら奥から手前に巻き、奥に移動させ、それを三回繰り返す。
全ての卵を入れ終わり、焼き終わったらお皿に盛り付けを行い、完成。
ついでに炊いている白いご飯、味噌汁などをセットして、お盆に乗せた後、クロさんの所に持って行った。
「お待たせいたしました!」
「ん……」
「当店おススメメニュー、『玉子焼き定食』です」
僕は笑いながら、出来上がった玉子焼き定食をクロさんの前に置いた。クロさんは珍しそうな顔をしながら目の前に置かれているものに視線を向けている。
「店主、これは?」
「卵を使った料理です。クロさんの世界にもありますよね、卵?」
「ああ、あるが……流石店主だな。俺の知らない料理を作ってくれる」
「まぁ、僕の世界では定番メニューなんです」
クロさんの世界ではどのような卵料理があるのか全く分からないが、僕の世界では普通にある料理である。
珍しそうに眺めているクロさんに、僕はフォークをクロさんに渡す。
「お箸は使えないと思いますので、フォークで召し上がってください。あ、柔らかいので簡単に切れるから大丈夫ですよ?」
「ああ」
「ついでに、この醤油をかけて食べることをおすすめしますね。玉子焼きに味、あんまりついていないと思いますから」
「し、しょうゆ?」
クロさんに醤油を見せるのは初めてだ。これも珍しいのか黒い液体をジッと見つめている姿があり、思わず笑ってしまった。
醤油を隣に置いておくと、すかさずクロさんは玉子焼きに少しだけ醤油をかけて、フォークで一口サイズ切り、口の中に入れる。
固くなく、柔らかい玉子焼きに対し、クロさんは何も言わず食べ続け、そして――。
「……うまい、なぁ」
「本当ですか?」
「ああ、うまい、美味しい……卵料理はあまり食べないが、これなら永遠に食べていられる……」
「クロさん、流石に永遠は無理ですよ」
「いや、店主が俺のところに永久就職すればいい」
「どこで覚えたんですか、それ……」
第二弾の告白を言ってきたクロさんに思わずため息がこぼれてしまったのだが、その姿を見ていた瞬間、思わず重なってしまった。
初めて玉子焼きを作った時。
『美味しい、流石私の弟!』
「……ッ」
笑いたい、笑っていたいはずなのに、その時の僕の顔はきっと酷い顔をしていたのかもしれない。玉子焼き二切れを食べ終えたクロさんが僕に視線を向けた時、驚いた顔をしながら僕を見てきたのだ。
フォークを置き、すぐさまクロさんは僕の顔に手を伸ばし、頬に触れる。
「どうした、店主?」
「……クロ、さん?」
「なぜそんな顔をするんだ。俺、お前に何かしたか?」
「いや、別にそんな事は……ただ、姉を、姉を思い出しただけです」
「姉……ルギウスが言っていたな。お前に姉がいると」
「はい……もう、いませんが……」
ハハッと笑いながら、僕はクロさんを見る。
これ以上何もしゃべる事もないし、話すつもりもない。いつものように笑顔を見せながら目線をそらし、そして厨房に戻ろうとしたのだが、クロさんはそのまま僕の手首に触れ、握る。
まるで二度と手放すつもりがないように、強く握りしめる。
「あの、クロさん、痛いです」
「店主、好きだ」
「フフ、今日は多いですね告白」
「俺はいつも本気だぞ?」
「僕は毎回断っているじゃないですか」
「俺は諦めると言う言葉がないんだぞ店主。欲しいものは何でも手に入れる性格なんだ」
「うわ、ジャイアンですねクロさん」
フンっと鼻を鳴らしながら答えるクロさんの姿は、何処か輝いているように見えてしまったのは気のせいなのだろうか?
だからこそ、クロさんはすごい。僕を笑わせてくれる。
多分これからも、ずっとクロさんは僕を愛してくれると言う言葉をかけてくれるだろう。
だからこそ、僕はその言葉を受け取ってはいけない。
「気持ちはすごく嬉しいですが――」
「アキノリ」
「え?」
突然、クロさんが僕の名前を呼んだ。
いつもならば僕の名前を呼ぶことがないのに、珍しく名前で呼ばれてしまった僕は、変な返事をしてしまったのかもしれない。
視線の先には、真っ黒い姿のクロさんが静かに目を向けている。指先が静かに僕の頬に触れ、なぞるように唇に向かっている。
指先が唇に触れた時、クロさんは静かに笑いながら答えた。
「何度も言うが、俺は諦めが悪い。どんな手を使っても、俺はお前を手に入れる」
「クロさ――」
「だから俺のモノになれよ、アキノリ」
その言葉を言った瞬間、クロさんの笑った顔が忘れられない。いつもならば穏やかで何かを企んでいる顔をしているはずなのに、その時のクロさんはいつもと違い、何処かつらそうな顔をしていたなんて、言えるはずがなかった。
僕は何も知らない、クロさんの事を。
クロさんも僕の事は知らない。
僕が、私怨で人を殺めたことも、何も知らない。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
無自覚美少年のチート劇~ぼくってそんなにスゴいんですか??~
白ねこ
BL
ぼくはクラスメイトにも、先生にも、親にも嫌われていて、暴言や暴力は当たり前、ご飯もろくに与えられない日々を過ごしていた。
そんなぼくは気づいたら神さま(仮)の部屋にいて、呆気なく死んでしまったことを告げられる。そして、どういうわけかその神さま(仮)から異世界転生をしないかと提案をされて―――!?
前世は嫌われもの。今世は愛されもの。
自己評価が低すぎる無自覚チート美少年、爆誕!!!
****************
というようなものを書こうと思っています。
初めて書くので誤字脱字はもちろんのこと、文章構成ミスや設定崩壊など、至らぬ点がありすぎると思いますがその都度指摘していただけると幸いです。
暇なときにちょっと書く程度の不定期更新となりますので、更新速度は物凄く遅いと思います。予めご了承ください。
なんの予告もなしに突然連載休止になってしまうかもしれません。
この物語はBL作品となっておりますので、そういうことが苦手な方は本作はおすすめいたしません。
R15は保険です。
美形×平凡のBLゲームに転生した平凡騎士の俺?!
元森
BL
「嘘…俺、平凡受け…?!」
ある日、ソーシード王国の騎士であるアレク・シールド 28歳は、前世の記憶を思い出す。それはここがBLゲーム『ナイトオブナイト』で美形×平凡しか存在しない世界であること―――。そして自分は主人公の友人であるモブであるということを。そしてゲームのマスコットキャラクター:セーブたんが出てきて『キミを最強の受けにする』と言い出して―――?!
隠し攻略キャラ(俺様ヤンデレ美形攻め)×気高い平凡騎士受けのハチャメチャ転生騎士ライフ!
お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
俺の死亡フラグは完全に回避された!
・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ラブコメが描きたかったので書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる