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バリューシャ編
前編
しおりを挟む「父さん、『コレ』、ボクに譲ってくれない?」
本来ならば、死刑になるほどの重罪を起こした男を、小さな竜魔王の娘は笑顔ではっきりと言ったのだ。
縛られている男は驚いた顔をして、一人の少女を見ている。
「……お前のような娘が欲しがる存在なのか、この男は?」
「だってもったいないじゃないかこの男……いや、この竜はもっと強い道があると思うんだ!それを見てみたいと思うだろう?」
「……リュシア、その男を従える事が出来るのか?」
「……フっ」
静かに、笑いながら小さな子供は笑顔で答える。
しかし、その両目からは殺気がこもった目をしている。
「誰に言ってるのですか、父上」
一瞬にして、周りの者達全てに恐怖を抱かせたその両目は、全てを恐れていない目だった。
男は静かに、目の前に居る子供から目を話す事が出来なかった。
生まれた時から闇だった。
ずっとずっと、闇の世界で生きてきた。
家族も、友人も、何もかも居なかった一人ぼっちの世界に――入り込んできた『光』。
「名前……そうだなぁ、名前を付けないといけないんだよなぁ……もう、リューで良いか」
「……」
「あ、これじゃしゃべれないか。口の拘束だけ外してあげる」
「……ッ」
口を拘束されているのでしゃべる事が出来なかった男は、抵抗をする事なく、まっすぐな瞳で目の前の少女を見ていた。
少女の名は、リュシアと呼ばれていた。
「ボクはリュシア。リュシア・ヨーギランス・アシュカルテ……あそこに居るのがボクの父さん……父上さ」
「……お、れは……おれを、どうする……気だ?」
「服従か、死か、どちらか選んで」
「……とつぜん、だな」
「君にはその二つしか選択がないからね」
あっさりと、そのように真顔で告げる少女に何も言う事が出来なかったが、少女の言う通り、男にはそれしか残っていない。
既に重罪を犯している男に選択肢などないのだ。
少女に向けて、男は言う。
「……あなたに、服従したら、俺はまた生きてられるのですか?」
「そうだね、そうなるね」
少女は笑って、最後にこう言った。
「――死にたかった?」
男は何も言えない。
ただ、静かに笑いながら、ゆっくりと重い瞼を閉じたのだった。
▽ ▽ ▽
「隣国に、ですか?」
「うん、エステリアも行ってみる?隣国の『バリューシャ』王国」
「確か……獣人が収めている国、でしたよね」
「うん。うちの父さんと向こうの国王様、仲が良くて悪いからさー悪友らしい」
「そ、そうなんですか……」
竜魔王国のある昼下がり。
ここでの生活もだいぶ慣れてきたエステリアはいつものように友人であり、そして未来の義姉になる存在であるリュシアと一緒にお茶会を楽しんでいた。
半年前、エステリアはアストリア王国の聖女として働いていたのだが、偽聖女と言われ、追放と言われてしまい、そのまま竜魔王国にリュシアに連れていかれ、現在に至っている。
あれから半年――彼女は聖女ではなく、普通の人族の令嬢として、そして同時にリュシアの弟であるヨシュアの婚約者として、この国で生活をしている。
聖女をしていた頃とは全く待遇が違っているため、のんびりと満喫している状態になのである。
そんなリュシアが提案してきた隣国の『バリューシャ』王国。
そこは獣人の王、『獣王』が国を治めている獣人の国である。
リュシアはそこのパーティーに招待されたとエステリアに言う。
「獣王様も番……つまり奥さんに三番目の子供が数年前に生まれたんだけど、めっちゃ可愛い女の子なんだ!アリーシャって言うんだけど、目がくるくるしてて、もうマジで癒されるよ!そのアリーシャの紹介を兼ねてのパーティーらしいからエステリアも行こうよ!」
「で、ですか……私が行っても良いのでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。獣王にはその事は話してあるし、アリーシャもエステリアに会ってみたいって言ってるみたいだし……ね、行ってみよ?」
「……では、リュシアが言うなら」
人族であり、竜魔王国ではある意味『余所者』である存在のエステリアがそのような場所に行っても大丈夫なのだろうかと不安になりながら居るが、リュシアは相変わらず笑いながらエステリアの方に視線を向ける。
彼女が言うと言うなら大丈夫なのだろうと思いつつ、エステリアが笑い、別の方向に視線を向けると、そこにはリューの姿がある。
しかし、リューの顔が見た事のない、引きつったような顔をしており、背後からは黒いオーラが出ていたので、思わず驚いた顔をしてしまった。
「りゅ、リュシア!な、なんかリュー様がすごい顔をしているんですけど……」
「あ……ああ、リュー、もしかして聞いちゃった?」
「ええ、はっきりと」
「あー……リューも連れて行くから大丈夫だって。今回は父さんの代わりなんだからボクが行かなきゃいけないんだよ」
「……わかっておりますが……『奴』にリュシア様が会うとなれば、俺は平然としていられるかわかりません」
「……やつ?」
エステリアはリュシアが呆れそうな顔をしながら答えている『奴』と言う存在に首をかしげていると、大きな荷物を持ちながらエステリアとリュシアの二人の前に現れたのは、彼女の婚約者であり、リュシアの弟である存在。
次期竜魔王国の魔王となる存在、ヨシュアだった。
ヨシュア・ヨーギランス・アシュカルテ
体格はそんなに良くないが、父親譲りで背が高く、姉より上のような外形の彼の性格は引っ込み思案の引きこもり。
そんなヨシュアが憧れていたのはアストリア王国で聖女をしているエステリアの存在。
やっと会えたと思ったら長年憧れ&こじらせた初恋が同時に襲い掛かり、現在も性格も治らず。
その代わり念願のエステリアと婚約までこぎつける事が出来たので、今一番幸せ者だと信じている男だ。
「ね、ねぇさん……これ、頼まれておいた資料だけど……ああ、おはよう、エステリア、様」
「おはようございますヨシュア。いい加減、エステリアと呼び巣でで読んでくれてもいいのに……それか、エスかリアとも」
「あああああああ!そ、そんなの無理だよぉぉ!だ、だって、憧れの聖女様が僕の婚約者なんてぇ……」
「現実を受け入れろ、弟よ」
ヨシュアは未だにエステリアと婚約したと言う真実を信じていない。
このような性格だからこそ、いつか暴走してしまいには拗らせた結果、エステリアを監禁してしまうのではないだろうかと言う重い考えが浮かんでくる――リュシアはそれだけは阻止したかった。
持ってきてもらった資料に手を伸ばし、菓子を口の中に入れながら動かし、エステリアはヨシュアが持ってきた資料をジッと見つめるようにしながらヨシュアに視線を向けると、恥ずかしそうな顔をしながら答える。
「あ、ああ……こ、これは、その、と、父さんから頼まれた仕事なんだけど……ぼ、僕、長年部屋に籠りっぱなしだったから、わからないところもあって、ね、姉さんに教えてもらってるの」
「大変ですね、次期魔王様は」
「……エステリア様をお嫁さんにするなら、僕は魔王にだってなってやって、そんでもってアストリア王国の奴らを見返してやろうと思って」
「……ヨシュア」
「はいはい、お熱い事で……それにヨシュア。アストリア王国は後半年もしないで滅亡するから大丈夫。エステリアの結界が既にボロボロらしいからね」
「……」
アストリア王国はエステリアを偽聖女として追放しようとしたところであり、竜魔王も、そしてリュシアたちも、あの国には既に未来がないと知っている。
彼女が祈りを捧げ、魔力を注ぎ、聖女の光魔法の力で結界を作った事で魔物が出入りする事のない、平和な国を作ったのだから。
今でもあのバカ王子であるオスカーの顔が忘れられないでいるリュシアだった。
しかし、エステリアは少し顔色が悪い。
祖国がそのような状態になってしまったのだから、その顔をするのは無理もないと考えたリュシアは笑みを見せながら答える。
「大丈夫だよエステリア。君に家族の父親はこちらに移住する予定でもある。それに、君を優しくしてくれた人たちだって手続き済みだ」
「……ありがとう、リュシア」
「ボクと君は友達なんだから遠慮はいらないよ……でも、妹であるサシャは助けるつもりはないからそれは忘れないで」
「……ええ、わかっているわ」
サシャ――彼女はエステリアの妹であり、彼女もエステリアを貶めようとした相手でもある。
現在彼女が一応聖女として国の役目を務めているらしいが、彼女はエステリア以上の力もないし、そもそも光魔法ではなく、闇魔法の使い手なのだから結界だって作れる事はないだろう。
リュシアは友人の妹だからとて、彼女を貶めようとする身内にも容赦する事なく、静かに水分を補給する。
「それより姉さん、その国に行くなら『彼』にも会うんでしょう。すごく姉さんの事慕ってるじゃん」
「……うーん、正直会いたくないかなー。『奴』に会うと、まず動きにくくなる……」
「でも、良い人だと思うし、いざという時に頼っちゃったら?」
「うーん……」
「あのリュシア、ヨシュア、『彼』って、誰ですか?」
エステリアにとって獣王が収めていく国は初めてなのだ。
リュシアが悩むような事でもあるのだろうかと思いながら首をかしげていると、新しい紅茶を持ってきてくれたリュシアの従僕――リューが静かに息を吐きながらエステリアに向けて答える。
「獣王が収めてくる国には二人の息子と一人の娘が居ます。その一人がアリーシャ様……アリーシャ様はとても人懐っこい性格なのですが、長男がある意味問題児なのです」
「え?」
「長男の名前は『カルア』」
その名を口にすると同時に、リューの表情は不機嫌顔になる。
「リュシア様に求婚している獣王の息子です」
趣味が良いですよね、と付け加えながら、リューは持っていたマグカップを握りしめ潰そうとしている姿を、エステリアは見逃さなかったのである。
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