上 下
4 / 4
バリューシャ編

前編

しおりを挟む

「父さん、『コレ』、ボクに譲ってくれない?」

 本来ならば、死刑になるほどの重罪を起こした男を、小さな竜魔王の娘は笑顔ではっきりと言ったのだ。
 縛られている男は驚いた顔をして、一人の少女を見ている。

「……お前のような娘が欲しがる存在なのか、この男は?」
「だってもったいないじゃないかこの男……いや、このドラゴンはもっと強い道があると思うんだ!それを見てみたいと思うだろう?」
「……リュシア、その男を従える事が出来るのか?」
「……フっ」

 静かに、笑いながら小さな子供は笑顔で答える。
 しかし、その両目からは殺気がこもった目をしている。


「誰に言ってるのですか、


 一瞬にして、周りの者達全てに恐怖を抱かせたその両目は、全てを恐れていない目だった。
 男は静かに、目の前に居る子供から目を話す事が出来なかった。

 生まれた時から闇だった。
 ずっとずっと、闇の世界で生きてきた。
 家族も、友人も、何もかも居なかった一人ぼっちの世界に――入り込んできた『光』。

「名前……そうだなぁ、名前を付けないといけないんだよなぁ……もう、リューで良いか」
「……」
「あ、これじゃしゃべれないか。口の拘束だけ外してあげる」
「……ッ」

 口を拘束されているのでしゃべる事が出来なかった男は、抵抗をする事なく、まっすぐな瞳で目の前の少女を見ていた。
 少女の名は、リュシアと呼ばれていた。

「ボクはリュシア。リュシア・ヨーギランス・アシュカルテ……あそこに居るのがボクの父さん……父上さ」
「……お、れは……おれを、どうする……気だ?」
「服従か、死か、どちらか選んで」
「……とつぜん、だな」
「君にはその二つしか選択がないからね」

 あっさりと、そのように真顔で告げる少女に何も言う事が出来なかったが、少女の言う通り、男にはそれしか残っていない。
 既に重罪を犯している男に選択肢などないのだ。
 少女に向けて、男は言う。

「……あなたに、服従したら、俺はまた生きてられるのですか?」
「そうだね、そうなるね」

 少女は笑って、最後にこう言った。


「――死にたかった?」


 男は何も言えない。
 ただ、静かに笑いながら、ゆっくりと重い瞼を閉じたのだった。



   ▽ ▽ ▽


「隣国に、ですか?」
「うん、エステリアも行ってみる?隣国の『バリューシャ』王国」
「確か……獣人が収めている国、でしたよね」
「うん。うちの父さんと向こうの国王様、仲が良くて悪いからさー悪友らしい」
「そ、そうなんですか……」

 竜魔王国のある昼下がり。
 ここでの生活もだいぶ慣れてきたエステリアはいつものように友人であり、そして未来の義姉になる存在であるリュシアと一緒にお茶会を楽しんでいた。

 半年前、エステリアはアストリア王国の聖女として働いていたのだが、偽聖女と言われ、追放と言われてしまい、そのまま竜魔王国にリュシアに連れていかれ、現在に至っている。
 あれから半年――彼女は聖女ではなく、普通の人族の令嬢として、そして同時にリュシアの弟であるヨシュアの婚約者として、この国で生活をしている。
 聖女をしていた頃とは全く待遇が違っているため、のんびりと満喫している状態になのである。

 そんなリュシアが提案してきた隣国の『バリューシャ』王国。
 そこは獣人の王、『獣王』が国を治めている獣人の国である。
 リュシアはそこのパーティーに招待されたとエステリアに言う。

「獣王様も番……つまり奥さんに三番目の子供が数年前に生まれたんだけど、めっちゃ可愛い女の子なんだ!アリーシャって言うんだけど、目がくるくるしてて、もうマジで癒されるよ!そのアリーシャの紹介を兼ねてのパーティーらしいからエステリアも行こうよ!」
「で、ですか……私が行っても良いのでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。獣王にはその事は話してあるし、アリーシャもエステリアに会ってみたいって言ってるみたいだし……ね、行ってみよ?」
「……では、リュシアが言うなら」

 人族であり、竜魔王国ではある意味『余所者』である存在のエステリアがそのような場所に行っても大丈夫なのだろうかと不安になりながら居るが、リュシアは相変わらず笑いながらエステリアの方に視線を向ける。
 彼女が言うと言うなら大丈夫なのだろうと思いつつ、エステリアが笑い、別の方向に視線を向けると、そこにはリューの姿がある。
 しかし、リューの顔が見た事のない、引きつったような顔をしており、背後からは黒いオーラが出ていたので、思わず驚いた顔をしてしまった。

「りゅ、リュシア!な、なんかリュー様がすごい顔をしているんですけど……」
「あ……ああ、リュー、もしかして聞いちゃった?」
「ええ、はっきりと」
「あー……リューも連れて行くから大丈夫だって。今回は父さんの代わりなんだからボクが行かなきゃいけないんだよ」
「……わかっておりますが……『奴』にリュシア様が会うとなれば、俺は平然としていられるかわかりません」
「……やつ?」

 エステリアはリュシアが呆れそうな顔をしながら答えている『奴』と言う存在に首をかしげていると、大きな荷物を持ちながらエステリアとリュシアの二人の前に現れたのは、彼女の婚約者であり、リュシアの弟である存在。
 次期竜魔王国の魔王となる存在、ヨシュアだった。

 ヨシュア・ヨーギランス・アシュカルテ
 体格はそんなに良くないが、父親譲りで背が高く、姉より上のような外形の彼の性格は引っ込み思案の引きこもり。
 そんなヨシュアが憧れていたのはアストリア王国で聖女をしているエステリアの存在。
 やっと会えたと思ったら長年憧れ&こじらせた初恋が同時に襲い掛かり、現在も性格も治らず。
 その代わり念願のエステリアと婚約までこぎつける事が出来たので、今一番幸せ者だと信じている男だ。

「ね、ねぇさん……これ、頼まれておいた資料だけど……ああ、おはよう、エステリア、様」
「おはようございますヨシュア。いい加減、エステリアと呼び巣でで読んでくれてもいいのに……それか、エスかリアとも」
「あああああああ!そ、そんなの無理だよぉぉ!だ、だって、憧れの聖女様が僕の婚約者なんてぇ……」
「現実を受け入れろ、弟よ」

 ヨシュアは未だにエステリアと婚約したと言う真実を信じていない。
 このような性格だからこそ、いつか暴走してしまいには拗らせた結果、エステリアを監禁してしまうのではないだろうかと言う重い考えが浮かんでくる――リュシアはそれだけは阻止したかった。
 持ってきてもらった資料に手を伸ばし、菓子を口の中に入れながら動かし、エステリアはヨシュアが持ってきた資料をジッと見つめるようにしながらヨシュアに視線を向けると、恥ずかしそうな顔をしながら答える。

「あ、ああ……こ、これは、その、と、父さんから頼まれた仕事なんだけど……ぼ、僕、長年部屋に籠りっぱなしだったから、わからないところもあって、ね、姉さんに教えてもらってるの」
「大変ですね、次期魔王様は」
「……エステリア様をお嫁さんにするなら、僕は魔王にだってなってやって、そんでもってアストリア王国の奴らを見返してやろうと思って」
「……ヨシュア」
「はいはい、お熱い事で……それにヨシュア。アストリア王国は後半年もしないで滅亡するから大丈夫。エステリアの結界が既にボロボロらしいからね」
「……」
 
 アストリア王国はエステリアを偽聖女として追放しようとしたところであり、竜魔王も、そしてリュシアたちも、あの国には既に未来がないと知っている。
 彼女が祈りを捧げ、魔力を注ぎ、聖女の光魔法の力で結界を作った事で魔物が出入りする事のない、平和な国を作ったのだから。
 今でもあのバカ王子であるオスカーの顔が忘れられないでいるリュシアだった。

 しかし、エステリアは少し顔色が悪い。
 祖国がそのような状態になってしまったのだから、その顔をするのは無理もないと考えたリュシアは笑みを見せながら答える。

「大丈夫だよエステリア。君に家族の父親はこちらに移住する予定でもある。それに、君を優しくしてくれた人たちだって手続き済みだ」
「……ありがとう、リュシア」
「ボクと君は友達なんだから遠慮はいらないよ……でも、妹であるサシャは助けるつもりはないからそれは忘れないで」
「……ええ、わかっているわ」

 サシャ――彼女はエステリアの妹であり、彼女もエステリアを貶めようとした相手でもある。
 現在彼女が一応聖女として国の役目を務めているらしいが、彼女はエステリア以上の力もないし、そもそも光魔法ではなく、闇魔法の使い手なのだから結界だって作れる事はないだろう。
 リュシアは友人の妹だからとて、彼女を貶めようとする身内にも容赦する事なく、静かに水分を補給する。

「それより姉さん、その国に行くなら『彼』にも会うんでしょう。すごく姉さんの事慕ってるじゃん」
「……うーん、正直会いたくないかなー。『奴』に会うと、まず動きにくくなる……」
「でも、良い人だと思うし、いざという時に頼っちゃったら?」
「うーん……」
「あのリュシア、ヨシュア、『彼』って、誰ですか?」

 エステリアにとって獣王が収めていく国は初めてなのだ。
 リュシアが悩むような事でもあるのだろうかと思いながら首をかしげていると、新しい紅茶を持ってきてくれたリュシアの従僕――リューが静かに息を吐きながらエステリアに向けて答える。

「獣王が収めてくる国には二人の息子と一人の娘が居ます。その一人がアリーシャ様……アリーシャ様はとても人懐っこい性格なのですが、長男がある意味問題児なのです」
「え?」
「長男の名前は『カルア』」

 その名を口にすると同時に、リューの表情は不機嫌顔になる。


「リュシア様に求婚している獣王の息子です」



 趣味が良いですよね、と付け加えながら、リューは持っていたマグカップを握りしめ潰そうとしている姿を、エステリアは見逃さなかったのである。




 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

地味令嬢は家族に無視され、学園で蔑ろにされても、明るく前向きに生きていけます。そして何故か『悪魔』と呼ばれる男性に求婚されました。何故!?

桜塚あお華
恋愛
この世界は『魔力』と言うものが全ての世界。 アリス・リーフィアはほぼ魔力がない、初級魔法も出来るか出来ないかと言う形で生まれてきたため、リーフィア伯爵家は有名な魔術師家系だったので、ほぼ魔力がない彼女を蔑ろにしなかったが居ないモノとして扱われてきた。同時に地味な恰好をしているからか、学園では『魔力なしの地味令嬢』と言われるようになった。いや、魔力は少しだけあるんですけど!?と思った所で、彼女自身人間と言うモノに興味がなかったので、どうでもよかった。 しかし、そんな彼女にも声をかけてくれる人たちは居た。有名な魔術師の祖父は平等に扱ってくれたし、兄は最近話しかけてくれるようになった。学園でも魔力があまりない人たちが数人いたので、貴族や平民など関係なしに仲良くなった。 ある日、学園祭後のパーティーに着ていくドレスが破けてしまった事でお金がないアリスは友人の紹介で雑貨屋のアルバイトを始めたのだが、その時一人の男性が入ってきた。そして何故かその男性に自分の事を話始めてしまい――。

婚約破棄された令嬢は森で静かに暮らしたい

しざくれ
恋愛
ソフィアは家族にも周囲にも疎まれて育った。それは妹が光の聖女に選ばれたから。公爵家に産まれているのになんの才能もないと蔑まれていたのだ。 そして、妹に惚れ込んでいる第二王子であり、ソフィアの婚約者の男から婚約破棄を受けた時、ソフィアは意を決する。 「家を出よう」 そう決めたソフィアの行動は早かった。16を数えたばかりのソフィアは家を出た。そして見つけてしまった。『伝説の魔女』と呼ばれた稀代の英傑を。 それから20歳になる。 師匠と崇めた老婆が死に、ソフィアは育った森で、弱った冒険者を助けたり、時に大疫病に効く薬を作ったりと活躍をする……。 そんなソフィア宛に、かつて婚約破棄をした王子や、その国からの招待状やらが届く。もちろん他の国からも。時には騎士達も来るが……。 ソフィアは静かに森で暮らしてたいだけなのだが、どうも周囲はそうさせてくれないよう。 イケメンに化けるドラゴンさんも、そんなソフィアを脅かす一人なのだ。

【完結】地味顔令嬢は平穏に暮らしたい

入魚ひえん
恋愛
地味で無難な顔立ちの令嬢ティサリアは、よく人違いにあう。 隣国に住む親戚が主催する夜会に参加すると、久々に会う従兄たちとの再会もそこそこに人違いをされ、注目の的となってしまった。 慌てて会場を去ろうとするティサリアだったが、今度は一度見たら忘れるとは思えない、目を見張るような美形の男性に声をかけられて、まさかのプロポーズを受ける。 でも知らない人。 「ごめんなさい! 今のことは誰にも言いませんから気づいて下さい! 本当に人違いなんです!!」 これは平穏に暮らしたいけれどうっかり巻き込まれがちな、だけど事情を知ると放っておけずに助けてしまう令嬢のお話。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! コメディとシリアス混在+恋愛+わりとほのぼの。他にも仲良し家族等、色々な要素が混ざってます。 人格に難のある方がうろついていますので、苦手な方はご注意ください。 設定はゆるゆるのご都合主義です。R15は念のため。 よろしければどうぞ~。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

婚約者に対して無能などと平気で言える彼は正直少しどうかしていると思います。~姉の男を奪って満足そうだった妹は酷い目に遭ったようです~

四季
恋愛
婚約者に対して無能などと平気で言える彼は正直少しどうかしていると思います。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

氷の魔術師は、自分よりも妹優先、妹が大事。~だから妹を傷つけた王太子は死んでも許さない~

桜塚あお華
恋愛
アリシア・カトレンヌ侯爵令嬢は妹が大事、妹優先の王宮魔術師であり、主に氷の魔術を好む人物である。 父が過労で倒れたため、代わりに妹、カトリーヌ・カトレンヌが通っている学園の卒業式に行く事になる。 そこで嘗てに学友であり第一王子と、騎士団で働いているレンディスと話をしつつ、可愛い妹であるカトリーヌの大事な卒業式を見つめていた時。 妹の婚約者であり、この国の王太子である第二王子が突然婚約破棄を言い出した。 妹を傷つけたと思ったアリシアはそのまま――。

処理中です...