上 下
80 / 119
第4の異世界ーはるか遠くの銀河で戦う少年

第80話 ルカの師匠イライゼン・モーヒュー

しおりを挟む
「私は恥ずかしい」

 円形の間を出た途端、ルカがポツリとそう言った。

「どうしたんだい? 突然」
「いえ、ハバンさんがサミオンペイナーを助けに向かったとき、私は彼女が痛めつけられて己を知るのがいいと考えていました。しかしそれは間違いだったのです」

 辛そうな表情でルカは胸の前で拳を握り込む。

「理不尽な暴力から弱き者を救うのがヨトゥナのナイトの使命です。それを忘れて私はあのような愚かなことを考えてしまいました。それが恥ずかしいのです」
「けれど君の考えも間違ってはいない。あれが命を奪い合う戦いの場だったら、彼女は死んでいた。戦場ではない場所で己の弱さを知れたのは彼女にとって良いことだったと思うよ」
「そうかもしれません。けれど私の考えはヨトゥナのナイトではありませんでした。自分が未熟者であると痛感して……悔しい思いです」
「そうか」

 なんとも意識の高い少年だ。ヨトゥナの教えをとても大切にしているというのもあるだろうが、彼の心がとても高潔なのだと思った。

「そう思いつめないほうがいい。君はまだ若いんだ。失敗をしても、それを経験にしていくらでも成長をできるんだからさ。今回の件も成長できるきっかけになっと思えばいいんだよ」
「ハバンさん……」

 言葉を聞いて納得できたのか、ルカは安らかな表情で俺を見上げていた。

「あなたは立派です。私はあなたのような素晴らしいナイトになりたいと思います」
「大袈裟だな君は」

 まっすぐなこの少年は、自分のようにかはともかくとして、きっと良いナイトになると思った。

「ふむ。ならばハバンよ、ルカに師事をしてやったらよい」
「えっ? 師事?」
「そ、それは願っても無いことですっ! ぜひ私に師事をしていただけないでしょうかっ?」

 膝をついてこうべを垂れるルカを前に俺は戸惑う。

「師事って……なにを教えたらいいんだ?」

 師事するのは構わない。しかし経験が無いのでなにを教えたらいいのか……。

「ハバンがルカに教えたいことを教えればよい。そしてそうすることでハバン自身も成長をすることじゃろう」
「教えることで自分も成長……」

 言わんとすることがわからないでもない。

「わかった。君の成長を助けてやれるならば、できるだけのことをさせてもらおう」
「あ、ありがとうございますっ!」

 跪いたままルカは深く頭を下げた。

 真面目で礼儀正しい少年だ。そして高い意識を持っている。
 彼に対して自分が満足な教えを与えられるのか俺は不安であった。

「まあそんなに畏まらなくてもいいから。立ち上がって」

 恭しく頭を下げているルカを立ち上がらせようと声をかけていると……。

「――なにをしているんだルカ?」
「うん?」

 かけられた声にそちらを向くと、そこにいたのはヨトゥナのナイトの衣装を着た女だった。

 長い黒髪に鋭い目つきをしたその若い女は、妙に落ち着きのある雰囲気を醸し出しており、外見よりも年かさな印象を受けた。

「サ、サンパーイライゼン師匠っ」
「イライゼン?」

 確かルカの師匠で、任務で夕方には戻って来るとは聞いていたが。

 立ち上がったルカがイライゼンの側へ赴く。

「お戻りでしたか師匠」
「ああ、たったいま戻ったところだ。これからゼナイエ様に任務の報告へ赴くところだが……」

 イライゼンの鋭い視線がこちらへ向けられる。

「彼らは何者だ? 子供のほうはナイトのようだが、仮面の男はなんだ?」

 訝し気な目で見られた俺は居心地の悪いような気分になった。

 やっぱりこの仮面姿は目立つ。

「こちらの方たちはサミオンツクナ様と、そのお弟子のサンパーハバンさんです」
「サミオンツクナとサンパーハバン? 聞いたことがないな」
「はい。サミオンツクナ様とハバンさんは……」

 ルカがこれまでの経緯を話す。

「……なるほど。彼が君の命を」

 こちらへと歩いて来たイライゼンが右手を差し出してくる。

「イライゼン・モーヒューだ。教え子の助命に礼を言わせてもらおう」
「ハバン・ニー・ローマンドだ。よろしく」

 差し出されている手を握る。
 大きくはないが、しかしやわではない感触。戦士の手だ。

「デズター・デルガモットを倒した男か。かなりの強者なんだな」
「師匠が優れているおかげだよ」
「師匠……」

 イライゼンの目が眼下へと向く。

「ツクナじゃ。握手はいい。そういう文化では育っていないからの」
「君がサミオンなのか?」
「ゼナイエよりも歳は上じゃ。おかしなことではないじゃろう」
「まあ……そうだな」

 と、納得の言葉を口にするも、彼女の目には疑義の色が浮かぶ。
 ゼナイエという前例があるとはいえ、こんな小さな子供がナイトの最高位と信じ難いのはしかたのないことだとは思う。

「丁度よいから話しておこう。ゼナイエにはすでに話してあるが、ルカをツクナのもとで使役させてもらう。よいな?」
「サミオンの君が決めたことならばサンパーの私が口を出せることではない」
「それとルカをハバンに師事させる。師のお前としてはおもしろくないじゃろうが、ルカを成長させるためじゃ。構わんな?」
「サミオンの意志ならばなにも言えることはない」

 やや不服そうではあるが、イライゼンはツクナの言葉に頷いた。

「サンパーイライゼン師匠、申し訳ありません。あなたの弟子でありながら他の方から教えをいただくなど、本来ならばあってはならないことだとは承知しておりますが……」
「ルカ」

 イライゼンがルカの肩に手を置く。

「その……いや、私に遠慮をしなくていい。私はあまり師匠には向いていないからな。お前を十分に育てられていないと思っていたところだ」
「そ、そんな。戦うことなどできなかった私にズァーグの扱いや剣術を教えてくれたのはあなたです。師匠には言葉では言い表せないほどの強い感謝を胸に感じております」
「そう思ってくれるのならば嬉しい。……うん。ではな」

 と、イライゼンは背中を向けて去って行く。
 その背はどうにも物悲しく感じられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

[完結:1話 1分読書]幼馴染を勇者に寝取られた不遇職の躍進

無責任
ファンタジー
<毎日更新 1分読書> 愛する幼馴染を失った不遇職の少年の物語 ユキムラは神託により不遇職となってしまう。 愛するエリスは、聖女となり、勇者のもとに行く事に・・・。 引き裂かれた関係をもがき苦しむ少年、少女の物語である。 アルファポリス版は、各ページに人物紹介などはありません。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 この物語の世界は、15歳が成年となる世界観の為、現実の日本社会とは異なる部分もあります。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...