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オレが父親になれるんだったら喜んでなるよ
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自宅の玄関をガラガラと引き戸を開けた遥香は、手元のスイッチをつけた。パッと部屋の中が明るく灯り、眩しさで眼をしばたたせる。
真哉とふたりで暮らす自宅兼管理棟は平屋建ての2DK。こじんまりとした住まいだけれど、真哉と暮らす分には十分な広さだ。
ベッドのある部屋の隅にあるチェストの引き出しを開けて、真哉のパジャマと下着、明日の分の服をセットし紙袋に入れた。
そして、自分の分の支度を始める。下着の入っている引き出しを開け、暫し悩む。
「うーん、なるべく綺麗でセクシーな下着がいいけど、色っぽい話しも無かったから持っていないのよね」
この後の事を考えると、遥香は自分の顔の筋肉がだらしなく緩んでいる気がする。両手でパチンと頬をはたいて、マシなのを選び、急いで残りの服を選んだ。
「早く、戻らないと真哉が起きちゃうかも……」
と立ち上がったことろで、玄関から声が聞こえてくる。
「遥香、帰っているのか?」
「陽太……」
いつもなら真哉が”ようちゃん”と笑顔をむけるのにその姿はなく、夕飯時の時間にも関わらずTVもついていない静かな部屋の様子に陽太の表情が変わる。
「シンは?」
昨日、陽太に告白をされて考えてくれと言われたばかり、それで、今、この状況だ。でも、遥香は嘘をついたり隠すような事はしたくなかった。
「あの、柏木さんの記憶が戻って……今、シンちゃん柏木さんに見てもらっているの」
「っざけんな。散々、放って置いて今さらノコノコやって来て、父親面すんのかよ」
真哉が産まれた時から……。イヤ、お腹にいる時からずっと、手助けしてくれた陽太にしてみれば、納得できないのは仕方ない事。
「ごめんね、陽太。でも、真哉にとって本当のパパなんだよ」
陽太が真っすぐな瞳を向ける。
「で、遥香はこの先どうすんだよ」
「えっ、どうするっていきなり言われても……」
まだ、今日、記憶が戻った話を聞いたばかりで、やっと親子の名乗りを上げただけ、この先の事はこれから話をしていこうと思っていた。だから、今すぐにどうするなんて聞かれても答えようがない。
ハッキリと答えられない遥香の反応に陽太は苛立ちを隠そうとはしなかった。
「だから、沖縄での暮らしを捨てて、東京で暮らすのかよ」
(東京で暮らす……。そうだ、直哉とのこれからを考えて行くならば東京で暮らす事を考えないといけないんだ。
でも、まずは直哉と話し合って、それから考えたい。早く、直哉の所に戻らないと……。)
「ごめん、今はわからない……」
玄関に立っている陽太の横をすりむけようとした。けれど、陽太の腕が僅かな隙間をふさぐ。
「行くなよ。遥香」
「お願い、通して」
陽太は眉根を寄せて、苦しそうに言葉を吐きだす。
「……いやだ。アイツの所になんて行かせたくない。オレ、ずっと待っていたんだ。早く、遥香を支えられるぐらいの大人になりたくて、社会人になって仕事を覚えて一端になったら、家族になろうって言おうと、ずっと思っていたのに……」
2つ年下で27歳になった陽太。
遥香が妊娠した時は、陽太は社会人になったばかりだった。
まさか、あの頃からそんな事を考えていたなんて遥香は思いも寄らなかった。
でも、冷静になって考えてみると陽太の言い分に齟齬を感じる。
幼馴染の陽太、家も近くて地元の友達や先輩後輩の繋がりも強いこの地域。
良く言えば、連帯感が強く。悪く言えば、過干渉。
誰と誰が付き合ったとか、人の口に戸が立てられないという諺がピッタリくるぐらい仲間内の情報が筒抜けだ。
「陽太……。でも、最近でこそ、彼女いなかったけど、いろんな子と付き合っていたよね」
遥香の指摘にバツが悪そうに陽太は顔を背けた。
「遥香が妊娠した時。オレは、まだ大学出たばっかりのペーペーだし、遥香の眼中にオレが無いのはわかっていたけど、それなりにショックだったんだ。あきらめようと他の子と付き合ったりしたけど無理だった。あきらめきれないと思ってからは誰とも付き合っていない。そして、ずっとそばにいたらいつか結ばれるって……思っていたんだ」
(陽太がそんな気持ちでいたなんて、全然気づかずにいた。
弟のようにしか考えていなくて、でも、たくさん助けてもらっていた。
陽太の好意に甘えるだけ甘えていたんだ……。)
それなのに陽太に掛ける言葉が見つけられずに、黙って俯く遥香に陽太の切ない声が降りそそぐ。
「それに怖かったんだ。遥香との心地の良い関係が大切で、壊さないようにゆっくりと育んでいこうと考えていた。それなのに、今になってあいつが来るんて考えられないだろ⁉ 遥香、行くなよ。それにあいつを選んだとして、お前、友達もいない東京で真哉と暮らしていけるのかよ」
直哉の記憶が戻って、もう一度やり直したいと言ってもらえた。そして、真哉の事を認めてもらい親子の対面が叶った。
でも、おとぎ話のように、王子様が迎えに来て結ばれたからといって、ハッピーエンドで終了ではない。
リアルの世界では、その先も物語は続く。
Kロジスティクスの御曹司の直哉。彼との生活を考えたら、東京で暮らしていかなければならないのだろう。
たくさんの人の流れの中を歩き、ビルや電線で切り取られた小さな空を見上げながら、知り合いもいない東京で子育てをしていく事を考えると、遥香の胸に不安が過る。
だからと言って、今すぐになんて答えは出ない。
「陽太には、散々助けてもらって、頼ってばかりで、知らない間に陽太を傷つけていたんだね。ごめんね。でも、今は行かせて、真哉だって預けたままに出来ないでしょう。これからの事も何にも決めていないし、親権の問題だって出てくるし、行かないといけないの。ごめん、お願いだから通して」
感情が揺さぶられ、遥香の瞳からは涙がこぼれた。
陽太は、玄関をふさいでいた腕を下げ、眉間にしわを寄せ苦しそうに言葉を吐き出す。
「ごめん……そうだな、シンを預けっぱなしになんて出来ないもんな。でも、ずっと二人の事を大切にしていたのに、シンだってお腹にいた時から知っているし、自分の子供のように思っていたんだ。オレが父親になれるんだったら喜んでなるよ」
「陽太……」
真哉とふたりで暮らす自宅兼管理棟は平屋建ての2DK。こじんまりとした住まいだけれど、真哉と暮らす分には十分な広さだ。
ベッドのある部屋の隅にあるチェストの引き出しを開けて、真哉のパジャマと下着、明日の分の服をセットし紙袋に入れた。
そして、自分の分の支度を始める。下着の入っている引き出しを開け、暫し悩む。
「うーん、なるべく綺麗でセクシーな下着がいいけど、色っぽい話しも無かったから持っていないのよね」
この後の事を考えると、遥香は自分の顔の筋肉がだらしなく緩んでいる気がする。両手でパチンと頬をはたいて、マシなのを選び、急いで残りの服を選んだ。
「早く、戻らないと真哉が起きちゃうかも……」
と立ち上がったことろで、玄関から声が聞こえてくる。
「遥香、帰っているのか?」
「陽太……」
いつもなら真哉が”ようちゃん”と笑顔をむけるのにその姿はなく、夕飯時の時間にも関わらずTVもついていない静かな部屋の様子に陽太の表情が変わる。
「シンは?」
昨日、陽太に告白をされて考えてくれと言われたばかり、それで、今、この状況だ。でも、遥香は嘘をついたり隠すような事はしたくなかった。
「あの、柏木さんの記憶が戻って……今、シンちゃん柏木さんに見てもらっているの」
「っざけんな。散々、放って置いて今さらノコノコやって来て、父親面すんのかよ」
真哉が産まれた時から……。イヤ、お腹にいる時からずっと、手助けしてくれた陽太にしてみれば、納得できないのは仕方ない事。
「ごめんね、陽太。でも、真哉にとって本当のパパなんだよ」
陽太が真っすぐな瞳を向ける。
「で、遥香はこの先どうすんだよ」
「えっ、どうするっていきなり言われても……」
まだ、今日、記憶が戻った話を聞いたばかりで、やっと親子の名乗りを上げただけ、この先の事はこれから話をしていこうと思っていた。だから、今すぐにどうするなんて聞かれても答えようがない。
ハッキリと答えられない遥香の反応に陽太は苛立ちを隠そうとはしなかった。
「だから、沖縄での暮らしを捨てて、東京で暮らすのかよ」
(東京で暮らす……。そうだ、直哉とのこれからを考えて行くならば東京で暮らす事を考えないといけないんだ。
でも、まずは直哉と話し合って、それから考えたい。早く、直哉の所に戻らないと……。)
「ごめん、今はわからない……」
玄関に立っている陽太の横をすりむけようとした。けれど、陽太の腕が僅かな隙間をふさぐ。
「行くなよ。遥香」
「お願い、通して」
陽太は眉根を寄せて、苦しそうに言葉を吐きだす。
「……いやだ。アイツの所になんて行かせたくない。オレ、ずっと待っていたんだ。早く、遥香を支えられるぐらいの大人になりたくて、社会人になって仕事を覚えて一端になったら、家族になろうって言おうと、ずっと思っていたのに……」
2つ年下で27歳になった陽太。
遥香が妊娠した時は、陽太は社会人になったばかりだった。
まさか、あの頃からそんな事を考えていたなんて遥香は思いも寄らなかった。
でも、冷静になって考えてみると陽太の言い分に齟齬を感じる。
幼馴染の陽太、家も近くて地元の友達や先輩後輩の繋がりも強いこの地域。
良く言えば、連帯感が強く。悪く言えば、過干渉。
誰と誰が付き合ったとか、人の口に戸が立てられないという諺がピッタリくるぐらい仲間内の情報が筒抜けだ。
「陽太……。でも、最近でこそ、彼女いなかったけど、いろんな子と付き合っていたよね」
遥香の指摘にバツが悪そうに陽太は顔を背けた。
「遥香が妊娠した時。オレは、まだ大学出たばっかりのペーペーだし、遥香の眼中にオレが無いのはわかっていたけど、それなりにショックだったんだ。あきらめようと他の子と付き合ったりしたけど無理だった。あきらめきれないと思ってからは誰とも付き合っていない。そして、ずっとそばにいたらいつか結ばれるって……思っていたんだ」
(陽太がそんな気持ちでいたなんて、全然気づかずにいた。
弟のようにしか考えていなくて、でも、たくさん助けてもらっていた。
陽太の好意に甘えるだけ甘えていたんだ……。)
それなのに陽太に掛ける言葉が見つけられずに、黙って俯く遥香に陽太の切ない声が降りそそぐ。
「それに怖かったんだ。遥香との心地の良い関係が大切で、壊さないようにゆっくりと育んでいこうと考えていた。それなのに、今になってあいつが来るんて考えられないだろ⁉ 遥香、行くなよ。それにあいつを選んだとして、お前、友達もいない東京で真哉と暮らしていけるのかよ」
直哉の記憶が戻って、もう一度やり直したいと言ってもらえた。そして、真哉の事を認めてもらい親子の対面が叶った。
でも、おとぎ話のように、王子様が迎えに来て結ばれたからといって、ハッピーエンドで終了ではない。
リアルの世界では、その先も物語は続く。
Kロジスティクスの御曹司の直哉。彼との生活を考えたら、東京で暮らしていかなければならないのだろう。
たくさんの人の流れの中を歩き、ビルや電線で切り取られた小さな空を見上げながら、知り合いもいない東京で子育てをしていく事を考えると、遥香の胸に不安が過る。
だからと言って、今すぐになんて答えは出ない。
「陽太には、散々助けてもらって、頼ってばかりで、知らない間に陽太を傷つけていたんだね。ごめんね。でも、今は行かせて、真哉だって預けたままに出来ないでしょう。これからの事も何にも決めていないし、親権の問題だって出てくるし、行かないといけないの。ごめん、お願いだから通して」
感情が揺さぶられ、遥香の瞳からは涙がこぼれた。
陽太は、玄関をふさいでいた腕を下げ、眉間にしわを寄せ苦しそうに言葉を吐き出す。
「ごめん……そうだな、シンを預けっぱなしになんて出来ないもんな。でも、ずっと二人の事を大切にしていたのに、シンだってお腹にいた時から知っているし、自分の子供のように思っていたんだ。オレが父親になれるんだったら喜んでなるよ」
「陽太……」
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