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砂浜に足跡を残して

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 鍾乳洞を出て、車に乗り込み329号線を北上するルートを選び、金武湾を横目に交通量の少ない道路を快適に走る。

「この先に人気ひとけの少ないビーチがあるんです。地元の人しか来ないビーチなので運が良ければ貸し切りになります。寄ってみませんか?」

「オススメのビーチか。ぜひ寄ってみたいよ」

 そう言って、直哉が柔らかく微笑んだ。
 昔と変わらない懐かしい微笑みに、遥香は胸の奥がギュッと掴まれたように痛む。

 途中、国道沿いにある道の駅に立ち寄った。ここの道の駅は海が目の前で、爽快な景色が広がっている。
 地元の人でにぎわう店内の入り口付近の棚の上には、近隣の農家で採れたアップルマンゴーが並べられ、甘い芳香が店内に漂っている。箱入りの贈答品のほかにも家庭用も売られて、ネットに入った物やパックに入った物があった。

「さすがに地元だな。すごい量だ。少し買っていこうか」

「はい、選び方のコツとしましては、すぐに食べる場合。黒い斑点が出始め、さらにヘタのところから蜜が出ていて、なおかつ香りの高いものが完熟です」

「じゃ、安里さん選んで」

 そんなことを言って、直哉が悪戯な瞳を向ける。
 
 (せっかく説明したのに……。)
 
 ムッと唇を尖らせたものの、それでも、いそいそとマンゴーの棚に向かってしまう。
 パックや袋を手に取り、美味しそうなマンゴーを選んでしまった。
 せっかく沖縄に来たのなら、本場の美味しい完熟マンゴーを食べてもらいたいと思うのは、自然な気持ちだ。

 そのほかにタオルと島ぞうり、ミネラルウォーター、そしてカットマンゴーも買い込んで再びドライブを始める。

 暫く走り、カーブを曲がると真っ直ぐに伸びた道に出る。
 その道の先にはコバルトブルーに輝く海が待ち受けていた。あの時と同じように歩道に植えられた真っ赤なハイビスカスが鮮やかに咲き誇り、目を楽しませてくれる。

 直哉の記憶のきっかけがつかめるならと、5年前と同じルートを辿っているのだ。

 手書きでビーチとだけ書かれた素朴な看板の案内に従い、ウインカーを立て、ゆっくりとハンドルを切る直哉。
    その彼を見つめる遥香は、あの日に時が戻ったような錯覚に陥った。

 駐車場に車が停まり、熱い日差しと青い海、真っ白な砂浜が出迎えてくれる。
 早速、さっき買った島ぞうりを直哉に差し出した。以前、来た時は焼けた砂浜を素足で走ったけれど、足に事故の後遺症の残る直哉に無理をさせたくなかったからだ。

「ここで履き替えましょう。焼けた砂も熱いですし、珊瑚や貝で切れたら足が痛いですから」

「ありがとう、気が利くね」

「気が利くついでに、カットマンゴーを買いました。あそこの東屋で食べませんか?」

「マンゴー好きなんだ。嬉しいよ」

 直哉の切れ長の瞳が弧を描き子供のような笑顔を浮かべた。その笑顔に心がほころぶ。

「安里さん。やっと笑ってくれた」

「えっ?」

「作った笑顔じゃなくて、心からの笑顔が見れて嬉しいよ」

 覗き込むように言われ、直哉の瞳と視線が絡む。きれいな虹彩の瞳から視線を外したくて、遥香は思わず俯いてしまった。
 その虹彩に囚われたままだと、遥香は本当の事を言ってしまいそうで怖かったから。

「いや、困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、安里さんがいつも悲しそうなのが気に掛かって……」

「……私は大丈夫です。それよりマンゴーが温まらないうちに食べましょう」

 遥香は、ごまかすように直哉の手を引き、東屋まで歩き出した。
 無意識に繋いでしまった節のある大きな手から伝わる熱を感じてしまうと、どうしたって、胸の奥がざわつきが抑えられない。
 隅に追いやっていた甘い記憶と彼への思いが、遥香の中で芽を出し始め、気が付けば気持ちが引き戻されている。

 東屋にたどり着き、石作りのベンチに向かい合わせに座わった。
 テーブルの上にマンゴーのパックを並べると、一口サイズにカットされたトロトロに熟れたマンゴーが、パックいっぱいに入っていて蓋を開けば、甘い芳香が広がる。
 付いてた爪楊枝を刺し、「いただきます」と口に入れた。すると、口の中は濃厚な味わいに満たされる。

「この味でこのお値段は、地元ならではですよね」

「マンゴーの味が濃くて旨いな」

「美味しいですよね。マンゴー好きなんです」

 ふと前にも同じような会話をしたなと思った。

「痛っ……」

 直哉が顔をしかめ、こめかみを抑え込む。

「大丈夫ですか?」

「ごめん、一瞬ズキンと痛んだけど、もう大丈夫だ」

「無理なさらないでください」

「心配させてすまなかった。落ち着いたから散歩しようか」

 その言葉に頷き立ち上がった。
 真っ白な海岸に足を踏み入れる。強い日差しに焼けた砂。紫外線の強いこの時間に地元の人が来るはずもなく、1キロ以上ある海岸が貸し切りだ。
 あの時、踏んで痛かった珊瑚も熱い砂も、今日は道の駅で買った島ぞうりがあるから慌てずに済む。
 心配していた直哉の足も段差が無ければ大丈夫そうだ。

 やがて、波打ち際までたどり着く。きめ細かな白い砂浜に島ぞうりの足跡が並ぶ。
 直哉が立ち止まり、太陽に手を伸ばし大きく伸びをした。

「なんだか、懐かしい気持ちになるよ。もしかして来たことがあるのかな?」

「……そうかもしれませんね」

 足元に波がざわざわと押し寄せる。

「子供の頃にこういう所に住んでいたら、楽しそうだな」

「住むのと、たまに遊びに来るのでは、また見える風景が変わるかもしれません。でも、都会と違った遊びが味わえます。中でも防波堤からジャンプするダイナミックな遊びは都会の子供では味わえない遊びです。中学ぐらいになると通過儀礼とでも言うんでしょうか。みんなやります」

「安里さんもやったの?」

「私も何回かやりました。爽快ですよ」

 足元を波で洗われながら、直哉が遠くを見て眩しそうに手をかざす。

「いいな、そんな中学時代。俺は、全寮制の中高一貫校に入っていたし、夏休みも実家には帰らなかったから家族旅行にも参加した事が無くて、素敵な思い出があるのが羨ましいよ」

「私も家族旅行はしたことありませんよ。幼い頃に母が亡くなって、父も仕事で忙しくて、近所のお宅に預けられていました。その家の幼馴染と走りまわって男の子みたいだったんです。それでも母が生きていた頃は親子3人にで買い物をすることがあって、いい子にしていると最後に父がブルーシールのアイスを買ってくれるので、それが楽しみでいい子にしていました」

「いい家族だな。俺も子供が出来たら家族で出かけてアイスを買って、自分がしてもらいたかった事を子供にしてやりたいと思っているんだ」

 直哉の言葉を訊いて、遥香は希望の光を見出す。
    5年前、レストランでアイスの話をした時に出した答えを直哉が言ってくれたからだ。
(もしかしたら、直哉の記憶の深いところに、まだ私がいるのかもしれない。)
 

「少し歩こうか」

 直哉に手を差し出され、その手を重ねた。
 節のある大きな手から伝わる熱を感じ、彼から香るオリエンタルノートが遥香の鼻をくすぐる。
 ふたりの並んだ足跡を寄せては返す波が攫い、あの時ように青い空と海が広がっている。

(直哉の記憶が戻ったら、二人の関係はどうなるんだろう。)




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