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しおりを挟む段々と日が暮れてきて、瞼が重くなる。寒さを感じるほどの気候でもないため、このまま眠っても凍死などの危険は無さそうな事も僕の警戒心を薄れさせたのだろう。赤子の体では眠気に抗えそうにない。
「こーん…こん?」
「…ぁぅ…」
「……」
まだ狐さんが隣りに居てくれているという事実に、一人ではないと少し安心する。眠りなさいとばかりに尻尾で優しくポンポンされればもう駄目だった。僕は隣の温もりに心地良さを感じて眠りに落ちる。
次に目が覚めたとき、横にまだ狐さんがいてくれた。そして空も明るくなっていた。少なくとも昨日の夕方から何も食べていないから、とてもお腹が減っていた。何か食べるもの…は無理だと思うからミルクを飲みたいなぁ…。
「こん?」
「あーう!」
「こん」
おはよー!のつもりで出した声に返事が返ってきた。優しい狐さんのようだ。まだ側にいてくれてとても嬉しいのだけれど、余りにもお腹が空いて身体は勝手に泣き出そうとする。なんとか抑えるが、やはり体に引き摺られる…。おそらく今とても不細工な顔をしているだろうよ…。
そんな様子の僕を見て狐さんは何を思ったのか、僕の下に敷かれていた布を器用に咥えて僕を持ち上げる。そしてそのまま僕を連れてどこかへ向けて歩き出した。一瞬背筋がヒヤリとしたが、意外と安定感がある。
これはどこに連れて行かれるんだろう…?狐さんの巣とかに運ばれてるのか?狐は肉食だけれど、1日置いて今更食べられるとも思えないし、そういう心配はしてないけど。
うーん、さっき目が覚めたばかりなのにまた眠くなってきた。狐さんが歩く振動が程よく眠気を誘う。食欲は睡眠欲に負けるらしい。おやすみ世界…。
布に包まれた愛らしい子供を咥えて、走り続ける。そしてそのまま森を出る。空紅梨の目覚めた場所は、街にほど近い浅めの森であった。ある家の前で足を止め、家の主に近づいて、帰ってきたのを知らせる。
彼がこちらを向いて、自分の姿を認めたのを確認してそのまま近づく。
「クー?おかえり。」
お帰りと出迎えてくれた彼にそのまま口に咥えてきた赤子を託す。自分ではどうしても赤子の世話をしてやれない。だから同じ人間ならばどうにかしてくれると考え、ここまで連れてきた。
「こん!」
「おお?何を持って帰ってきたんだ?それに昨日帰ってこなかったからスイが寂しがって大変だったんだぞ?」
スイは私を拾ってくれた恩人ではあるが、今はこの赤子に飯を食べさせてやってほしい。スイはこの家の主の息子で、まだまだ子供だ。私にも懐いていて、よく世話を焼いてやっている。
「こーん…こん!」
「わ、わかったわかった。受け取るからそんなに押し付けるな。」
主が赤子を受け取ったのを確認して、自分の役目は終わったとばかりに昼寝を始める。赤子に気を使いながら走るのは意外と疲れるらしい。しかしそれでも温かい手で優しく撫でてくれたあの子を見捨てる気にならず連れてきた。
普段は出かけても、夕暮れには帰ってくるクーが夜が更けても帰ってこなかった。人の心配を他所に、クーは翌日帰ってきたかと思えば、何かを拾ってきたらしい。押し付けられるようにして受け取った布は中に何かが包まれているらしく、暖かかった。そっと包みを開いてみると、そこには赤子がすやすやと眠っていた。
「うぉっ…マジかぁ…クー…どっから連れてきた?」
「こん?」
クーは大きくなってからは、スイの世話をしてくれたり、時折森に入って狩りをしたりしていた。そして昨日も狩りに出かけ、帰ってこなかった…。心配ではあったが、クーはこのあたりでは敵なしである為、余程のことがない限りは大丈夫だと思っていた。
が、これはどうしたことか…もしやどこかから攫ってきてしまったのか?クーは賢く、人間の営みを理解していると思っていたが…。この赤子をどうすべきか頭を悩ませている間に、抱いていた赤子が目を覚ましてしまった。
「……うわぁぁぁん!!」
「お、おい、泣くな!だ、大丈夫だからなー?」
「びぇえぇーん!!」
「……こん!」
お?クーの姿を見た途端に泣きやんだ。この子…もしやクーのこと大好きか?スイと一緒なのか。取り敢えずクーが居てくれれば落ち着くらしい。そんでもってクーの方もこの子が泣き出した途端に駆けつけるくらいには、この赤子のことが大切らしい。
この赤子のことは全く持って分からねぇが、取り敢えず世話してやんねぇとな。多分クーが連れてきたからには、何か事情があるのだろうし…。昔スイが使っていたベッドを引っ張り出して、そこに赤子を寝かせた。
「クー、取り敢えず任せるぞ。ミルクとか買い出しに行ってくる。」
「こん」
「ん、じゃあ行ってくるな。リオとスイももうすぐ帰ってくると思うからよ。」
「こーん。」
取り敢えず妻であるリオと息子のスイにむけてメッセージを残して、すぐに必要になりそうなものを買い出しに出た。
______________
おまけ クーの可愛い子
私の事を見ればピタリと泣き止み、くっつけば嬉しそうに笑い、離れると寂しげな顔をする。そして尻尾で寝かしつければ素直に眠ってしまう。そんな私に信頼を寄せる様子に絆されたのは間違いない。私が見つけた、私の可愛い可愛い子。
私が側にいてやらねば泣いてしまうような、か弱い存在。仕方がないから私がずっと側で見守って居てあげよう。
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