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第2部 6章

65 淋しさを受け入れて

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「いつまでもここにいては冷えてしまいますよ」

 マリアンはいつまでもレイヴンを見送ったまま動かないアリシアに声を掛けた。
 アリシアがハッとしたように顔を上げ、お腹を撫でる。自分だけのことなら良いが、お腹の子の為に冷やしてはいけないと思ったのだろう。

「部屋へ戻るわ」

 そう言うと、踵を返して歩き出した。

 だが、アリシアが向かったのは、自室ではなくレイヴンが使っていた客室だった。使っていたといってもほとんどアリシアと一緒にいたので湯浴みや着替えの時だけである。
 アリシアはちょうど部屋から出て来たメイドを呼び止め、持っていた夜着を受け取った。
 レイヴンが使っていた夜着だ。これから洗濯へまわすところだったのだろう。
 部屋の中へ入ったアリシアは、夜着を抱き締め顔を埋める。

 レイヴンは着の身着のまま駆けて来たので何も持参していない。だから湯浴みの時も石鹸や香油はレオナルドのものを使用していた。夜着に香りが残っているとしても、レイヴンの香りというよりレオナルドの香りだろう。
 それでもアリシアが落ち着くのならそれで良い。

「妃殿下にお茶とお菓子の用意を」

 今日は1日ここで過ごすことになりそうだと悟ったマリアンは、お茶とお菓子の用意を命じる。
 アリシアの方へ視線を戻すと、アリシアが驚いたような顔でこちらを見ていた。

 アリシアはマリアンが「妃殿下」と呼んだことに驚いているようだ。
 だけどマリアンは先程も「妃殿下」と呼んだはずだ。あれはレイヴンを帰らせる為のパフォーマンスだとでも思ったのだろうか。

 マリアンは確かに貴族の娘ではないが、本家の使用人となる可能性を見据えて厳しい教育を受けていた。
 アリシアの侍女に選ばれた後は、未来の王太子妃の侍女として更に厳しい礼儀作法を叩きこまれた。
 だからレイヴンに対する態度が無礼であることも、それを見咎められず許されたのはレイヴンが寛容だからだということもわかっている。
 今でも過去にレイヴンが見せていた態度を許すつもりはないが、今はアリシアを大切にしていることや、マリアンへの態度がアリシアの目がない時でも変わらなかったことから、反省していることは認めても良いと思ったのだ。

 それにあまり酷い態度を取り続けていると、主人であるアリシアの名誉も傷つけてしまう。それだけは避けなければならない。
 アリシアが嫁いだ後も、マリアンにとって守らなければならない一番の主はアリシアなのだ。

「何です?」

「……何でもないわ」

 意味ありげにこちらを見ているアリシアへ問い掛ければ、アリシアはふるりと首を振る。
 今でも公爵家で一番のアリシアの侍女はマリアンだと思われている。そのマリアンが「妃殿下」と呼ぶのだから、皆もすぐに「妃殿下」と呼び出すだろう。アリシアへの態度も自然と改まるはずだ。 
 少し淋しい気もするが、本来ならこれはアリシアが嫁いだ時に感じるはずの淋しさだった。
 今初めてマリアンはアリシアが嫁いだのだと実感していた。



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