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第2部 6章

64 ひと時の別れ

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 楽しい時間はあっという間に過ぎた。
 2日間、2人は傍を離れず過ごし、息が詰まらないのかと心配された程だ。
 だけどそんなことは少しもなく、湯浴みや身支度という少しの間離れるだけでも淋しいと感じてしまっていた。
 それはまたすぐに離れ離れになるとわかっているからだ。

 マリアンはそんな2人を呆れたような顔で見ている。
 アリシアはレイヴンとの間を取り持とうと、あれこれ話題を振ってみたり王宮での話をしたりしているが、それでもマリアンは冷ややかな反応を返すばかりだ。
 本来なら公爵家の侍女とはいえ無位のマリアンにレイヴンが気を遣う必要はない。それどころか無礼だと罰してもいいくらいだ。
 それなのにマリアンの機嫌を取り結ぼうと気を遣うレイヴンに、アリシアは心から感謝していた。
 どちらも大切な人なので、できれば仲良くして欲しい。

 マリアンもそんなレイヴンに少しは絆されたのだろうか。
 レイヴンが帰る日、身支度をしているアリシアに「淋しいですか?」と声を掛けてくれる。「さっさと帰ればいいのに」という目で見ていた初日とは随分な違いだ。



 この日もこれまでと同じように2人で朝食を食べた。
 その後医師の診察を一緒に受けて、それが終わればレイヴンは王都へ帰る。

 レイヴンはここへ来てまだ3日目だというのに、すっかり血色が良くなっていた。髪も肌もハリを取り戻して艶々している。アリシアと一緒にたっぷり食事を摂り、しっかり眠っているのが大きいだろう。
 ここに居る間は栄養をつける為にアリシアと同じ薬湯を飲んでいたが、それももう必要なさそうだ。

 

 
「レイヴン様……」

 アリシアは玄関ホールでレイヴンに抱き締められていた。
 出立の準備は整い、外には護衛の騎士が並んでいる。この騎士は、レイヴンを1人で王都まで帰らせるわけにはいかないので公爵家が手配した者たちだ。事情は知っているので一向に出てこないレイヴンを静かに待っていた。

「王都で待ってるからね。絶対元気で帰って来てね」

「はい。お約束致します」

 本心では「帰りたくない」「このままアリシアと一緒にいたい」と思っているレイヴンも、本音を言うことはできない。アリシアも離れがたく思っていることを知っているからだ。
 ここでレイヴンが本音を言ってしまったら、アリシアが帰るよう促さなければならなくなる。
 レイヴンはアリシアのお腹へ手を当てると、中の赤子へ話し掛けた。

「王都には君を待ってる人が沢山いるんだ。僕も先に帰って待ってるからね」

「大丈夫ですわ、レイヴン様。必ず2人で元気に戻ります」

「うん、待ってる……」

 レイヴンはアリシアをぎゅっと抱き締めた。
 アリシアもレイヴンの背中へ腕をまわすと抱き締め返す。

「レイヴン様……」

 そして最初に戻るのだ。
 もう何度これを繰り返したのか、見送りに出ている侍女たちもうんざりしてきていた。



「王太子殿下。そろそろ出発しないと遅くなってしまうのではありませんか?」

 抱き合う2人に声を掛けたのはマリアンだった。
 こんな時に声を掛けられるのはマリアンだけである。
 2人は気まずそうな顔をして、そっと離れた。

「そうだね……。本当に、帰らないと」

「はい……」

 哀しそうに視線を伏せる2人にマリアンは溜息を吐いた。

「殿下。妃殿下のことは私にお任せください。こちらにいらっしゃる間、私が全力でお守り致します。ですからどうか王家そちらへお返しした後は妃殿下をお守り下さい」

 アシェントにいる間はマリアンがアリシアを守ってみせる。
 だけどマリアンが付き添えるのは、王領マリブの王城に着くまでだ。その後は王家の使用人へ託すことになる。
 これまでのことを上手く繕い、疑いを抱かせずに王都へ戻らなければならない。

 マリアンの言葉にレイヴンとアリシアは目を見開いた。
 マリアンがアリシアを「妃殿下」と呼ぶのはこれが初めてだ。少しはレイヴンをアリシアの夫として認めてくれたのだろうか。

「約束する。アリシアも子も必ず守るよ」

 レイヴンが真剣な顔でそう告げると、マリアンはにこっと笑った。
 初めてレイヴンに見せる笑顔だった。

 
 レイヴンが玄関を出て馬に乗る。
 アリシアはレイヴンの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。



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