636 / 697
第2部 6章
64 ひと時の別れ
しおりを挟む
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
2日間、2人は傍を離れず過ごし、息が詰まらないのかと心配された程だ。
だけどそんなことは少しもなく、湯浴みや身支度という少しの間離れるだけでも淋しいと感じてしまっていた。
それはまたすぐに離れ離れになるとわかっているからだ。
マリアンはそんな2人を呆れたような顔で見ている。
アリシアはレイヴンとの間を取り持とうと、あれこれ話題を振ってみたり王宮での話をしたりしているが、それでもマリアンは冷ややかな反応を返すばかりだ。
本来なら公爵家の侍女とはいえ無位のマリアンにレイヴンが気を遣う必要はない。それどころか無礼だと罰してもいいくらいだ。
それなのにマリアンの機嫌を取り結ぼうと気を遣うレイヴンに、アリシアは心から感謝していた。
どちらも大切な人なので、できれば仲良くして欲しい。
マリアンもそんなレイヴンに少しは絆されたのだろうか。
レイヴンが帰る日、身支度をしているアリシアに「淋しいですか?」と声を掛けてくれる。「さっさと帰ればいいのに」という目で見ていた初日とは随分な違いだ。
この日もこれまでと同じように2人で朝食を食べた。
その後医師の診察を一緒に受けて、それが終わればレイヴンは王都へ帰る。
レイヴンはここへ来てまだ3日目だというのに、すっかり血色が良くなっていた。髪も肌もハリを取り戻して艶々している。アリシアと一緒にたっぷり食事を摂り、しっかり眠っているのが大きいだろう。
ここに居る間は栄養をつける為にアリシアと同じ薬湯を飲んでいたが、それももう必要なさそうだ。
「レイヴン様……」
アリシアは玄関ホールでレイヴンに抱き締められていた。
出立の準備は整い、外には護衛の騎士が並んでいる。この騎士は、レイヴンを1人で王都まで帰らせるわけにはいかないので公爵家が手配した者たちだ。事情は知っているので一向に出てこないレイヴンを静かに待っていた。
「王都で待ってるからね。絶対元気で帰って来てね」
「はい。お約束致します」
本心では「帰りたくない」「このままアリシアと一緒にいたい」と思っているレイヴンも、本音を言うことはできない。アリシアも離れがたく思っていることを知っているからだ。
ここでレイヴンが本音を言ってしまったら、アリシアが帰るよう促さなければならなくなる。
レイヴンはアリシアのお腹へ手を当てると、中の赤子へ話し掛けた。
「王都には君を待ってる人が沢山いるんだ。僕も先に帰って待ってるからね」
「大丈夫ですわ、レイヴン様。必ず2人で元気に戻ります」
「うん、待ってる……」
レイヴンはアリシアをぎゅっと抱き締めた。
アリシアもレイヴンの背中へ腕をまわすと抱き締め返す。
「レイヴン様……」
そして最初に戻るのだ。
もう何度これを繰り返したのか、見送りに出ている侍女たちもうんざりしてきていた。
「王太子殿下。そろそろ出発しないと遅くなってしまうのではありませんか?」
抱き合う2人に声を掛けたのはマリアンだった。
こんな時に声を掛けられるのはマリアンだけである。
2人は気まずそうな顔をして、そっと離れた。
「そうだね……。本当に、帰らないと」
「はい……」
哀しそうに視線を伏せる2人にマリアンは溜息を吐いた。
「殿下。妃殿下のことは私にお任せください。こちらにいらっしゃる間、私が全力でお守り致します。ですからどうか王家へお返しした後は妃殿下をお守り下さい」
アシェントにいる間はマリアンがアリシアを守ってみせる。
だけどマリアンが付き添えるのは、王領の王城に着くまでだ。その後は王家の使用人へ託すことになる。
これまでのことを上手く繕い、疑いを抱かせずに王都へ戻らなければならない。
マリアンの言葉にレイヴンとアリシアは目を見開いた。
マリアンがアリシアを「妃殿下」と呼ぶのはこれが初めてだ。少しはレイヴンをアリシアの夫として認めてくれたのだろうか。
「約束する。アリシアも子も必ず守るよ」
レイヴンが真剣な顔でそう告げると、マリアンはにこっと笑った。
初めてレイヴンに見せる笑顔だった。
レイヴンが玄関を出て馬に乗る。
アリシアはレイヴンの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
2日間、2人は傍を離れず過ごし、息が詰まらないのかと心配された程だ。
だけどそんなことは少しもなく、湯浴みや身支度という少しの間離れるだけでも淋しいと感じてしまっていた。
それはまたすぐに離れ離れになるとわかっているからだ。
マリアンはそんな2人を呆れたような顔で見ている。
アリシアはレイヴンとの間を取り持とうと、あれこれ話題を振ってみたり王宮での話をしたりしているが、それでもマリアンは冷ややかな反応を返すばかりだ。
本来なら公爵家の侍女とはいえ無位のマリアンにレイヴンが気を遣う必要はない。それどころか無礼だと罰してもいいくらいだ。
それなのにマリアンの機嫌を取り結ぼうと気を遣うレイヴンに、アリシアは心から感謝していた。
どちらも大切な人なので、できれば仲良くして欲しい。
マリアンもそんなレイヴンに少しは絆されたのだろうか。
レイヴンが帰る日、身支度をしているアリシアに「淋しいですか?」と声を掛けてくれる。「さっさと帰ればいいのに」という目で見ていた初日とは随分な違いだ。
この日もこれまでと同じように2人で朝食を食べた。
その後医師の診察を一緒に受けて、それが終わればレイヴンは王都へ帰る。
レイヴンはここへ来てまだ3日目だというのに、すっかり血色が良くなっていた。髪も肌もハリを取り戻して艶々している。アリシアと一緒にたっぷり食事を摂り、しっかり眠っているのが大きいだろう。
ここに居る間は栄養をつける為にアリシアと同じ薬湯を飲んでいたが、それももう必要なさそうだ。
「レイヴン様……」
アリシアは玄関ホールでレイヴンに抱き締められていた。
出立の準備は整い、外には護衛の騎士が並んでいる。この騎士は、レイヴンを1人で王都まで帰らせるわけにはいかないので公爵家が手配した者たちだ。事情は知っているので一向に出てこないレイヴンを静かに待っていた。
「王都で待ってるからね。絶対元気で帰って来てね」
「はい。お約束致します」
本心では「帰りたくない」「このままアリシアと一緒にいたい」と思っているレイヴンも、本音を言うことはできない。アリシアも離れがたく思っていることを知っているからだ。
ここでレイヴンが本音を言ってしまったら、アリシアが帰るよう促さなければならなくなる。
レイヴンはアリシアのお腹へ手を当てると、中の赤子へ話し掛けた。
「王都には君を待ってる人が沢山いるんだ。僕も先に帰って待ってるからね」
「大丈夫ですわ、レイヴン様。必ず2人で元気に戻ります」
「うん、待ってる……」
レイヴンはアリシアをぎゅっと抱き締めた。
アリシアもレイヴンの背中へ腕をまわすと抱き締め返す。
「レイヴン様……」
そして最初に戻るのだ。
もう何度これを繰り返したのか、見送りに出ている侍女たちもうんざりしてきていた。
「王太子殿下。そろそろ出発しないと遅くなってしまうのではありませんか?」
抱き合う2人に声を掛けたのはマリアンだった。
こんな時に声を掛けられるのはマリアンだけである。
2人は気まずそうな顔をして、そっと離れた。
「そうだね……。本当に、帰らないと」
「はい……」
哀しそうに視線を伏せる2人にマリアンは溜息を吐いた。
「殿下。妃殿下のことは私にお任せください。こちらにいらっしゃる間、私が全力でお守り致します。ですからどうか王家へお返しした後は妃殿下をお守り下さい」
アシェントにいる間はマリアンがアリシアを守ってみせる。
だけどマリアンが付き添えるのは、王領の王城に着くまでだ。その後は王家の使用人へ託すことになる。
これまでのことを上手く繕い、疑いを抱かせずに王都へ戻らなければならない。
マリアンの言葉にレイヴンとアリシアは目を見開いた。
マリアンがアリシアを「妃殿下」と呼ぶのはこれが初めてだ。少しはレイヴンをアリシアの夫として認めてくれたのだろうか。
「約束する。アリシアも子も必ず守るよ」
レイヴンが真剣な顔でそう告げると、マリアンはにこっと笑った。
初めてレイヴンに見せる笑顔だった。
レイヴンが玄関を出て馬に乗る。
アリシアはレイヴンの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
0
お気に入りに追加
1,727
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました
ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。
それは王家から婚約の打診があったときから
始まった。
体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。
2人は私の異変に気付くこともない。
こんなこと誰にも言えない。
彼の支配から逃れなくてはならないのに
侯爵家のキングは私を放さない。
* 作り話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる