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第2部 6章

60 非日常なひと時②

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 草色のドレスはアリシアによく似合っていた。
 時間的にレオナルドはドレスを発注しただけで選ぶことはできなかったはずだ。ということは、このドレスを選んだのはロバートということになる。
 レオナルドだけではなくロバートも、アリシアの好みや似合うものをよく知っているのだと思うと面白くない。

 ただそのドレスが妊婦用だからなのか、ドレッシングルームから出て来たアリシアを見ると、先程までと比べても妊娠していることがはっきりと感じられた。
 それはアリシアも同じようで、戸惑うような表情で腹部に両手を当てている。

「なんだか私、身籠っているのだと実感してしまって……」

「うん……」

 アリシアはこれまでも体調や体形の変化に子の存在を感じていただろうが、これまでとは違う感慨があるのだろう。

「触っても良い……?」

 レイヴンが訊くとアリシアは微笑んで頷いた。
 レイヴンはその場で膝をつき、アリシアの腹部に触れる。片腕をアリシアの腰へまわすと、膨らんだ腹部に頬を寄せた。

「まだ何も聞こえませんわ」

 アリシアが笑う。
 それだけで十分に幸福しあわせだった。


 
 しばらくそのまま抱き合った後、予定通り庭園に出る。
 季節は冬へ向かっているが、今日は陽も出ていて暖かい方だ。
 レイヴンとアリシアは王太子宮にいる時のように手を繋いで歩く。
 
アシェントここへは良く来ていたの?」

「そうですね、幼い頃は……。アシェントは公爵家にとって特別な地ですから、土地や領民と親しんで育つよう考えられていたと思います」

 アシェントはルトビア公爵家が王家から初めて拝領した土地だ。公爵家の始まりの地として大切にされている。
 アリシアも幼い頃はレオナルドと一緒にオレリアに連れられ、よくこの邸を訪れていた。

「領地にいる間はジェーンやロイ兄様には会えません。ですがいつも一族の子どもたちがいて、皆で駆けまわったり勉強をしたり……。楽しかったですわ」

 その話は以前聞いたことがあった。
 その時姉貴分だったのがマリアンだ。
 身分を意識しない子どもの内は面倒見の良い姉貴分で、立場を理解してからは頼もしい侍女になった。
 
「あそこのあの木。あの高い木にお兄様が他の男の子たちと登っていて……。私もついて行きたくて登ろうとして、だけど登れなくて大泣きしたことがありました」

 アリシアは前方の木を指しながらくすくす笑う。そこには立派な楠が聳え立っていた。
 アリシアがいくつの時かはわからないが、女の子が登れるような木ではないだろう。
 そもそも王宮では王子でも木登りなんてできない。王子が怪我をしないようにお付きの者が何人もついているのだ。

「あそこの草原くさはらではマリアンとよく花冠を作りました。私はマリアンと比べて幼かったので、あまり上手く作ることができず……。悔しくて良く泣いていましたわ」

 私、泣いてばかりですね、とアリシアが笑う。 
 泣き出したアリシアを宥めながら手直しをしてくれたのはマリアンだ。そしてレオナルドがその不格好な花冠を嬉しそうに頭へ乗せていた。

「良いなぁ……。僕もアリシアが作った花冠欲しかった……」

「まあ!本当に下手でしたのよ?」

 アリシアはまた笑っている。
 楽しい思い出ばかりが残っているのだろう。


 さすがに公爵家の邸だけあり庭園も広い。2刻程(約1時間)歩いたところで東屋が見えてきた。
 アリシアは体力が落ちているのでそろそろ引き返した方が良いだろう。
 レイヴンがそう思った時、アリシアがレイヴンを見てにっこり笑った。

「今日はあそこでお茶に致しましょう」

「え……?だけど寒くない?」

 陽が出ていて暖かいといってもそれは歩いているからだ。
 座ってお茶を飲むのは冷える気がする。アリシアは冷やさない方が良いだろう。

「大丈夫ですわ。ブランケットもショールも沢山持ってきています」

 アリシアがチラリと後ろを振り返ると、確かにマリアンがブランケットやショールを抱えている。
 レイヴンが戸惑っている間に侍女たちがササっとお茶の用意を整えてしまった。促されるままレイヴンは東屋で腰掛ける。

 お茶を飲んでる間もアリシアは様々な思い出を話してくれた。
 レイヴンは嬉しく楽しくその話を聞いていた。



「これでレイヴン様の夢は叶ったでしょうか?」

 お茶がなくなりかけた頃、アリシアに訊かれたレイヴンはハッとした。
 以前レイヴンは、公爵邸の庭園でアリシアとお茶を飲みたかったという話をした。
 それは婚約者として素直になれなかった自分を悔いた言葉だったし、レイヴンが想定していたのは王都の公爵邸の庭園だ。
 
 だけど王家へ嫁いだ以上、アリシアが公爵邸へ帰ることはない。
 だからそれは、叶うはずのない望みだった。
 その望みを、アシェントの公爵邸で叶えてくれたのだ。

「アリシア……っ!」

 言葉を詰まらせるレイヴンの目元をアリシアがそっと拭う。
 レイヴンはゆっくり顔を近づけると、アリシアの唇に唇を重ねた。

 
 
 
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