612 / 697
第2部 6章
40 近況報告①
しおりを挟む
「酷い表情ですね」
「レオか……」
レイヴンは部屋へ入って来たレオナルドをぼんやり見つめた。
聞こえなかったけれど、扉が叩かれたのだろう。
返事をした覚えはないが、レイヴンがレオナルドの訪問を拒むことはない。フランクはそれを知っているのでレオナルドを通したのだ。
「酒はほどほどにしませんと体を壊しますよ」
レオナルドがレイヴンの正面に座る。
2人の間に置かれた机の上にはウイスキーが置かれていた。
元々酒は嗜むくらいであまり飲む方ではない。
だけどアリシアがいなくなってから酒量は増えるばかりで度数もどんどん強くなっていく。
不健康そうな顔色の一因である。
「……眠れないんだ……」
レイヴンはアリシアがアシェントへ移った後も、婚姻前に使っていた個人の寝室ではなく夫婦の寝室を使っている。
アリシアのいない寝室は広くて寒くて淋しくて、疲れ果てていても中々眠ることができなかった。
思い浮かんでくるのは以前見た夢のことだ。
寝室の中を見渡すと、アリシアへ贈った小物が飾られている。その中にはデートで買ったガラスの猫もあった。
夢と同じ様にアリシアはもう帰ってこないのではないか、という恐怖に襲われる。
ただ夢とは違ってアリシアが公爵家から持ってきた小物も飾られているので、湧き上がる恐怖をなんとか抑えられているのだ。
「そんなことではアリシアが戻る前に殿下が倒れてしまいますよ」
アリシアを案じる気持ちは同じでも、レオナルドには以前より余裕ができたようだ。
レオナルドからしてみれば、信用できない者ばかりの王太子宮より信頼している使用人を集めた公爵家のマナーハウスの方が余程安心できるのだろう。
そしてレオナルドが毎晩レイヴンの元を訪れるのは、アシェントから届いた文を見せる為だった。
アリシアからの文は来ない。だけどアリシアの傍にはマリアンがいる。
マリアンが毎日アリシアの様子を書いてレオナルドへ知らせているのだ。
馬車で行けば4日の距離も馬を走らせれば2日で着く。
公爵家の騎士がレイヴンからの文を携え、アシェントへ2日掛けて駆けていく。1日休んだ騎士がマリアンからの文を預かり帰ってくる。
これを毎日行う為には5名の騎士が必要なのだが、公爵家でもアリシアの様子をいち早く把握しておく為に労力を惜しんでいなかった。
つまり今レオナルドの手元にある文は2日前の情報ということである。
「母上もようやくアシェントへ着いたようですから大丈夫ですよ」
オレリアはアリシアが王太子宮を出た後、予定通りマルグリット主催のお茶会に出た。
そこで想定通り同情や憐憫、嘲笑や陰口を浴びせられ、憔悴した様子で帰宅する。それから更に2度ほどお茶会やサロンに顔を出した後、体調不良と称して公爵邸に引き籠った。
一週間もあればルトビア公爵夫人が体調を崩したらしいという噂が程よく広まっている。その頃合いを見て療養の名目で領地へ発ったのだ。
領地へ向かう馬車の列は長く、人目を引いていた。
勿論それはパフォーマンスである。
アシェントは公爵家にとって重要な土地だ。体調を崩した公爵夫人が療養先に選ぶのはおかしなことではない。
アリシアの移動は秘密裡に行われた為、マリアンなど少数の使用人しか移すことができなかった。
だけど公爵夫人が療養するなら信頼のおける使用人たちを大勢連れて行くのは当然のことだ。先にアシェントへ移動している公爵家お抱えの医師も、表向きはこの時オレリアが連れて行ったことになっている。
おかげで公爵邸にはオレリアの友人たちからお見舞いや様子を窺う文が多く届けられており、「どうも疲れが出てしまったようです」「空気の良い土地へ移りましたから、随分楽になったようです」と、それらしい返事を書くのがレオナルドの仕事になっていた。
オレリアがアシェントへ着いてからはまだ1週間ほどである。
「レオか……」
レイヴンは部屋へ入って来たレオナルドをぼんやり見つめた。
聞こえなかったけれど、扉が叩かれたのだろう。
返事をした覚えはないが、レイヴンがレオナルドの訪問を拒むことはない。フランクはそれを知っているのでレオナルドを通したのだ。
「酒はほどほどにしませんと体を壊しますよ」
レオナルドがレイヴンの正面に座る。
2人の間に置かれた机の上にはウイスキーが置かれていた。
元々酒は嗜むくらいであまり飲む方ではない。
だけどアリシアがいなくなってから酒量は増えるばかりで度数もどんどん強くなっていく。
不健康そうな顔色の一因である。
「……眠れないんだ……」
レイヴンはアリシアがアシェントへ移った後も、婚姻前に使っていた個人の寝室ではなく夫婦の寝室を使っている。
アリシアのいない寝室は広くて寒くて淋しくて、疲れ果てていても中々眠ることができなかった。
思い浮かんでくるのは以前見た夢のことだ。
寝室の中を見渡すと、アリシアへ贈った小物が飾られている。その中にはデートで買ったガラスの猫もあった。
夢と同じ様にアリシアはもう帰ってこないのではないか、という恐怖に襲われる。
ただ夢とは違ってアリシアが公爵家から持ってきた小物も飾られているので、湧き上がる恐怖をなんとか抑えられているのだ。
「そんなことではアリシアが戻る前に殿下が倒れてしまいますよ」
アリシアを案じる気持ちは同じでも、レオナルドには以前より余裕ができたようだ。
レオナルドからしてみれば、信用できない者ばかりの王太子宮より信頼している使用人を集めた公爵家のマナーハウスの方が余程安心できるのだろう。
そしてレオナルドが毎晩レイヴンの元を訪れるのは、アシェントから届いた文を見せる為だった。
アリシアからの文は来ない。だけどアリシアの傍にはマリアンがいる。
マリアンが毎日アリシアの様子を書いてレオナルドへ知らせているのだ。
馬車で行けば4日の距離も馬を走らせれば2日で着く。
公爵家の騎士がレイヴンからの文を携え、アシェントへ2日掛けて駆けていく。1日休んだ騎士がマリアンからの文を預かり帰ってくる。
これを毎日行う為には5名の騎士が必要なのだが、公爵家でもアリシアの様子をいち早く把握しておく為に労力を惜しんでいなかった。
つまり今レオナルドの手元にある文は2日前の情報ということである。
「母上もようやくアシェントへ着いたようですから大丈夫ですよ」
オレリアはアリシアが王太子宮を出た後、予定通りマルグリット主催のお茶会に出た。
そこで想定通り同情や憐憫、嘲笑や陰口を浴びせられ、憔悴した様子で帰宅する。それから更に2度ほどお茶会やサロンに顔を出した後、体調不良と称して公爵邸に引き籠った。
一週間もあればルトビア公爵夫人が体調を崩したらしいという噂が程よく広まっている。その頃合いを見て療養の名目で領地へ発ったのだ。
領地へ向かう馬車の列は長く、人目を引いていた。
勿論それはパフォーマンスである。
アシェントは公爵家にとって重要な土地だ。体調を崩した公爵夫人が療養先に選ぶのはおかしなことではない。
アリシアの移動は秘密裡に行われた為、マリアンなど少数の使用人しか移すことができなかった。
だけど公爵夫人が療養するなら信頼のおける使用人たちを大勢連れて行くのは当然のことだ。先にアシェントへ移動している公爵家お抱えの医師も、表向きはこの時オレリアが連れて行ったことになっている。
おかげで公爵邸にはオレリアの友人たちからお見舞いや様子を窺う文が多く届けられており、「どうも疲れが出てしまったようです」「空気の良い土地へ移りましたから、随分楽になったようです」と、それらしい返事を書くのがレオナルドの仕事になっていた。
オレリアがアシェントへ着いてからはまだ1週間ほどである。
0
お気に入りに追加
1,727
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました
ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。
それは王家から婚約の打診があったときから
始まった。
体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。
2人は私の異変に気付くこともない。
こんなこと誰にも言えない。
彼の支配から逃れなくてはならないのに
侯爵家のキングは私を放さない。
* 作り話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる