上 下
603 / 697
第2部 6章

31 公式発表

しおりを挟む
 そのまま1週間が過ぎた。
 アリシアの体調は変わらない。起き上がると酷い目昧と吐き気に襲われるらしく、ずっと床に伏せたままだ。

 アリシアの病は寝込んでから4日目に発表された。
 アリシアが担当していた公務もあり、復帰の目途が立たない以上いつまでも隠しているわけにはいかない。アリシアが嫁いで以来毎月開いていたお茶会も、孤児院や病院への慰問もすべて中止された。

 レイヴンに群がる令嬢とその親たちは色めき立った。
 昨今の状態からアリシアの不調は明らかだったが、王家が公式にそれを認めたのだ。これでアリシアが早期に世継ぎを生む可能性は消えた。こうなってしまえばどれ程レイヴンが嫌がったとしても側妃を迎えるしかない。
 アリシアの病が公表されたその日の午後には、レイヴンの執務室の前に複数の令嬢が集まっていた。
 
 だけど令嬢たちはここでレイヴンの知らなかった一面を知ることになる。
 執務室から出てきたレイヴンは満面の笑みを浮かべて近づく令嬢たちを一瞥すると、「黙れ」と一言告げて立ち去った。

 レイヴンは礼儀を弁えない令嬢たちを咎めたわけでも非難したわけでもない。
 だけど外向きの笑顔を湛えたレイヴンしか知らない令嬢たちは、射抜くような冷たい視線を向けられ、「ひぃっ!」と悲鳴を上げて凍り付いた。

 令嬢たちに少しでも他人ひとを気遣う気持ちがあれば、レイヴンの目の下に隈があることに気付いただろう。アリシアが寝付いてからまだ4日しか経っていないのに、顔からは生気が消え、僅かに顔の輪郭が細くなっていることも。
 それに気づいた僅かな令嬢は、レイヴンがアリシアを心から案じていることを、とても側妃を受け入れるような心境にはなれないことに気がついた。
 これは側妃に選ばれる好機ではなく、しばらく側妃選びが先送りされる危機かもしれない。


 
 レイヴンは寝付いたアリシアの面倒をよく見ているという。
 アリシアは起き上がれないので食事をするのも横になったままだ。その食事の世話を侍女に任せず3食ともレイヴンが行っている。
 アリシアの口元にスプーンで掬ったスープや柔らかく煮込んだ野菜を運ぶ。口から零してしまったりもどしてしまっても嫌な顔をせずに口元を拭ったり着替えさせたりする。
 その甲斐甲斐しい姿に王太子宮で勤める侍女たちは、本当に殿下は妃殿下を愛しているのだと密かに涙を拭っていた。


 寝付いてしまったアリシアだが、最初の日、目を覚ますと枕元に座るマルグリットやレイヴンと少しだけ話をした。

「お役に立てず、申し訳ありません……」

 そう言って謝るアリシアに、マルグリットはあえて明るく応えた。

「何を言っているの?あなたが嫁いで来てから街の人の困り事が正確に王宮の奥まで届くようになったのよ。それにあなたが建てた学校からは若い医師が続々と生まれているのよ。十分務めを果たしてくれているわ」

「そうだよ、アリシア!アリシアが視察に同行するようになってから王領の店が流行るようになったんだよ。皆感謝してるんだ」

 アリシアが言っているのは公務のことではない。
 マルグリットもレイヴンもそれをわかっていながらわからないふりをした。

 実際にアリシアが孤児院や病院へ慰問に行くようになってから、補修工事が必要な道の情報を聞いたり、治安が悪い場所の取り締まりを強化したりすることができた。医師の学校を建てることで地方の医師不足も少しずつ改善するだろう。アリシアと一緒に行ったメトワの調香師には今も注文が殺到しているし、ティナムの装飾品店も貴族たちで大賑わいだという。

 アリシアはこれまで役目を果たそうと必死にやってきた。
 だけど何より大切で重要な役目を果たせていないので、そこばかりに目が向いてしまうのだ。

「レイヴン様。側妃を……」

 そこまで言って、だけど最後までは言えなかった。
 言葉を詰まらせるアリシアにレイヴンは身を乗り出して否定をする。

「側妃は迎えない!僕にはアリシアだけだ!」

「レイヴン様……」

 レイヴンがはらはらと涙を零すアリシアの涙を拭い、優しく髪を撫でる内にアリシアはまた眠りにつく。
 そして次に目が覚めた時、アリシアは表情をなくしていた。

 今のアリシアは話をすることも泣くことも笑うこともない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

👨一人声劇台本【日替わり彼氏シリーズ】(全7作)

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
月曜~日曜まで曜日のイメージから一話1分半ほどで読める短いシチュエーション台本を書いてみました。 あなたが付き合うならどんな男性がお好みですか? 月曜:人懐っこい 火曜:積極的 水曜:年上 木曜:優しい 金曜:俺様 土曜:年下、可愛い、あざとい 日曜:セクシー ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

高嶺の花

鳫葉あん
BL
若く端正な恋人に童貞処女だとバレたくなかった受けが自己開発して経験ありますアピして面倒なことになった話。または年上の恋人に切り捨てられそうになった青年がキレて調教した話。

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。

櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。 でも成長した今の俺に、その面影はない。 そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……? あなたへの初恋は、この胸に秘めます。 だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。 ※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。 ※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。 ※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。

男子校的教師と生徒の恋愛事情

蒼月さわ
BL
男子校教師副島一成は、入学して一ヶ月しか経っていない教え子の桐枝伝馬から告白される。 それに対する返答はストレートパンチだった…… 男子校を舞台に、個性的な教師や生徒たちがわちゃわちゃと入り乱れ、毎日が賑やかに展開する。 その中で、告白し告白された伝馬と一成はどうなっていくのか。 体育系の猪突猛進な生徒×男前な三白眼の教師。

処理中です...