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第2部 6章
18 ユニファ
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アダムの話はオレリアから伝えられた。
オレリアはソファの隣に座り、アリシアの手を握りながら沈痛な表情で話す。
レイヴンが視察へ行っている間にアダムが伯爵とユニファに話をするという。
側妃としての心構えを説き、ユニファに心の準備をさせる。
「アリシアにも先に挨拶を……」と言われてアリシアは頭を振った。
レイヴンの側妃候補となんて会いたくはない。
側妃候補――。ほとんど決まったに等しい候補である。
「……お兄様は?」
「旦那様からお話を伺った時に、一緒に聞いていたわ。納得していないみたいで、私が退室した後も長く話し合っていたみたい」
私も納得しているわけではないのよ、とオレリアは気まずそうな顔をする。
アリシアは「わかっています」と微笑んだ。
納得するとかしないとか、そういうことではないのだ。
アダムは一国の宰相として決断をした。アリシアから見ても正しい決断である。
そして本当はアリシアがしないといけない決断だった。
アリシアはあの日から何度もレイヴンに側妃を持つよう薦めようとした。だけどどうしても口から言葉が出てこない。
すると何かを言いあぐねるアリシアに気付いたレイヴンが「愛してるよ」と抱き締めてくれる。
その温もりが嬉しくて愛しくて……失いたくなくて、そのまま口を噤んでしまうのだ。
レイヴンはきっとアリシアが言おうとしていることに気がついている。
気がついていて言わせたくなくて邪魔をしている。
それを嬉しいと感じてしまうアリシアは、自身の役割を放棄したのと同じだ。
だけどいつまでもこのままでいられるはずがない。
諦めと虚しさと哀しみと悔しさと…、負の感情がすべてが混じり合ったような言いようのない感情が込み上げてくる。
それをなんとか抑えつけて低い声を押し出した。
「……今は1人にしていただけますか」
声が震えなかったのが奇跡だった。
それでもオレリアにはアリシアが堪えた感情がわかったのだろう。
何か言葉を掛けようとして、何も言えずに口を噤む。それを何度か繰り返した後、心配そうな表情のまま何度も振り返りながらも部屋を出ていった。
扉が閉まるとアリシアは全身から力が抜けていくのを感じてぐったりソファに凭れかかった。気づかない内に涙が頬を流れている。
こんな時なのにオレリアの前で感情を曝け出さずに済み安堵する自分がいた。
別のことを考えなければ自分を保てそうにない、そういうことなのだろうか。
オレリアは子どもができずに悩むアリシアを見て、かつての自分を思い出した。
そして子どもができ辛いのは己の血筋なのかと恐れている。娘が苦しんでいるのは、自身が伝えた血のせいではないかと気に病んでいるのだ。
確かに多産や女腹の家系というのは聞いたことがある。
実のところはわからないが、授かりにくい家系なのかもしれない。
アリシアの脳裏にユニファの顔が浮かぶ。
多産といえば、ユニファの両親は子沢山だ。伯爵夫人も兄妹が多い様に覚えている。
アダムが側妃候補としてユニファに目を付けたのも、それが理由の1つなのだろう。
赤子を抱いて微笑むユニファが思い浮かんでぶるっと体を震わせた。
ユニファが子を生むのはレイヴンに抱かれたからだ。
レイヴンが愛を囁きながらユニファに口づける。
後ろにまわされた手が優しく背中を撫でながら夜着をまくり上げ素肌に触れる。
レイヴンの口づけが胸に落ちて――。
「ゃーーーっ!」
生々しい2人の姿が思い浮かんでアリシアは叫び声を上げそうになった。慌てて口を塞いで声を噛み殺す。
夢の中で見たシーラの顔がユニファの顔に入れ替わっっていく。
アリシアはユニファが幼い頃から知っている。
礼儀も作法もしっかりした慎み深い令嬢だ。アリシアが嫁ぐまでは親族として交流もあった。アリシアを慕ってくれていたと思う。
もしユニファが先に子を生んでもアリシアを気遣い、遠慮してくれるはずだ。
シーラのように勝ち誇った顔を見せ、レイヴンにしな垂れかかって2人の仲を見せつけたりするようなことはないだろう。
それでも嫌だ。
「……っ。うっ…」
噛み殺した嗚咽が漏れる。
ユニファが生む赤子は、アリシアと同じ様に栗色の髪と緑色の瞳をしているだろうか。
ルトビア公爵家の血筋は面白い様に皆同じ髪の色と瞳の色をしている。
だけど同じ色をしていても、それはアリシアの子ではない。
ユニファが生んだ、ユニファの子。
アリシアはどんな気持ちでその子を見るのだろうか。
そしてユニファも、娶ってしまえば子を生んだからといってそれで終わりではない。
正式な妻として遇され、レイヴンの関心も移っていくかもしれない。
「………っ!」
嫌だ!
嫌だ!!
嫌だ!!!
その気持ちばかりが込み上げていく。
レイヴンがユニファを受け入れてしまえばそれで終わりだ。
防ぐ為にはアリシアが身籠るしかない。
ユニファが生むのと同じ、栗色の髪と緑色の瞳の――。
栗色の髪と緑色の瞳の女性。
ふいにジェーンの顔が浮かび、消えた。
オレリアはソファの隣に座り、アリシアの手を握りながら沈痛な表情で話す。
レイヴンが視察へ行っている間にアダムが伯爵とユニファに話をするという。
側妃としての心構えを説き、ユニファに心の準備をさせる。
「アリシアにも先に挨拶を……」と言われてアリシアは頭を振った。
レイヴンの側妃候補となんて会いたくはない。
側妃候補――。ほとんど決まったに等しい候補である。
「……お兄様は?」
「旦那様からお話を伺った時に、一緒に聞いていたわ。納得していないみたいで、私が退室した後も長く話し合っていたみたい」
私も納得しているわけではないのよ、とオレリアは気まずそうな顔をする。
アリシアは「わかっています」と微笑んだ。
納得するとかしないとか、そういうことではないのだ。
アダムは一国の宰相として決断をした。アリシアから見ても正しい決断である。
そして本当はアリシアがしないといけない決断だった。
アリシアはあの日から何度もレイヴンに側妃を持つよう薦めようとした。だけどどうしても口から言葉が出てこない。
すると何かを言いあぐねるアリシアに気付いたレイヴンが「愛してるよ」と抱き締めてくれる。
その温もりが嬉しくて愛しくて……失いたくなくて、そのまま口を噤んでしまうのだ。
レイヴンはきっとアリシアが言おうとしていることに気がついている。
気がついていて言わせたくなくて邪魔をしている。
それを嬉しいと感じてしまうアリシアは、自身の役割を放棄したのと同じだ。
だけどいつまでもこのままでいられるはずがない。
諦めと虚しさと哀しみと悔しさと…、負の感情がすべてが混じり合ったような言いようのない感情が込み上げてくる。
それをなんとか抑えつけて低い声を押し出した。
「……今は1人にしていただけますか」
声が震えなかったのが奇跡だった。
それでもオレリアにはアリシアが堪えた感情がわかったのだろう。
何か言葉を掛けようとして、何も言えずに口を噤む。それを何度か繰り返した後、心配そうな表情のまま何度も振り返りながらも部屋を出ていった。
扉が閉まるとアリシアは全身から力が抜けていくのを感じてぐったりソファに凭れかかった。気づかない内に涙が頬を流れている。
こんな時なのにオレリアの前で感情を曝け出さずに済み安堵する自分がいた。
別のことを考えなければ自分を保てそうにない、そういうことなのだろうか。
オレリアは子どもができずに悩むアリシアを見て、かつての自分を思い出した。
そして子どもができ辛いのは己の血筋なのかと恐れている。娘が苦しんでいるのは、自身が伝えた血のせいではないかと気に病んでいるのだ。
確かに多産や女腹の家系というのは聞いたことがある。
実のところはわからないが、授かりにくい家系なのかもしれない。
アリシアの脳裏にユニファの顔が浮かぶ。
多産といえば、ユニファの両親は子沢山だ。伯爵夫人も兄妹が多い様に覚えている。
アダムが側妃候補としてユニファに目を付けたのも、それが理由の1つなのだろう。
赤子を抱いて微笑むユニファが思い浮かんでぶるっと体を震わせた。
ユニファが子を生むのはレイヴンに抱かれたからだ。
レイヴンが愛を囁きながらユニファに口づける。
後ろにまわされた手が優しく背中を撫でながら夜着をまくり上げ素肌に触れる。
レイヴンの口づけが胸に落ちて――。
「ゃーーーっ!」
生々しい2人の姿が思い浮かんでアリシアは叫び声を上げそうになった。慌てて口を塞いで声を噛み殺す。
夢の中で見たシーラの顔がユニファの顔に入れ替わっっていく。
アリシアはユニファが幼い頃から知っている。
礼儀も作法もしっかりした慎み深い令嬢だ。アリシアが嫁ぐまでは親族として交流もあった。アリシアを慕ってくれていたと思う。
もしユニファが先に子を生んでもアリシアを気遣い、遠慮してくれるはずだ。
シーラのように勝ち誇った顔を見せ、レイヴンにしな垂れかかって2人の仲を見せつけたりするようなことはないだろう。
それでも嫌だ。
「……っ。うっ…」
噛み殺した嗚咽が漏れる。
ユニファが生む赤子は、アリシアと同じ様に栗色の髪と緑色の瞳をしているだろうか。
ルトビア公爵家の血筋は面白い様に皆同じ髪の色と瞳の色をしている。
だけど同じ色をしていても、それはアリシアの子ではない。
ユニファが生んだ、ユニファの子。
アリシアはどんな気持ちでその子を見るのだろうか。
そしてユニファも、娶ってしまえば子を生んだからといってそれで終わりではない。
正式な妻として遇され、レイヴンの関心も移っていくかもしれない。
「………っ!」
嫌だ!
嫌だ!!
嫌だ!!!
その気持ちばかりが込み上げていく。
レイヴンがユニファを受け入れてしまえばそれで終わりだ。
防ぐ為にはアリシアが身籠るしかない。
ユニファが生むのと同じ、栗色の髪と緑色の瞳の――。
栗色の髪と緑色の瞳の女性。
ふいにジェーンの顔が浮かび、消えた。
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