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第2部 5章

79 ティナムの伝承①

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 図書室で使用人たちの挨拶を受けた後、アリシアは2階に上がった。
 アリシアが1階にいれば使用人たちが気を遣うだろうからだ。

 晩餐会までは余暇を過ごすようなものなので好きな本を読めば良いような気もするが、城内の案内を拒んだ手前、それらしい本を読まなければ後ろめたい気がして、アリシアはティナムの産業や郷土史について書かれた本が並ぶ書架の間を歩いていた。時々目についた本を手に取り、ぱらぱらと捲ってみる。
 王都を出る前にティナムについて一通り学んで来たものの、ここにある本はさすがにどれも王都で学んだことより詳しいことが書かれていた。
 そうして歩いている内に、ある一角にたどり着く。
 そこにはティナムの地に纏わる伝承、民話、土地神や土着信仰について書かれた本が並んでいた。

 アリシアはふいにメトワで見たご神木を思い出す。
 あの土地に暮らす者たちは、あの木の元で祈ると子が授けられると信じていた。アリシアはご神木の葉を手に入れ、持って帰ってきたのだ。

 そこからは何を考えていたのかわからない。
 ふらりと本棚に近づいたアリシアは、何かに惹かれるように本を手に取った。
 夕方になり、エレノアが探しに来るまで一心不乱に本を読んでいた。





「お美しいですわ、妃殿下。よくお似合いです」

「そう?ありがとう」

 夕方になり、部屋へ戻ったアリシアは晩餐の為に支度を整えていた。
 図書室から暗い気持ちを抱えていたアリシアは、エレノアの明るい声に何とか気持ちを引き戻す。
 レイヴンはアリシアの機嫌に聡いのでこのままでは心配を掛けてしまう。

 アリシアが来ているドレスは今日の為に誂えたものだ。
 いつも通りモルガン伯爵領の織物で作られており、メインの色はベージュだが差し色としてレイヴンの青が使われている。最近は王宮で青色を使えなくなっているのでこの色を身につけるのは久しぶりだった。
 ここは社交界ではないので少しくらいなら大丈夫だろう。
 反対にレイヴンに群がる令嬢たちを牽制しなくてはならない。

 アリシアは青色の部分にそっと触れた。
 それだけで落ち込んだ気分が晴れ、自然と笑みが浮かんでくる。

「レイヴン様は喜んで下さるかしら」

「ええ、勿論ですとも」

 元よりアリシアなら何でも気に入るレイヴンだ。
 レイヴンの色を身につけるのに喜ばないはずがない。

 かくしてエレノアの言葉通り、迎えに来たレイヴンはアリシアを見て動きを止めた。少し震えているようにも見える。
 アリシアが恥ずかしそうにはにかむとレイヴンに抱き締められていた。
 
「可愛い!アリシア!可愛い!!」

「えっ?!きゃあっ!!」

 突然のことにアリシアが驚いて悲鳴を上げると、エレノアが慌ててレイヴンを止める。
 折角綺麗に着付けたのに駄目になってしまう。

「ドレスが乱れます!お止め下さい!!」

 その騒動をティナムの侍女たちはポカンとして見つめていた。




「今日は図書室にいたんだって?」

 食堂へ向かう道すがらレイヴンに訊かれたアリシアはドキッと心臓を跳ねさせた。
 食堂は右側の棟にあるのでアリシアの部屋からは少し距離がある。
 アリシアは動揺に気付かれないよう慎重に言葉を返す。

「ええ。ティナムのことは王都でも学んできましたが、もっと詳しく知りたくて……」

 アリシアの答えをレイヴンはにこにこと聞いていた。
 何を読んでいたのかより、どう1日を過ごしたのかに関心があるようだ。
 アリシアはホッと胸を撫でおろすと、読んだ本の中から当たり障りのないことをいくつか話した。

 というよりも、正しくはアリシアの求める情報が見つからなかったのだ。
 ティナムには貿易港があるが、貿易船だけではなく漁業で生計を立てている者たちもいる。
 伝承も土着信仰も海に関わることばかりで、豊漁を願う儀式や海難事故に遭わないよう祀っている祠の話が出てきた。また、願を掛けると不幸にも海難事故に見舞われた人が無事に戻ると言われている大岩の話も。
 あとは貿易港らしく海を越えて渡って来た信仰の話もあったが、異国のことなので詳しく伝わっていないか解釈の違いがあるのか、読んでみてもあまり理解できなかった。

 そんなわけで図書室では望んでいた成果がなく、アリシアは失意に沈んでいたのだ。




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