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第2部 5章
72 吉事
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執務を終え、夕食へ向かう為にアリシアを迎えに来たレイヴンはすぐに異変に気がついた。
アリシアは普段と変わらず穏やかな表情をしているけれど、アリシアを見続けていたレイヴンにはわかる。
穏やかな表面上の表情とは対照的に、その瞳には暗い影が差していた。本当は泣きたい気持ちを押し殺しているのだろう。
「……どうしたの?アリシア。何かあった?」
訊きながらレイヴンは考える。
今日はカロリーナたちとお茶会だったはずだ。そこで何かあったのだろうか。
だけどアリシアは何もなかったような振りをする。
不思議そうに首を傾げ、「いいえ。何もありませんわ」と微笑んで見せる。
後ろに控えるエレノアたちも不思議そうだ。
ああ、そうか、とここでレイヴンは悟った。
最近ではアリシアの隠している気持ちを読み取れるようになってきているエレノアも、アリシアの気持ちに気がついていない。アリシアはエレノアたちに知られたくなくて、いつも以上に気を張っているのだ。
「皆、部屋を出てくれ。呼ぶまで誰も近寄らないように」
「護衛の騎士は如何しますか」
「皆下げてくれ」
侍女たちが一礼して部屋を出ていく。
最上級の人払いだ。
「レイヴン様?」
アリシアは依然として不思議そうな顔をしている。
それならそれで良い。
「おいで」
声を掛けるとレイヴンは両腕を広げた。
アリシアは戸惑っているけれど、意味は伝わっているはずだ。
しばらく逡巡した後、アリシアはレイヴンに近づき、その背中に腕をまわした。レイヴンにぎゅっと抱き締められる。
レイヴンはそのまま何も言わなかった。
何も言わずにアリシアを抱き締め、ゆっくりと背中を撫でる。
気がつけばアリシアの目から涙が零れ落ちていた。
レイヴンは肩を震わせ嗚咽を漏らすアリシアをただ抱き締める。
何も言いたくないのなら言わなくて良い。
だけどずっと傍にいる。
辛い時はレイヴンを頼って良いのだと知って欲しかった。
どれくらいそうしていただろうか。
レイヴンの胸でひとしきり泣いたアリシアは、冷静さを取り戻すと居たたまれない気持ちになった。
こんな醜態を見せた後では、「何もなかった」と言ったところでレイヴンは信じないだろう。
只でさえ過保護なレイヴンだ。お茶会で何があったのか、カロリーナたちから聞き出そうとするかもしれない。
それに悪阻が落ち着いたカロリーナは社交界に顔を出すようになった。もうしばらくすれば誰もが懐妊を知ることになる。
おかしな形でレイヴンの耳に入るより、アリシアから伝えた方が良いだろう。
「カロリーナ様が……」
「うん」
「カロリーナ様が、懐妊、したそうです。体調不良も、そのせいだったと……」
「っ!!」
レイヴンは上手い。
もしあのまま「どうしたの?」と、「何かあった?」と訊かれ続けていたら、アリシアは誤魔化し続ける自信があった。嘘だと見抜かれているとわかっていても、表情を変えずに「何もありませんわ」と言い続けることができただろう。
だけどレイヴンは訊かなかった。
ただアリシアを抱き締めてくれただけで、何も言わなかったのだ。
今も背中を撫で続けてくれている。
「そうか……。それじゃあ大事にしないとね」
聞こえてきた声にアリシアはこくこくと頷いた。
また涙が零れてくる。
カロリーナにとっても初めての子だ。結婚して3年経っても子がいないことをとやかく言われていただろう。
やっとできた待望の子に、嬉しい気持ちもホッとする気持ちもわかる。
それなのに置いて行かれたような、この気持ちは何だろう。
友人の吉事を喜べない、そんな自分が嫌だった。
一度は止まったはずの涙がまた零れてくる。
レイヴンは何も言わずに背中を撫で続けてくれた。
アリシアは普段と変わらず穏やかな表情をしているけれど、アリシアを見続けていたレイヴンにはわかる。
穏やかな表面上の表情とは対照的に、その瞳には暗い影が差していた。本当は泣きたい気持ちを押し殺しているのだろう。
「……どうしたの?アリシア。何かあった?」
訊きながらレイヴンは考える。
今日はカロリーナたちとお茶会だったはずだ。そこで何かあったのだろうか。
だけどアリシアは何もなかったような振りをする。
不思議そうに首を傾げ、「いいえ。何もありませんわ」と微笑んで見せる。
後ろに控えるエレノアたちも不思議そうだ。
ああ、そうか、とここでレイヴンは悟った。
最近ではアリシアの隠している気持ちを読み取れるようになってきているエレノアも、アリシアの気持ちに気がついていない。アリシアはエレノアたちに知られたくなくて、いつも以上に気を張っているのだ。
「皆、部屋を出てくれ。呼ぶまで誰も近寄らないように」
「護衛の騎士は如何しますか」
「皆下げてくれ」
侍女たちが一礼して部屋を出ていく。
最上級の人払いだ。
「レイヴン様?」
アリシアは依然として不思議そうな顔をしている。
それならそれで良い。
「おいで」
声を掛けるとレイヴンは両腕を広げた。
アリシアは戸惑っているけれど、意味は伝わっているはずだ。
しばらく逡巡した後、アリシアはレイヴンに近づき、その背中に腕をまわした。レイヴンにぎゅっと抱き締められる。
レイヴンはそのまま何も言わなかった。
何も言わずにアリシアを抱き締め、ゆっくりと背中を撫でる。
気がつけばアリシアの目から涙が零れ落ちていた。
レイヴンは肩を震わせ嗚咽を漏らすアリシアをただ抱き締める。
何も言いたくないのなら言わなくて良い。
だけどずっと傍にいる。
辛い時はレイヴンを頼って良いのだと知って欲しかった。
どれくらいそうしていただろうか。
レイヴンの胸でひとしきり泣いたアリシアは、冷静さを取り戻すと居たたまれない気持ちになった。
こんな醜態を見せた後では、「何もなかった」と言ったところでレイヴンは信じないだろう。
只でさえ過保護なレイヴンだ。お茶会で何があったのか、カロリーナたちから聞き出そうとするかもしれない。
それに悪阻が落ち着いたカロリーナは社交界に顔を出すようになった。もうしばらくすれば誰もが懐妊を知ることになる。
おかしな形でレイヴンの耳に入るより、アリシアから伝えた方が良いだろう。
「カロリーナ様が……」
「うん」
「カロリーナ様が、懐妊、したそうです。体調不良も、そのせいだったと……」
「っ!!」
レイヴンは上手い。
もしあのまま「どうしたの?」と、「何かあった?」と訊かれ続けていたら、アリシアは誤魔化し続ける自信があった。嘘だと見抜かれているとわかっていても、表情を変えずに「何もありませんわ」と言い続けることができただろう。
だけどレイヴンは訊かなかった。
ただアリシアを抱き締めてくれただけで、何も言わなかったのだ。
今も背中を撫で続けてくれている。
「そうか……。それじゃあ大事にしないとね」
聞こえてきた声にアリシアはこくこくと頷いた。
また涙が零れてくる。
カロリーナにとっても初めての子だ。結婚して3年経っても子がいないことをとやかく言われていただろう。
やっとできた待望の子に、嬉しい気持ちもホッとする気持ちもわかる。
それなのに置いて行かれたような、この気持ちは何だろう。
友人の吉事を喜べない、そんな自分が嫌だった。
一度は止まったはずの涙がまた零れてくる。
レイヴンは何も言わずに背中を撫で続けてくれた。
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