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第2部 5章
58 報復①
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国王より鞭打ち刑を言い渡されたアンジュは、牢に入れられ、複数回に分けて鞭で打たれた。
複数回に分けられたのは、国王からの「決して殺すな」との言いつけを守るためだが、いつ獄吏と衛兵が来て刑場へ連れて行かれるかわからない恐怖は、彼らの意図せぬところでアンジュに大きな心的外傷を負わせていた。
侯爵邸に戻った後も、部屋の前で足音がすると悲鳴を上げる。
足音が止まり、扉が開くと絶叫して失禁をする。
ガタガタ震えるアンジュを宥めながら着替えさせ、洗濯をするのがデミオンの仕事になった。
使用人棟に移ったのは、アンジュが邸に戻されてから数日後のことだ。
本邸にいては人の行き来が多すぎる。
アンジュが汚した夜着や下着、シーツといった洗濯物が積み上がり、それまで洗濯などしたことのなかったデミオンでは対応しきれなくなった。それに1日中ビクビクして気の休まることのないアンジュの為にも、あまり人の行き来がない使用人棟へ移った方が良いとの判断だった。
そんな風にして使用人棟へ移ったデミオンとアンジュだったが、時が経つにつれてアンジュの状態も少しずつ好転していた。
精神的な傷を負っているので調子には波があり、調子の良い時には着替えて化粧をすることもできる。
反対に調子の悪い時にはベッドから起き上がることができず、1日中シーツを被って震えている。そんな時は眠っても悪夢を見るらしく、悲鳴を上げて何度も飛び起きていた。
調子を崩すのは決まって誰かが部屋の前を通った後だ。
部屋の前を通ると言っても、誰も使っていないフロアの一番奥の部屋である。部屋に沿った廊下が少し続いて、その奥は窓があるだけだ。
そんなところを通る必要はないだろうと思っても、「廊下を掃除しています」「窓拭きをしなければ」と言われてしまえばそれ以上反論できない。
ただデミオンには分っていた。
今、邸に残っているのは、サンドラがいた時から勤めている者たちだ。彼女たちはデミオンやアンジュに従うふりをしながらジェーンを守っていたのだろう。
彼女たちにとってデミオンやアンジュは憎い敵である。2人の信用を得る為にジェーンへの嫌がらせに加担したり無視をしたこともある。
その恨みを上手く消化できなかった者が、鬱憤を晴らす為にわざと部屋の前を歩いているのだ。掃除や窓拭きはただの口実だった。そもそも使用人棟の1室しか使われていないフロアを頻繁に掃除する必要などない。
結局、そのフロアの掃除はデミオンがすべて受け持つことにした。
デミオンが掃除をするのなら、1週間や10日掃除をしなくても何の問題もない。アンジュの様子を見て、了承を貰ってから掃除をすれば良い。――それでもアンジュは悲鳴を上げて震えているのだけれど。
だけどそんな小さな平穏は突然崩された。
ドタドタと大きな足音が響く。それも1人や2人の足音ではない。
「きゃああああああっ!!」
アンジュの絶叫が響き渡る。
足音は部屋の前を通り過ぎ、奥の廊下へ何かを運び込んでいるようだった。何人もの声が聞こえている。
「部屋の前を通るな!!おまえたちここで何をしている?!」
堪らず扉を開けてデミオンが怒鳴りつけると、男たちに指示をしていたクレールと目があった。
憤怒の形相を見せるデミオンにもクレールは涼しい顔だ。
「まもなくジェーン様が帰国されますので、当主と当主夫人の部屋を空けていただかなければなりません。そのままになっていたお2人の荷物をこちらへ運ばせていただきます。その後はご自由に整理なさって下さい」
「……何?」
デミオンは怒っていたことも忘れて呆然と呟いた。
複数回に分けられたのは、国王からの「決して殺すな」との言いつけを守るためだが、いつ獄吏と衛兵が来て刑場へ連れて行かれるかわからない恐怖は、彼らの意図せぬところでアンジュに大きな心的外傷を負わせていた。
侯爵邸に戻った後も、部屋の前で足音がすると悲鳴を上げる。
足音が止まり、扉が開くと絶叫して失禁をする。
ガタガタ震えるアンジュを宥めながら着替えさせ、洗濯をするのがデミオンの仕事になった。
使用人棟に移ったのは、アンジュが邸に戻されてから数日後のことだ。
本邸にいては人の行き来が多すぎる。
アンジュが汚した夜着や下着、シーツといった洗濯物が積み上がり、それまで洗濯などしたことのなかったデミオンでは対応しきれなくなった。それに1日中ビクビクして気の休まることのないアンジュの為にも、あまり人の行き来がない使用人棟へ移った方が良いとの判断だった。
そんな風にして使用人棟へ移ったデミオンとアンジュだったが、時が経つにつれてアンジュの状態も少しずつ好転していた。
精神的な傷を負っているので調子には波があり、調子の良い時には着替えて化粧をすることもできる。
反対に調子の悪い時にはベッドから起き上がることができず、1日中シーツを被って震えている。そんな時は眠っても悪夢を見るらしく、悲鳴を上げて何度も飛び起きていた。
調子を崩すのは決まって誰かが部屋の前を通った後だ。
部屋の前を通ると言っても、誰も使っていないフロアの一番奥の部屋である。部屋に沿った廊下が少し続いて、その奥は窓があるだけだ。
そんなところを通る必要はないだろうと思っても、「廊下を掃除しています」「窓拭きをしなければ」と言われてしまえばそれ以上反論できない。
ただデミオンには分っていた。
今、邸に残っているのは、サンドラがいた時から勤めている者たちだ。彼女たちはデミオンやアンジュに従うふりをしながらジェーンを守っていたのだろう。
彼女たちにとってデミオンやアンジュは憎い敵である。2人の信用を得る為にジェーンへの嫌がらせに加担したり無視をしたこともある。
その恨みを上手く消化できなかった者が、鬱憤を晴らす為にわざと部屋の前を歩いているのだ。掃除や窓拭きはただの口実だった。そもそも使用人棟の1室しか使われていないフロアを頻繁に掃除する必要などない。
結局、そのフロアの掃除はデミオンがすべて受け持つことにした。
デミオンが掃除をするのなら、1週間や10日掃除をしなくても何の問題もない。アンジュの様子を見て、了承を貰ってから掃除をすれば良い。――それでもアンジュは悲鳴を上げて震えているのだけれど。
だけどそんな小さな平穏は突然崩された。
ドタドタと大きな足音が響く。それも1人や2人の足音ではない。
「きゃああああああっ!!」
アンジュの絶叫が響き渡る。
足音は部屋の前を通り過ぎ、奥の廊下へ何かを運び込んでいるようだった。何人もの声が聞こえている。
「部屋の前を通るな!!おまえたちここで何をしている?!」
堪らず扉を開けてデミオンが怒鳴りつけると、男たちに指示をしていたクレールと目があった。
憤怒の形相を見せるデミオンにもクレールは涼しい顔だ。
「まもなくジェーン様が帰国されますので、当主と当主夫人の部屋を空けていただかなければなりません。そのままになっていたお2人の荷物をこちらへ運ばせていただきます。その後はご自由に整理なさって下さい」
「……何?」
デミオンは怒っていたことも忘れて呆然と呟いた。
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