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第2部 5章

2 側妃候補の転落②

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「来て下さって嬉しいですわ。お兄様、お義姉様」

 レイヴンとアリシアが部屋を訪れると、カナリーが嬉しそうに出迎えてくれた。
 嫁入り前のカナリーは幸せそうに輝いている。

「嫁入り調度品が届いたと聞きましたの。私にも見せていただけるかしら」

「勿論ですわ、お義姉様。どうぞ、こちらへいらしてください」

 アリシアが用件を告げると、カナリーは支度部屋となっている客間へ2人を案内してくれた。

 アリシアたちはこれまでにも何度か夕食の後にこの部屋を訪れたことがある。ドレスや装飾品が届く度にカナリーが見せてくれていたのだ。
 その時はまだ部屋の中はガランとしていた。だけど今は調度品が多数運び込まれ、広いはずの客間が狭いように見えた。

「素敵ですわ。カナリー殿下もいよいよ嫁いでしまわれるのですね」

「嫌ですわ、お義姉様。まだ何か月もありましてよ」

 アリシアが感慨深く呟くとカナリーが苦笑する。
 確かにカナリーが嫁ぐのは夏の終わりで、今は初夏を迎えたばかりだ。
 大抵の貴族は学園の卒業を待って結婚式を挙げる為、立て続けに行われる学友たちの結婚式でカナリーは楽しくも忙しい毎日を送っていた。

「お義姉様もこんなに大変でした?」

 訊かれて、アリシアは首を振る。
 アリシアは学園を卒業してすぐに嫁いだので、学友の結婚式に出たことはない。
 王太子や王太子妃が軽々しく臣下の結婚式に出ることはできないからだ。

「そうでしたわ。お2人の結婚式は早かったですものね。私、あの時驚いたのでした。あれも今思えばお兄様の我儘でしたのね」

 カナリーの言葉にレイヴンが顔を赤らめた。
 毎年学園を卒業してすぐの時期は結婚式が続く為、王族の結婚式は最後になるよう予定を組まれる。
 特に王太子の結婚式は大きなイベントなので同じ時期に式を挙げる者たちへの配慮であり、嫁ぐ前の最後のひと時を学友と過ごせるようにとの王太子妃になる者への配慮でもあった。

 だけどレイヴンはできるだけ早く結婚したいと言って譲らなかった。
 少しでも早くアリシアと結婚したいという気持ちと、マルセルへの想いを警戒する気持ちがあったからだ。
 アリシアが間違いを犯すとは思っていない。だけど少しでも早く自分のものにして、安心したかった。

 勿論アリシアは断らなかった。
 完璧な王太子妃になることだけを考えていたアリシアは、結婚式が遅くても早くてもどちらでも良かったのだ。

 アリシアはエスコートされていた腕を離した。
 レイヴンがアリシアの顔を見る。
 レイヴンを見上げて微笑んだアリシアは、そっと手を差し出した。

 
 幸せそうに手を繋ぐ2人を見たカナリーは、ルシアの輿入れを阻止できて良かったと心から感じていた。
 レイヴンが側妃を迎えることに反対だったカナリーは、邪魔をする機会をずっと狙っていたのだ。
 それはマルグリットも同じである。




 レイヴンとアリシアの仲を応援し、かつ自身も同じ経験をしているマルグリットは、レイヴンが側妃を持つことに否定的だった。
 だけど立場上、議会の決定を声高に反対することもできない。
 2人の間に子どもがいないことは事実であり、また、マルグリットがアリシアを庇えば、王家がルトビア公爵家ばかりを優遇しているという言い分を肯定することになってしまうからだ。

 そんな時にルシアがカナリーへ無礼を働いた。
 王女の母であり王妃であるマルグリットがこれに抗議するのは当然のことである。
 ルシアを非難する口実を自ら与えてくれたのだから、これに乗らないわけがない。

 この頃、ブラウニング侯爵家ではまだ事態を軽く見ていた。
 王妃から抗議文が来たと言っても所詮は学生同士の諍いである。それに学園は学生同士の平等な交流を推奨している。ルシアがカナリーへ謝罪して、カナリーがそれを受け入れればそれで終わる話だと考えていたのだ。

 だからルシアは屈辱に震えながらも人前でカナリーに謝罪した。
「謝罪を受け入れますわ」
 そう言われると信じて。

 だけどカナリーは謝罪を受け入れなかった。
 いくら学園が学生同士の平等な交流を推奨しているといってもそれは建て前上のことだ。それに未来の側妃・・・・・という身分をひけらかして周りを従えていたのはルシアの方である。
 
「あなたの態度はとても不愉快でした。謝罪を受け入れるつもりはありません」

 カナリーがこう告げた途端、ルシアの周りから人がいなくなった。
 ルシアの増長ぶりに嫌気がさしていた者たちが遠巻きにして、ひそひそと囁き合う。クスクスと嗤う声もあった。
 ルシアは固い顔で踵を返すと逃げるように教室を出て行った。
 
 そこからはとんとん拍子である。
 マルグリットは、自身のサロンやお茶会からブラウニング侯爵夫人を締め出した。抗議文を送ったのに、侯爵家から謝罪がなかったからだ。
 ルシアがカナリーへ謝罪するのは当然だが、侯爵家として王妃へ謝罪するのも当然である。
 だけどブラウニング侯爵はそれは怠った。
 3日も経たない内に侯爵家は社交界ですっかり孤立していた。

 これで焦ったのは議会である。ルシアは側妃の最有力候補なのだ。
 侯爵家を取りなそうと国王に謁見した議員だったが、国王に「あんな評判の悪い令嬢を側妃にして大丈夫なのか?」と訊かれてルシアを諦めた。
 
 カナリーを侮辱したルシアは、国王や王妃にすっかり嫌われている。
 王太子もルシアを娶ることに積極的ではない。
 これではルシアが側妃になり王子を生んでも、王太子にするよう支持を得られないと悟ったのだ。

 かくして側妃候補から外されたルシアは卒業と同時に社交界から姿を消した。
 ブラウニング侯爵夫妻もすっかり権力ちからを失い、小さくなって過ごしている。




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