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第2部 4章

102 罪悪感②

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「そんな……。ですがそれでは彼女の立場が」

 マルグリットが声を震わせた。
 ユリアは子を生むことを期待されて嫁いできた側妃である。妃教育を受けたマルグリットとは違って妃としての公務は期待されていない。
 もちろん独自に慈善活動などは行っているけれど、妃としての働きを求められているわけではなかった。
 
 ユリアに求められていたのは子を生むこと。
 ただそれだけだ。

 それが果たせなければどうなるのか。聡明なユリアであればわかっていただろう。
 実際、嫁いできてからも中々孕まないユリアは強い風当たりに晒された。そしてマルグリットの懐妊がわかると、「ユリア妃を娶る必要はなかった」「無用な側妃」と言われる様になり、ますます立場は悪化したのだ。
 数年後、レイヴンが生まれた後ではあったが、子を生んだことでなんとか名誉を回復したのである。

「ああ。ユリアはすべてわかっていた。わかっていて、子を生むつもりはないと言ったのだ。……だがそうか。ユリアに好いた男がいたとは、考えたことがなかったな」

「陛下!それは……っ!」

 只の推測である。
 マルグリットは確証もなく国王に余計な疑惑を植え付けてしまったと慌てたが、国王は緩く頭を振った。
 
「わかっている。不貞を疑うわけではない。ユリアがそんな女ではないことはわかっているつもりだ」

 ユリアに想う相手がいたのかはわからない。
 わかっているのは、長い年月をかけて関係を築いてきたということである。
 国王がユリアへ寄せる信頼は揺るぎなく、不貞を疑う気持ちは少しもなかった。

 それを聞いてマルグリットはホッとした。
 もし国王がユリアを疑うようになれば、子どもたちの出自に疑問を持たれ、幽閉されたり投獄されることもあり得るからだ。ユリアはマルグリットの立場を全力で守ってくれていたのに、恩を仇で返すことになる。
 
「ユリア妃のこと……。教えて下さり、感謝致します。このまま知らずにいれば、十分に報いることができずにいたでしょう。ユリア妃が困った時は、必ず私がお助けいたします」

「そうして欲しい。其方とユリアの仲が良いことが救いだったのだ」

 正妃と側妃の仲が上手くいくのは難しい。表面的には上手くいっていても、心の中では思うことがあるものだ。
 もしマルグリットがユリアを邪険に扱っていれば、止めさせる為にもっと早く話をしたかもしれない。
 だけどマルグリットは例え内心ユリアを疎ましく思っていたとしても、表に出さずに上手く隠してくれていた。
 だからこれまで話さずにいられたのだ。

「しかし余は駄目だな。ユリアが折角間違いを教えてくれたのに、それを活かすことができなかった。側妃たちのこと……、サンドラ殿と結び付ける者がいなかったから、誰にも気づかれていないと思っていたのだ」

 それはそうだろう。
 結び付けて考えるには時間ときが経ち過ぎていた。学園を卒業した後、2人はほとんど接点がなかったのだ。
 国王がまだサンドラを忘れていないと気づいていたのはマルグリットだけだった。
 だけど国王はゆるゆると首を振る。

「サンドラ殿を想い続けていたわけではない。いつから気持ちが変わったのかと言われると難しいが……。いつの頃からか、サンドラ殿へ向ける気持ちは罪悪感になっていた」

「罪悪感……ですか?」

「サンドラ殿と婚約者を別れさせてしまっただろう。そのせいでサンドラ殿はデミオン殿と結婚せざるを得なくなった。サンドラ殿が身籠った時、社交界に溢れていたのは祝福ではなく揶揄する声だ。それが居たたまれなくて……」

 王宮で開く舞踏会にはサンドラも出席していた。
 人の不幸を楽しむ貴婦人たちが、サンドラの気持ちを慮るわけがない。
 ルトビア前公爵夫人やオレリアに睨まれて散っていくが、同じような会話が其処此処で交わされている。
 サンドラは何を言われても気にしないように顔を上げていたが、国王はその姿を見ているのが辛くて庭園へ逃げ出したのだ。 
 その庭園にメリンダがいた。

「メリンダと会ったのは偶然だ。だが薄暗い庭園に令嬢が1人でいるのは危ない。それに余も気を紛らわせる話し相手が欲しかった。そうして話をしている内に……、そういうことになった」

 年若いメリンダは美しく野心家だった。
 本当に偶然だったのか、疑問に思うこともある。
 だがそんなメリンダに救いを求めたのは事実であり、メリンダへのめり込むことで罪悪感を紛らわせ、救われたのも事実だった。
 



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